第27話 敬虔な自滅

 親友と言うには、僕らは互いをあまりに見下しあっていた。



 自分たちの幼さのツケを、俺たちは今更になって支払わされているんだろう。

 でなければ、自分しか望まないこんなテロに、無為に身を投じたりなんてしない。自分が信じる正しさのためだけの奴隷となっておけば、もうクソったれの額縁市だの、他者の言いなりになってやる必要なんてないから、俺は俺だけが持つ力を択んだ。己を貫かなければならないんだ。


「ケラティオン――実行部隊は前面に出ないとすると、派遣部隊、コウか」


 霧中の林の向こうから、先行してくる。

 型式番号で照会された。こっちも今更隠す必要のないので、向こうも気づいているはずだ。


『雫、死んでくれ。

 お前ひとり死ねば、もう誰も苦しまずに済むんだ。

 天知教官だって、お前がいなければおかしくなったりしなかった!』

「そういう子供じみた正論、昔は嫌いじゃなかったよ。

 コウ、お前はいつまで正しさの奴隷なんて演じてるつもりだ?

 そんなもの貫いたところで、我でしかない」

『それこそお前の我なんかで、誰が幸せになるってんだ!?』

「俺はいますげぇ楽しい、エルフなんてみんな、勝手におっちんでくれたから」

『だから許せないんだよ、ずっと。

 お前はいつもへらへらして、平然と人を殺せる奴だから、俺なんかが……止めなきゃならない!』


(さぁて、どうしたものか)


 雫は派遣部隊の実力を侮っていなかった。

 或いはコウなら、本当に俺を殺せてしまうかもしらないが――こっちだって峰打ちなんて器用なこと、できなくなるだろう?


 蝙蝠の異形を纏った人形とヤシャが、正面から衝突する。


(初手、実行部隊から強引に融通したろうショートバレルの短機関銃でゼロ距離射撃、こちらがいなすのは前提として異能の羽により一時可翔と出力ブースト、ヤシャを上から押さえ込もうとする算段、加えて口腔からは何らかの圧力が発し、動きを封じられましたとさ。

 音波か重力にせよ、異能の発達は目を瞠るべきものがあるな……コウのやつ、才能ばっかり本物で)


『エルフたちは上方から火炎魔法による攻撃をお前に集中しておきながら、ヤシャの異能を剝がすことさえままならなかった!』

「本当の蝙蝠になっちゃって。

 なのに馬鹿正直、上から攻めちゃう?」

っ!』

「――」


(無暗に特攻してきたわけじゃないと、確かにこちらはこの短い間に押され、ホバースラスターによる制動で調整をとるしかなくなってるけど、おぅ今度は側面から?)


 残る三機のケラティオンたちが魂魄鎧をまとって、ライフルでこちらの足元をすかさず削り続けている。


「徹底してこちらの姿勢制御と機動力を削ごうわけねぇ、正しい判断だ。

 ようやく戦略が板についてきたんじゃない、きみら」

『今はお前が見下ろされる側だ、いい気になるなよッ!』

「そうカッカしてるから――」

『!?』


 浮いて後退を続けるヤシャの足元から、突如として無数の蔦が放射状に拡散される。それらは側面から来た他の三機を押しのけて、彼らが弾かれる合間に雫は池緒機の胸部装甲にしがみついて、互いの上下を入れ替える。


『まだっ――』

「意固地な」


 池緒機のバックパックに増設されたフローターモジュールも、実行部隊の持ち物なはず、派遣部隊では支給されない代物だ。ただし強風時の使用は推奨されない――つまり、ヤシャから風を起こせばいい。


「地の利、というけれど、俺は星のどこにいようが、その場のエレメントをかき集めてそれらすべてを覆す。

 身をもって味わえよ、精霊サマのお力だぞ?」


 ケラティオン四機はまとめて、上方からの風に機体を押し込まれ、その場からろくに動けなくなった。



 実行部隊も後方から狙撃を試みているが、弾道は風圧に跳ねのけられている。


『これでは、勝負にすらなっていませんよ!?』

「いや、いいんだ。

 彼らに期待しているのは、なにも腕っぷしじゃない」

『は……死にに行かせたのですか?』

「どのみちきみらの誰が行っても、やつは倒せない。

 エルフたちも馬鹿じゃなかったから、現場でできる最善を尽くしはしたが、そも彼らの魔法は、起源となる大精霊【シナデクゥロ】の力に還元する以上、やつの落とし仔であろう彼には、まったくの無意味だ。

 というか、この世界にあるあらゆる事物は、もとから精霊という種族――いや“神格”に従属されるよう、できてしまっている。おそらくは精霊たち自身がそれを自覚する以前から、呼吸するようにそれを扱える。

 この世界に限って言えば、科学知識と戦略の概念を有する彼に、敵はいないに等しい」

『そんなことまで、わかるものなんですか、あなたには。

 だったらなぜ、やつは父殺しをとっとと敢行しないのです?』

「あきっつぁん、自分がどれだけ物騒言ってるかおわかり?

 同様の理由で、妖精同士が対峙したとき、馴化しあった力がもみ合って相殺されるばかりで、決着がつかないんですよ。

 おまけこの世界の精霊は、必ずしも実体を必要としない、概念と同態だから、エルフという種族を作って自らを信仰させることで、存在そのものに信仰の還元されるシステムを造った。

 父殺しをするには、どのみちそのシステムを壊すところから始めるしかなかった」

『この先やつは、いくつの死体を重ねようって――』

「それは本当に忌むべきこと?」

『な、に』


 水瀬の言葉に、秋津は声を失う。


「エルフが人と同様に見えるなら確かにそう言えるかもしれないが。

 飴川雫の主張するところの、エルフはひとじゃないという言葉、僕らはもっと真剣に考えるべきだと想うよ。

 仮に人と同じだったとしても、悠久の時を経てなお、彼らが衆愚であり続けるしかなかったなら、そのは一体何をだらけていたんだろう?」

『――』

「やつにとって、おそらく信仰してくれる存在であるのなら、エルフという形でなくてもいいんだ。自分の力が減じ、損なわれたときにようやく気付く。

 飴川雫は郷ふたつ滅ぼしたことで、もはや生みの親に王手を指しちゃったかもしれないな、すんごぃことを考える」

『まだエルフたちは残っているじゃありませんか』

「いまのヤシャの動きを見た、彼らがどう動くか、ちょっと確かめてみようか」

『それって……』

「悠久の時を太平に暮らしてきたはずの彼らは、絶望への耐性が低かった。

 とりわけ、精霊が自身らの土地で災いを顕現するということに。

 飴川くんがもはや、手を下すまでもなかったんだ。勝手に頭数の減っていく、自滅のプロトコルというやつだな、胸糞の悪い」


 駐留地域の外側で待機していたエルフたちは、大地の怒りだ精霊の怒りだのたまったなら直後、自らの首や仲間同士で刃を握って、敬虔に殺しあっている。……異常な光景にほかならなかった。

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