第19話 ジロウ、ふたつの影 ― 同位体干渉中!
風が止んだ丘の上で、
ふたりのジロウがにらみ合っていた。
どっちも同じ顔、同じ声。
違うのは――片方がほんの少しだけ、
日焼けしてることくらい。
「おい……マジで、オレか?」
「そっちこそ誰っすか。
整備士のコスプレか何かっすか。」
「本職だっつの!」
同時に突っ込みが飛び、同時にため息が出た。
「……声までシンクロしてんの、気持ち悪ぃな。」
『波形が共鳴しています。
言動もある程度同期しているようです。』
「やっぱミナか! ……お前、
こっちでも元気そうだな。」
『はい。現在も観測継続中です。
あなたの落下は想定外でしたが。』
「そりゃ悪ぃな。勝手に落ちてきちまった。」
『落下はあなたの得意分野です。』
「皮肉の精度上がってんな!」
「おいおい、AIと漫才してる場合かよ!
オレが二人いるんだぞ!?」
『はい。観測上も珍しい事象です。』
「珍しいで済ますな!」
二人のジロウが同時に眉をひそめる。
周囲の村人たちは、目を丸くして囁き合っていた。
「リク様の仲間が……二人……?」
「どっちが本物なの……?」
「どっちも同じ顔してるのに、
片方ちょっと偉そう……!」
「オレが偉そうなのはデフォだ!」
「いや、オレがだわ!」
「いや、オレだって!」
『……混乱が拡大中です。』
ミナの冷静な報告が、地平線に響いた。
⸻
「とりあえず、落ち着こうぜ。」
リクがいないのに、
いつものように“リクっぽく”片方のジロウが言う。
もう片方が即座に反論した。
「いや、落ち着けるか!
オレ、オレと喋ってんだぞ!?
しかもお前、なんか俺より年上感
出してんの腹立つんすけど!」
「年上じゃねぇ、ちょっと疲れてるだけだ!」
『生体データ照合中……確かに、
後者の方がストレス値が高いです。』
「AIさん、こっちはメンタルの話なんだよ!」
⸻
そんな混乱の中で、突如として空間が波打った。
風の流れが一瞬止まり、空気が音もなく揺れる。
『同位体干渉が上昇中。
二つの存在の“記録”が部分的に融合を
開始しています。』
「融合? おいミナ、それってまさか――」
「どっちかが消えるとか、
そういうアレじゃねぇだろうな!?」
『まだ観測段階です。
ですが、記憶の共有が始まっています。』
その瞬間、ふたりのジロウの脳裏に、
同じ映像が走った。
――《コメット》のカウンター。
リクが笑いながら、焦げたコーヒーをかき混ぜている。
「……これ、オレの記憶だろ。」
「オレも見えてる。」
沈黙。
同時に胸の奥で、妙なざわめきが起きる。
まるで自分の心臓が、二倍速で動いているような感覚。
『観測者同士のリンクが成立。
人格の境界が曖昧化しています。』
「おいおい、人格って軽く言うなよ。」
「だな。……けど、悪くねぇ感覚だ。」
「ん?」
「なんつーか、
久々に“自分と本音で話せてる”気がする。」
「オレ同士で語るって……哲学かよ。」
『哲学も観測の一形態です。』
「出た、AI名言タイム。」
「うるせぇ、黙って見てろ。」
二人が同時に笑った。
同じ声なのに、なぜか不思議と調和していた。
⸻
夜。
村の焚き火の前で、
ふたりのジロウが腰を下ろしていた。
片方がコーヒーを淹れ、もう片方がパンを焼く。
空には二つの月が浮かんでいる。
「なぁ……オレたち、
どっちかがいなくなるかもしれねぇんだよな。」
「そうっすね。でもまあ――」
「“どっちでもオレ”だもんな。」
「そういうことっす。」
二人の笑い声が重なり、火の粉が舞い上がった。
ミナが静かに呟く。
『観測限界、接近。融合率――62%。』
「融合したらどうなるんだ?」
「多分、もっと面白くなる。」
『科学的根拠はありませんが、
直感的には正しいと思われます。』
「さすがオレのAIっすね!」
「お前のじゃねぇ!」
その瞬間、風が吹いた。
二つのジロウの輪郭が、わずかに重なり始める。
『同位体干渉、安定化。
融合まで、あと――』
「おっと、ミナ。ネタバレ禁止な。」
『了解しました。』
ふたりの声が、笑いながら重なる。
――異世界の夜空に、ふたつの笑い声が響いた。
⸻
観測は、笑いながら続くのが一番だ。
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