第3話 三十歳差のお見合い話はどんどん進んでいきました
翌日から彼女は西川さんの為に毎日手作りの弁当を作り、タオルを届けた。
西川さんはニコニコとそれらを黙々と食べて汗を拭いた。
彼女の養い親と西川家が深いつながりがある。複雑な境遇にある彼女の家。西川さんが後見役となるらしい。詳しいことは良くはわからない。
俺は何度か、西川さんに事情を聞いてみようとおもった。
だが西川さんとはほぼ一度もちゃんと会話できたことがない。
オヤジにも聞こうかとおもった。だが西川さんとオヤジは同郷で彼らの間には深い絆がある。はばかられる。
人格者のオヤジが間に入ったのだからよほど正しいことなのだ。頭では思うが納得はできてない。
オヤジは芸者に慕われた京都の鳥羽八なみに親切な人だ。借金で困った人とか面倒を見る。自分にとってもオヤジは恩人だ。
学校で「性向不良」のレッテルを貼られた。あわや犯罪少年となりかけたのを引き取ってくれたのだ。
西川さんは三十年も社とオヤジを支えた。で今度郷里にもどって実家をつぐ。
だからオヤジが奔走して錦を飾らせたのだ。
それは西川さんの人生において最大限の明るさとなるだろう。人工衛星でも、太陽さえうまくあたればシリウスとか一等星なみの輝きをもてる。一瞬なら。
気にかかるのは同等の輝きを石田がもてるのかどうかだ。
古いコミュニティの暮らし?深い義理とか因習にしばられてのことだったら?
行くあてなき生育環境の結果だったなら?
ああ星の運行における「衝(しょう)」と「合(ごう)」。
西川さんは太陽からもっとも遠いことで今かえって輝き、石田は太陽に近い明るさをもつゆえに今輝きが見えなくなろうとしてる。
自分や石田は小さな小さな衛星のエウロパだ。巨大な木星のまわりをうろうろ回る。
彗星のちりにぶつけられぬようにびくびくしながら生きる。脱落しかけていた自分と重なる。人の手助けなしに助かれない
名門女子大で天文学を学ぶことがあれば石田はきっとそれに見合う働きをする。
だが彼女の人生の軌道はそうはなってない。
今年の土星の「環」は消失する。十五年に一度の現象だ。
縁談話は、トントン拍子で進んだ。彼らの結婚式の段取りが固まった。
自分と石田は相変わらず一緒に下宿から社に通い帰宅した。
彼女と俺は毎日歩きながら延々話す。
石田はよく話しなにかと面倒見も良い。
「普段何を食べているのか、親はいるのか、彼女はいるのか」とあれこれ聞いてくる。
そのうちに「心地さんって、横から見た場合にハンサムですよね。」とか言う。わざとからかう。
行きたいコーヒー店、行きたい毛糸店にも連れてってくれろと言う。買い替えの必要なボロボロのマフラーのかわりも作ってくれる。
「これまで周りに同年代の人がいなかったからどうにもついおしゃべりになる。」と言う。
気のおけない関係になってくると自分の中では当初の「不安」とか「焦り」とか「疑念」とかがどんどん膨張し始める。
「昨日は西川さんのなじみという天賞堂さんに行ったのです。」
「あの鉄道模型の?」
「そう!なんと鉄道模型ひとつに三十万もかけてるって!」
と目を丸くした。
「でもちゃんとそれも理解していかないと!」と自分に言い聞かせた。
今日の歩みはいつもより遅い。
月末に向かい駿河台の電車は速度をあげている。
「日没後に宵の明星、金星。そのあとに木星。土星は明け方。でも環は今年は見えない。30年かけて太陽の周りを回る星のいちばん残念な年。」
「ほうほう。じゃあコスモ星丸もがっかりだ!。どのみち肉眼で輪まではわからないけど。」とさほど残念そうではない。
下宿についたら「朝方にいつも走って明けの明星とか見てるんでしょう?見えてますよ。ジャージをだせば洗濯してあげる」と手をだした。
「たまにはとりかえなさい。」と子どもをあやすように言っあ。心地よい声でキュッキュと笑った。
自分はまもなく永遠に会えなくなると思うとたまらなくなる。
部屋からジャージをひっぱりだして渡し礼を言ったあと、
自分は自室にもどらず外にフラフラと歩き出す。
今度は明治通りから目白通り、用もないのに延々歩く。
彼女は機転が何事にも機転が利き常にみんなの手伝いを率先してする。頑固な職人さんが怒った時でもすかさずそれをうまくなだめてくれる。自分の一万倍ぐらい地頭も良い。どんなことでも冷静に対処でき誰からも信頼される。
もし彼女がここにずっといたならいろんな勉強いろんな成長ができる。
もちろん嫁ぎ先でもできる。勉強も成長もできる。だがそれが自分で望んだ環境でないならそれはどうなんだろうか・・と勝手なことを考える。
オヤジに問い正したい気になる。喉の奥が鉛のように重くなる。
いつの間にか。千代田本社の前まで来ている。
なんとなく事務所に入ると社員らが興行主からもらったとのことで酒盛りしている
もういなくなる西川さんのちょっとした前祝いだ。
自分もその紙コップをうけとる。まだこの間まで十代だったので入っている日本酒をぼんやりだけ眺めた。
無口な西川さんは酒も飲めないので所在なさげにただニコニコ笑っている。
だれかが急につんざくように「いやしかし今回の結婚、なんとも不可解でならん!」と叫ぶ!
自分はドキリとした。
だがそれは「人生ってのはそういう大金星もあるよな、西川!」と言う意味だった。
「あんな玉みたいな、いい子が妻になってくれるって!」
「そうだそうだ」と口々に酔っ払いの既婚者たちが賛同する。
西川さんは酔いもせずただただうなづいていた。自分は苦しくなって外へ出た。
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