37.
村に着いてはっと息を吐き、ノアールはマイに振り返った。
「いや~予定よりも一日長くかかっちゃったねえ」
「そうだな……とは言っても、お前が道間違えたり地図飛ばしたり道間違えたりしなければ半日早く村に帰れてただろうけどな……」
遠い目で言われたそんなことに、ノアールは気まずそうに笑みを浮かべる。
「まあまあ! でも欲しい素材全部取れたわけだし! お互いっ」
「……まあ。じゃあとりあえず解散するか。次は三日後か? アルガに集められてるのって」
「うん、そう〜……マイちゃんすぐ帰るの? 温泉は?」
「先に武器屋に行きたいから……お前は今すぐ温泉行きたそうだな?」
「だぁって疲れたも~ん」
「じゃあやっぱりひとまず解散だな。またな、ノアール」
「ん〜。お疲れさま~マイちゃん、ありがとね~」
「ああ、こちらこそ」
ノアールに手を振り、踵を返したマイはノアールに告げた通り武器屋へと足を運んだ。
この村に滞在して、半年も経てば村の大体の人たちから顔見知り認定されるようになっていて、武器屋の主人であるロンダもそうだった。店に入って来たマイの顔を見て、ロンダはマイに向かって「おおっ!」と笑みを浮かべる。
「マイの嬢ちゃんっ! 任務帰りかい?」
「ああ、まあそんなところだ」
「なら前言ってたあの武器の強化素材が手に入ったのか? 早速取り掛かろうっ」
気さくにそう話してくるロンダに、マイは「ふふっ」と笑みを浮かべて緩やかに首を横に振った。
「それはそれで頼みたいが――……今日は別のお願いもあるんだ」
「おう、何だい?」
「――――双剣の、カタログを見せて欲しくて」
マイから告げられたそれに、ロンダは小さく「双剣……?」と疑問の声を上げる。その理由は、マイがこの村ではハンターとしてずっと、弓しか使っていないからである。当然マイの使用武器を作っているロンダは、マイから弓以外を作ることを要求されたことが無く、首を傾げるのも無理はない。
それに対して、マイは「ああ」と軽やかに笑った。
「実はわたし、双剣の使い手でもあるんだ。パーティの時は弓の方が勝手が良くて弓しか使ってこなかったが、そろそろ弓も飽きて来てな」
「ほ〜そうか! そういやノアールの奴がたまに嬢ちゃんに“双剣使わないの?”って言ってたのはそういうことか!」
「ああ」
「オッケーオッケー何でも作ろう! ほれ、これがカタログだ!」
豪快に渡されたそれに目を通し、マイは吟味をするようにパラパラとページをめくり、あるページに目を落として動きを止める。そして、悩むような仕草をしてからロンダに向かって顔を上げた。
「――これなら今ある素材で作れるし、攻撃力も申し分ないかと思うから、これの作成をお願いできるだろうか」
マイが示したページに目を落とし、ロンダは「おおっ」と大きく頷く。
「そうだなあ! これなら申し分ないだろうっ! ハンターさんたちからも人気の逸品だからなあ!」
「ああ、じゃあ頼んだぞ」
「あいよ、了解っ! 数日のうちにお届けするよっ!」
ロンダの「毎度ありっ!」という小気味いい声を聞きながら店を後にし、マイはふと息を吐いた。借家へと向かう足を止めず、歩きながら自分の右手に視線を落として、ぐっと眉を顰める。
――あれは、ギルドの双剣だった
思ったのはそんなことであり、目を落とした右手をぎゅっと拳にしてから、自分に落ち着くようふっとその手から力を抜いた。
あの時――、首のない死体を見下ろしたあの時、マイは自分の手にある幻が見えていた。
双剣を握る自分の手。そして、握られていた双剣は、いつかの時エルレ村で作った「ギルド模造品」とされていたあの双剣によく似ていたのだ。それを握って、首から上のない死体の前に立っていることが、まるでいつものことのように感じられ、だからマイはすぐに気付いた。
あの首なし死体が、モンスターの仕業ではなく、人の手によって作られたものだと。
けれど、危険区域であるフィールドに出ている以上、それを証拠とする現場や物でもない限り、それをそうだと断定することなど到底できない。ハンターとしてフィールドに出た以上、死と隣り合わせであることは常なのだから。だからこそ、ハンターの報酬金は高いのだ。
その死体に事件性があったところで、そして、それをギルドに進言したところで、きっとどうにもならない。
――だって、あそこは、とても怖いところだから
思ったそんなことにはっとし、全身から噴き出した冷や汗に、マイは自分の身体を抱くようにした。独りでに心臓が跳ね、はっ、はっ、と呼吸が乱れたことに更に混乱をする。
(どうして、わたしはそんなことを思った……? 今まで関わって来たギルドの人たちは皆、良い人たちで……)
不意に、背後からした足音に慌てて振り返ったが、そこにはただ通行人が居ただけで、いつもと変わらないアマリ村が存在しているだけだった。けれど、マイの耳に通行人の足音がやけに大きく聞こえ、マイはごくりと息を飲みこんだ。
――怖い
(何が?)
――逃げなきゃ
(何から?)
浮かんでくる何かしらの恐怖の念に、自問自答しながらマイは慌てて借家に向かって駆けだした。そうして、飛び込むように入った家の中で、ぜぇはぁと息を荒げていれば、部屋の奥から「にゃあ?」という間抜けた声が聞こえる。姿を現したのはラピスだ。
――わたしが主人になると決めた、わたしの猫。
「どーしたんにゃ? だんにゃさま、そんにゃに慌てて帰ってきて」
「……ただいま、ラピス」
「おかえりにゃっ。予定より少し遅かったようだにゃ……にゃにゃっ!? だんにゃさまどこか体調でも良くにゃいにゃ!?」
「えっ……?」
「お顔真っ青だにゃあっ!」
近寄って来たラピスにそう指摘され、マイは小さく「大丈夫」とだけ呟いてその場で膝をつき、ラピスのことをぎゅっと抱きしめた。
「なあ、ラピス……」
「に、にゃあ……?」
「わたし……、わたしは――……っ、」
言いかけて、言葉を飲み込むとマイは「はー……っ」と細く息を吐いてから、それらを誤魔化すようにラピスの毛並みに頬ずりをした。
「すまない、何でもない。ちょっと疲れてたが……お前は癒されるなあ」
「にゃあ? そんにゃに疲れてたにゃ? だったら今日は美味しいもの作るにゃ!」
「ははっ、ありがとう。少し寝ることにするよ。ご飯の時間になったら起こしてくれ」
立ち上がり、一度ラピスの頭を撫でるとマイは装備を外してベッドへと向かった。そんな自分の背に、心配そうなラピスの視線が向けられていたことに気付いていたが、マイは気付かないフリをしてそのままベッドへと寝転がる。
村に戻れば、こうして自分が借りた部屋があり、休める場所もあり、帰りを迎えてくれるラピスが居る。三日後にパーティで集まる予定もあって、知り合いだって何人も居て、わたしは確かにここに居る。
(けど――……、わたしは一体、誰なんだ……?)
それを思うのは今更なことではあったが、今一度、マイはそう思ってきつく目を閉じた。
そして、その答えは数日の内に明らかとなってしまった。
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