第10話 自決のプロトコル

 最初ばかりは襲撃かに想われたが、人形のセンサーにヤシャの反応はない。


「郷への襲撃じゃなきゃ、何だって言うの!?

 出火元は!」

「えぇと――村の広場からです」

「人形でこのまま向かう、僚機に連絡して!」



 夜半、雫から呼び出されたコウは呆然としている。


「夜風に当たって、少しは頭も冷えたか?

 そんなことでよくワタリの兄が務まってるもんだ」

「前にお前のところにいた、ウォルプくん。

 こっちの世界の出身だったっけ、愛蝶あいちょうの落とし仔だったか。

 あれから、元気にしているといいよな」

「――、なぁよ」


 雫の声は冷たかった。


「お前はそろそろ想いださなきゃいけないはずだ。

 でなけりゃもっと大勢が、死ぬ羽目になる。

 つーか、

「なに、言って」

「そうだな、言葉で言って分かるなら、苦労はないんだけど」


 雫たちは郷を見下ろせる小高い丘にいて、そこから背中側にはちょうど、迷宮巣ゲートへ通ずる道も見える。


「お前がそんなんだから、金華先輩はあんな目に遭った。

 いや、そんな些末なことを責めてるんじゃない。

 お前の中には、いつも焦りがあった――その正体を俺は知らないけれど、なによりお前自身はそれをわかっていなきゃならなかったはずだ。

 そうやってどれだけの人間を、これからのお前が不幸にしていくのか、見届けてやるよ。きっと最期には、お前のもっとも大切な妹も手にかけるんだろうかな」

「待ってくれ、待ってくれよ飴川くん、なにを言っているんだ。

 冗談にしてもたちが悪い、俺がワタリに、なんだって――」

「ま、もう終わったことなんだけどね。

 見なよ、じき終焉が始まるんだ、あの郷の」

「は――」


 雫は郷のほうを、顎で示す。

 すると――松明を握ったエルフたちが、広場へと集まっている。


「七海の加護を喪ったやつらが、どういう動きを始めるか。

 はたして見ものだとは想わない?」



 彼らは“精霊への贖罪”の名のもとに、自らの家々へ一斉に火をかけ、家主たちは粛々と残る家族らへ、剣やら――武人でなければ、鉈を振るった。


「なにをやって――こんなこと、止めさせないと!?」


 金華は人形から飛び出して、広場にいた郷の長たちに抗議するが、彼らは首を横に振り、言った。


「ヤシャとやら……我々の太平の時代が終わるとすれば、それはあのものによって齎され、それは精霊様のお怒りにほかならない」

「精霊の、怒り?

 それが村人たちの自決を止めない理由ですか!」

「わしには長として、郷の最期を見届ける責任がある!」

「――、バカげてる、外敵にろくな抵抗もできないで、自滅を択ぶなんて!」

「異方の民のあなたがたは去られよ。

 残る五つの集落は、或いはヤシャを迎撃する策を備えるやもしれんし、そうでないかもしれん。

 ここに来るまで、民家を見ただろう、誰が自決に反対した!?」

「未来ある子供まで手にかけるなんて」

「精霊失くしてエルフの自立と生存はありえないのだ!」


 いよいよこの口論は埒が明かないと感じた金華のところへ、浮橋機をはじめとした一同が駆け付けてきた。


「飴川機と池緒機は?」

『すいません、夜更けにふたりは郷の外へ夜風を吸いに行くって出ていったきりで――』

「そんな時間に、いったいなにを」


 ノイの言葉に、金華は愕然とする。

(シズくんさえいてくれれば、或いはなんとかなってくれるかもしれないのに――)



「お前は――なにをしたんだ!?

 どうしたらこんな恐ろしいことを!」

「エルフたちには、精霊の加護を喪い追い込まれた時点で、自滅したがるシステムが備わっているわけ。

 かいつまんで話せば、彼らは『精霊に奉仕するためだけの拘知性体』だ。

 精霊へ信仰や供物をはじめとしたリソースを捧げ、その恩恵で長寿を得ている、この世界に限っては“精霊”が実在しているんだ、そしてその特性上、エルフたちは人間が自由意志をもって僕らの世界で霊長の頂点に存在するのとは異なり、あくまで精霊にオマケした隷従者――生理的に上位存在へ逆らえないプロトコルが組まれてる。

 旧態依然といえばそこまでなんだけどね、ほら、僕らの世界だって昔の戦争ではあったろう、もはや抵抗もままならないとなったなら、下手に生き残ることで尊厳を嬲られるくらいなら、いっそみんな死んでやった方がマシ、なんて話――そも個人主義や人権なんてのは、近代の資本主義国家陣営らが必死で編み上げた幻想でしかないわけじゃん。

 この世界にはそういう人間が積んだ過ちを内省するとか、そういった含蓄もなしに漫然と長寿を得た怠惰な連中がごろごろといるわけだ。

 そういうつまらないやつら、時々はすっきりさせたほうがいいんじゃないかな」

「ふざけるな!?

 お前が止めさせろよ、こんなこと!

 昔のきみは、こんなこと許さなかったはずだ!」

「それってさ、なにを根拠に言ってんのよ池緒くん。

 さもが何者か知っているような口ぶりで――そうだな、昔のは、そうやってんだったか」


 雫は背後へ複数人の気配を察して、振り向く。

 ほくそ笑む彼に、コウはぞっとした。


「市がおかかえの実行部隊の、いよいよお出ましですか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る