36.
「うあ~~~~っ、疲れた~~~~っ!」
目標としていたモンスターを狩猟し終えた瞬間、ノアールは地面に大の字になって倒れた。マイも上がっていた呼吸を整えるために、ふぅっと息を吐いて弓を背にしまい、近くの切り株に腰掛ける。
対象モンスターの部位破壊を全て狙った結果、通常よりも時間がかかってしまい、お互いに疲れ切っていた。昼過ぎから始まった戦いだったが、今はもう日も暮れていて、星がそのうち見えるようになるだろう。
「アルガたちが居ないとこんなに時間かかるんだな……」
「ねえ~……まあ部位破壊狙ってたからってのもあるけど……とにかく疲れたぁ~」
「目標は討伐し終えたし、目的の物もわたしは手に入ったが」
「あ、オレもオレも。ん〜今から帰る方が危ないよねえ。野宿して明るくなってから帰る?」
「その方がいいだろう。夜の方が危険なモンスターが活発化してるし……そういえば、途中で雨風しのげる安全地帯があったな。近くに川も通ってたし」
「じゃあそこ行こっ!」
そうして、安全地帯で一夜明けた翌日のことだった。
*
天候は晴れ、ただし風が強い、そんな日だった。
互いに出発の準備をし終え、安全地帯から村に向かって出発したマイとノアール。村まではまだ若干遠く、モンスターが出る場所であるため、ある程度の注意をしつつ二人は歩いていた。
「えーっと、ここがこうだから、こっちかな~……?」
そんな言葉をぼやきつつ、地図を手に歩くノアールについて行きながら、マイもその地図を後ろから覗き込む。
「そこに川が通っていたから、今この辺なんじゃないか?」
「へっ? どこ?」
「だから、この辺……」
振り返ったノアールがマイにも見えるよう地図を見せようとした時だった。
突然吹いた強い風により、ノアールの手から地図が離れ、地図は風に乗って飛ばされてしまった。地図が飛ばされて行くのに大したリアクションもできず、マイが飛んでいく地図の行方を「あ……」と小さく声を漏らして目で追っていれば、ノアールは「あ~~~~っ!!」と声を上げた。
「地図~~~~~~っ!! ヤバいっ! マイちゃん地図持ってる!?」
「持ってない」
「村の方角分かる!?」
「分からん」
「だよねえ!? 地図追いかけなきゃっ!! もう最悪だあっ!」
そうして、いち早く駆けだしたノアールについて行きながら、「方向音痴同士で来るもんじゃなかったな」とマイは内心小さく思ったのだった。
数分後、他のことには目もくれず、地図に追いついたノアールは地面に転がるそれを掴まえ、ほっと息を吐いた。
「ノアールっ、地図見つかったかー?」
マイよりもノアールの方が足が速いため、マイのことを顧みず地図を追っていたノアールは、後ろの方からそう声を掛けられたのにはっとし、「うんっ!」と顔を上げる。
「無事見つか――――……ぅわっ!!」
「見つかった」という言葉の途中で、ノアールから何かに驚愕する声が上がったことに、マイは目を見開いてすぐにノアールに向かって駆けだした。まだモンスターが出る地域であるため、そういったことを加味し、注意をしつつ武器に手を掛ける。
「どうしたっ!!」
「っ! 来るなっ!!」
向かう途中、ノアールにしては珍しく強い命令口調で言われたことに、マイはぴたりと動きを止めたが、すでにマイはノアールのことを視界に入れる場所まで来ていたため、そのノアールの後ろにあるものに気付いてしまった。
自分の表情にノアールはマイがそれを見てしまったことに気付き、ぐっと眉を顰めた。
「……あんまり見ない方がいいよ、マイちゃん」
ため息混じりに小さくぽつりと言われたそれは、死体だった。地面に横たわる、一人のハンターの死体。
捕まえた地図のすぐ近くにそれがあったことに、ノアールは驚いた声を上げてしまい、マイには見せたくなく「来るな」と声を張ったのだ。ちなみに、何故横たわっているそれが、すぐに死体だと分かったのかは簡単な話である――首から上が、無かったから。そして、ハンター用の装備で身を包んでいるそれは、まだそうなってそれほど経っていないのだろう、腐敗はしていなかった。
そんな死体を眺めながら、マイは内心思ったことがあった。口に出しはしなかったが、「大声を出すから何かと思えば、よく見る光景じゃないか」――なんてことを。それを思ってすぐに気付いた。
そんなことを思うのは、確実におかしなことだと。
「~~~~っ、はぁ~~……白骨化したのとか骨だけは結構見るけど、こんながっつり死体見たの久々だよ~……ねえ、マイちゃん」
ノアールから言われたそれに、「そうだな」と答えながら「普通はそうだ」とマイは思った。
こうして、ハンターしか立ち入ってはいけない地域で、ハンターの死体が転がっていることは何も珍しいことではない。人よりも強大な力を持つモンスターに挑んでいるのだから、それに出向いて命を落とす者は少なくないのだ。
ただ、今マイたちが目にしているように、こうして腐敗も白骨化もしていない死体が転がっているのは、珍しいことだった。
野生動物であるモンスターは、肉食獣と草食獣に大きく分けられるが、当然ハンターのような「人」に襲い掛かってくるのは基本的には肉食獣の方だ。だからそれに負け、息絶えたとしたのならば、肉体が残ることはほとんどの場合あり得ないと考えられている。
「あ~……マイちゃん、オレギルドに通報するからちょっと待ってて」
「ああ、分かった」
「身元分かる物あるかなあ~……?」
苦い表情でノアールがその遺体に歩み寄って、ごそごそとその人の所持品を漁りだしたのに、マイも同じく歩み寄って、少し離れた位置でその遺体を見下ろしながら、マイは「ああ、やっぱりそうだ」と思った。
首から上がない死体――自分はこうして、正面からそれを見下ろしたことが何度もある。そして、その死体は……
「一体何にやられたんだろうねえ〜……こんな綺麗に首だけ切断されてるなんて。尻尾が刃物みたいになってるあいつかなあ?」
「いや、違うと思う……」
「え?」
「こいつの首を切り落としたのは――……」
言いかけて、はっとしたマイは手で口を覆い、それ以上言葉を続けないようにした。そうこうしている内に、ノアールはそこに倒れている遺体の所持品に、「あっ」と声をもらした。腰についていたポーチからハンターライセンスが見つかったのだ。
「えーっと、ハンター名はモーダル、か。んん〜? 何か聞いたことあるような名前だなあ。どこで聞いたんだろ~……」
「知り合いか?」
「ううん、聞いたことあるだけで、えーっと……あっ! 分かった! 悪名高いあのモーダルだ!!」
一人納得して頷くノアールにマイが首を傾げていれば、ノアールは「マイちゃんも覚えてない?」と首を傾げてきた。
「ほら、前にアルガちゃんがわざわざ顔教えてくれて、関わらない方がいいって。密猟の噂があるハンターじゃなかったかな、確か」
「…………あっ、アマリ来てすぐの話か?」
「そうそう」
そんな話をしながら、無線機を手にしたノアールのことを目の端にいれつつ、ノアールには気付かれないようマイは地面に倒れている首無し死体を、正面から見下ろす。見下ろして、感じる既視感に息が詰まった。
――わたしは、何度かこういう死体を見たことがある
どういった状況でなのか、どうしてなのか、それを思い出すことはできないけれど、確実にそう感じた。そうして、足元から這い上がってくる暗い感覚に、ふと自分の手元に目を落とした時、マイの目にある物が見えた。
「――――マイちゃん?」
掛けられた声にはっとして、声に振り返れば無線機でギルドに連絡し終えたのだろう、ノアールが不思議そうな表情でこちらを見ていた。それに小さく「ああ」と言葉を返せば、ノアールはいつも通りの笑みを浮かべる。
「ハカモリ来るってさ! 無線機の発信源からオレらの場所も分かったらしいから、匂い玉炊いたらもう離れてもいいって」
ハカモリとは、フィールド上で亡くなったハンターの遺体を回収しにくる役職であり、猫の獣人族たちでそれは行われている。こうして、フィールドにて遺体を発見した場合、ギルドに通報して回収してもらうのが、一応のハンターの義務であった。因みに匂い玉とは、モンスターが嫌う匂いのお香のようなものである。
「じゃあオレらは普通に帰ろっか!」と匂い玉を炊いてから、地図に目を落としたノアールを見て、マイはふと笑みを浮かべてノアールのことを見つめた。
「ノアール……」
「うん?」
「ギルドがわたしたちの居場所分かったのなら、村までの方角教えてもらえばよかったんじゃないか……?」
「…………あ、」
顔に「確かに」と浮べたノアールにやれやれとマイは息を吐き、二人は地図を頼りに村へと戻るのだった。
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