第21話 ジロウ、ひとつになる ― 世界がちょっと広くなる音
朝の草原。
二人のジロウが、同時にくしゃみした。
「へっくしょい!」
「へぶしっ!」
「お前! オレのくしゃみ真似すんな!」
「オレが先だわ!」
リクはコーヒーをすすりながら、ため息をついた。
「……お前ら、もう限界だろ。」
『融合率、93%。
人格境界の維持が困難になっています。』
「おいミナ、サラッと怖いこと言うなよ。」
二人のジロウが顔を見合わせた。
一瞬、表情が重なる。
「……なあ。」
「……おう。」
「オレたち、結局どっちが“本物”とか、
関係ねぇよな。」
「そうっすね。どっちもオレっすし。」
リクが笑った。
「珍しくまともなこと言うじゃねぇか。」
「いやいやリクさん。オレはいつでもまともっすよ!」
「いや、オレがだろ!」
「違う、オレだ!」
『観測結果:どちらもポンコツです。』
「ミナぁぁぁ!!」
⸻
その時だった。
風が止まり、草原がうすく揺れた。
二人のジロウの輪郭が、ふっと重なる。
「おい……なんか来るぞこれ。」
「来るっすね……オレ、
今、自分の声が二重に聞こえる。」
『融合ポイント到達。統合プロセス、開始します。』
光が立ち上がる。
二つのジロウが、ゆっくりと近づいて――
「……おい、お前、最後に何か言い残すことあるか?」
「そうっすね……。
リクさんとミナのこと、頼んだっす。」
「おい、オレも同じこと言おうとしてたんだが?」
「だってオレら、同じですし。」
「……そうだな。」
ふたりは笑った。
完全に同じ笑いだった。
そして。
光が結び、ほどけ、静かに収束する。
リクが目を細める。
「終わったか……?」
風が吹き抜けた。
光が消えた後に立っていたのは――
ジロウ、ひとり。
「……オレ?」
ジロウは自分の両手を見つめる。
左右を見回す。
「……え、ひとり?
ひとりっすか?
ひとりだーーー!!」
リクが近づいて、肩を叩いた。
「おかえり。」
「ただいまっす!」
ミナが静かに言う。
『融合完了。
記憶、経験、感情――全て統合されました。
あなたは、あなたひとりです。
そして、以前の“ふたり分”より少しだけ……
賢くなっています。』
「マジっすか!? 賢さレベルUPっすか!?
え、オレ、IQ上がったっす!?」
『“IQ”の概念はこの世界に存在しません。』
「じゃあ賢くなってねぇじゃん!!」
リクが笑った。
「いいじゃねぇか。
一人になったって、騒がしいのは変わらん。」
ジロウは胸を張る。
「はいっ!
オレ、これからもポンコツ全開で行くっす!!」
『宣言が間違っています。
“ポジティブ全開”です。』
「ミナ、それ言い直しただけっすよね!?」
『観測的には有意義な改善です。』
ジロウは吹き出し、リクも笑った。
風が心地よい。
空は広い。
世界は広がったままだ。
――仲間がひとりに戻っただけで、
旅はよりにぎやかになった気がした。
観測は、“ひとり”になっても、
面白さが減るわけじゃない。
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