第12話 風の道で出会った男 ― 再会のような出会い
村を出て、三日目の朝だった。
草原の風が湿気を運び、
雲の影が大地をゆっくりと滑っていく。
「静かすぎて、逆に落ち着かねぇな。」
『音がないのは、観測データが
安定している証拠です。』
「詩的だな。要するに“ヒマ”ってことか。」
風の向こう、丘の稜線に、
歪んだ塔のようなものが見えた。
だが近づいてみると、それは風車だった
――羽根は一本しか残っていない。
『リク、反応があります。内部に生命体ひとつ。』
「また影か?」
『いえ。脈拍、呼吸、正常。人間です。』
風車小屋の扉を開けると、金属を叩く音がした。
中でひとりの青年が、壊れた歯車を蹴飛ばしていた。
「おいおい、何してんだ。風車、
殴っても直らねぇぞ。」
「……うるせぇな。誰だよ、アンタ。」
陽焼けした顔、油の染みた手。
それはどこか懐かしい姿だった。
「整備士だよ。あと、喫茶店のマスター。」
「へぇ、器用だな。で、風車の修理もできんのか?」
「まぁ、回ればラッキーくらいの腕だ。」
青年は鼻で笑った。
「なら、賭けようぜ。俺が先に直したら、
あんたのコーヒーをもらう。」
「お前、ずいぶん自信あるじゃねぇか。」
「元兵士だ。
壊れたもん直すのは日課みてぇなもんだ。」
青年――ジロウは、ボルトを回しながら言った。
手つきは荒いのに、無駄がない。
その動きに、リクは“セクター7の頃”を
思い出していた。
『リク、彼の手の動き。
あなたの過去ログと一致率82%。』
「……気のせいだろ。」
『気のせい、ですか。』
「いいんだよ。似てるだけだ。」
金属が鳴る。風車がゆっくりと回り始めた。
「ほらな。回ったろ。」
「マジかよ……。」
「動力の流れさえ読めりゃ、何でも直る。
理屈より、風だよ、風。」
『観測論的には、風は流体の――』
「喋るな、光る精霊! オレ、理屈苦手なんだよ!」
『精霊認定ですか。新しい呼称として登録しますか?』
「登録すんな!」
リクは腹を抱えて笑った。
「お前、ほんとミナと相性悪いな。」
『分析結果:相性指数、27%。』
「だから余計な分析すんなっての!」
リクは笑っていた。
こんなふうに笑うのは、ずいぶん久しぶりだった。
「なぁ、あんたら。どこへ行くつもりだ?」
「風上の街に。行けるかどうかも分からんけどな。」
「だったら、俺が案内してやるよ。道は知ってる。」
『信用できますか?』
「まぁ、ダメなら途中でコーヒーでも
飲んで別れりゃいい。」
ジロウが笑った。
その笑顔が、懐かしくて、どこか切なかった。
「名前、聞いてなかったな。」
「ジロウ。風の流れ屋って呼ばれてる。」
「リクだ。で、こっちはミナ。AIだ。」
「AIねぇ。……魂はどこに入ってんだ?」
『定義に困りますが、“観測の中心”にあります。』
「ははっ、やっぱ哲学だ。」
「おいジロウ。魂の話なんて朝から重いぞ。」
「いや、コーヒーの香りがしたからさ。
そういう話、似合いそうだったんだよ。」
『リク。新しい観測対象、登録します。』
「名前、ジロウで頼む。」
『はい。観測開始。』
風車が回る音が、遠くまで響いていた。
青い空の下、風が変わった。
「ミナ。」
『はい。』
「また、旅が始まったな。」
『はい。新しい観測が、始まります。』
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