31.
ノアールの引っ越し作業は、本を片付けた後の方が大変だった。
部屋の様子から、本さえ片付けてしまえばすぐに終わるだろうとマイは思っていたが、それらを片付け終わってからいざ、アマリ村へと持っていく物の選別にかなり時間がかかったのだ――ノアールの優柔不断によって。
自分の持ち物が少なすぎることはさすがに自覚していたため、ノアールが自分の五倍は衣服やら私物を持っていることに特別何も思わなかったが、それの取捨選択には物申すしかなかった。
部屋の中で「これは捨ててもいいだろう」と思って拾い上げた紙袋に、一応マイがノアールに「捨ててもいいか?」と聞けば、「あ~何かに使えるかもしれないからとりあえず置いといて」と言われ、それに「まあ袋だし、引っ越しの荷物輸送に使えるしな」と考えて言われた通りマイは置いておいたのだが、そういった質問に対して、同じ答えが五回返って来た辺りで話は変わって来た。
ふと頭によぎったことを確信に変えるため、マイは一応「とりあえず置いておいて」と言われた物を拾い上げて、ノアールに聞いてみた。「これはいつ使うのか」と。そうして返ってきた答えは「う~ん、いつか使うから!」だったため、「だから物が増えるんだろうな……」と静かに思ったのである。
「ノアール、ちょっとこの箱を三つ借りるぞ。ここに並べて置くから」
「へ? うん」
「いいか? この青い箱に絶対にと言える要る物を入れて、この赤い箱は要らない物を入れて、この緑の箱に要るかもしれないとか、曖昧な物を入れてもらえるか」
「うん、分かった」
「とりあえず要る物要らない物を明確に分けてから荷造りしよう」
「おっけ~っ」
結果、要る物要らない物の箱が一杯になった時点で、要るかもしれない物の箱は一箱に収まりきらず、三箱くらいになったのである。因みに、現状の部屋の三分の一くらいの物が、やっとそう分けられたところだった。
要る物の箱が一杯になったため、一旦動きを止めてマイはその状況を眺めた。そして、それは最早予想通りであり、内心「やっぱりな……」と思いつつマイがそれらをぼんやりと眺めていれば、横にノアールは並び立つ。
「とりあえず言われた通り分けたけど……要る物は持ってくでしょ? 要らない物は捨てるとして、要るかもってのはどうしよっかなあ」
ノアールが言ったそれに、マイはにこりと微笑んで頷いて見せた。
「うん――よく分からない物は、全部捨てようじゃないか」
「――――え」
「判別がつかないなら、きっと要らないとわたしは思う。この機に捨てよう」
「ええっ!? 待って待って!! いつか使うかもしれないのにっ!」
「そのいつかっていつだ?」
言いながら、要るかもしれない方の箱に入っていたノアールの服を一着引っ張り出し、マイはそれをノアールに向かって広げる。
「例えばこの上着だが……この一年わたしはお前がこれを着ているのを見たことが無いし、上着は要る物の箱に入っているあれとかそれをお前は着るだろう?」
「うっ……まあ、そうだけど……」
「じゃあ、この上着はお前、いつ着るんだ?」
「え~……い、いつか?」
そんな答えにマイは再びにこりと笑った。
「お前の言ういつかは一生来ない。だから捨てろ」
「そんなあっ」
「そんなだから物が増えるんだろ……思い出の品とかではない限り、この機に捨てろ。足りなかったら新しい場所で買い足せ! ほら、片付けるぞっ」
マイの厳しい言葉にノアールは「はあい……」と肩を落として返事をし、のろのろとした動きで片付けて行くのにマイはため息を吐く。こうして、ノアールの引っ越し作業はきっちり予定していた三日間かかったのだった。
*
無事――というか無理やり――ノアールの荷造りも終え、アマリ村に出立しようとエルレ村内のとある広場でノアールと午前中に待ち合わせ、マイがノアールが来るのを待っている時だった。
「――あれっ? マイちゃんだ! 何してるの、こんなところで~」
そんな声に振り返れば、そこにはロクが立っていた。自分と目を合わせると、にこーっと笑みを浮かべながら「おはよう〜」と歩み寄ってくるのに、マイも同じく「おはよう」と笑い返す。
「ノアールのことを待ってるんだ、今日出立しようと思ってな」
「ああ〜ていうことは……すっごーい! ノアールの部屋ホントに三日で片付け終わったんだ!?」
「え? まさか、ロクはノアールの部屋の惨状を知ってたのか……?」
「うん。マイちゃんが加入する前の話になるんだけど……モンスター討伐してた時にね、ノアールが気絶しちゃって、起きそうになかったからあたしが仕方なーく村まで担いで帰ったことがあって」
「ええ……そんなことあったのか……」
「で、家に放っておけばいいかって村長さんにノアールの借家聞いて、ドア開けて、うわぁってなったよね! アルガちゃんもドン引きだったよ!」
ロクがドン引きをしたその場にアルガも居たと知り、マイは顎に手を当てて悩ましい表情を浮かべた。
「……もしかして、だからアルガはわたしに手伝えと」
「そーなんじゃない?」
あの時のアルガの笑みの本当の意味を知り、マイは「何なんだかなあ……」と息を吐く。
「ロクは片付け終わりそうか?」
「う~ん、まあ、アルガちゃんが戻ってくるまでには……?」
遠い目をしてそんなことを言ったロクに、「はは……」と力なく笑い勝手ながら「多分終わらないんだろうなあ」と思った。
「ひとまずわたしは先に行ってしまうが……」
「うん! 絶対に待っててよ!?」
「分かった分かった」
「――ところでマイちゃん、ラピスちゃんは?」
「ああ、ラピスは三日前に先に向かって貰ったんだ。ほら、この話ナビーさんから貰ったって言っただろ? で、ナビーさんに紹介状を貰ってたから、すぐに借家に入れるようにと思って」
「あ〜なるほど! だからマイちゃんそんなに身軽なんだねっ」
言われたそれにマイが「ん?」と首を傾げれば、同じくロクも「えっ?」と首を傾げたため、マイは更に深く首を傾げる。
「だからって、何がだ?」
「えっ? だから、ラピスちゃんに先に荷物持ってってもらったんじゃないの?」
ロクの言った「だから」の意味を聞き、マイは「んんん……?」と悩ましい声を上げた。
「いや、別に荷物は持って行ってもらっていないが……」
「えっ!? じゃあマイちゃんの荷物ってそのリュックの中身だけなの!?」
指をさして言われたことに、「ああ」と頷きながらマイは自分の姿を顧みる。ロクの言うように、リュック一つ――登山用の大き目なリュックを背負っているだけの自分。ただ、装備は身体に纏っていたし、いつも使っている武器も手にしている。もう一つ腰にハンター用のポーチも着けていたが、中身は最低限のアイテムしか入っていなかった。
「まあ……そうなるな」
「わあ……本当に物欲ないんだねえ、マイちゃん……」
「物欲と言われてもなあ……必要なものは別に揃っているし……」
そう話している途中でだった。ガラガラと台車を引く音と共に「ごめ〜ん、お待たせ〜っ」といつもの緩い声を掛けてきたのはノアール。マイの横に居るロクの姿に、ノアールは「あれっ?」と首を傾げた。
「なんかロクちゃん居る〜。どしたの、ロクちゃんも今日行けるの?」
「たまたま出会ったの。片付け終わってないからまだ行けな~い」
「だ〜よねえ。普通三日じゃ終わんないよねえ……」
「ノアールは終わったんじゃん?」
「オレは終わったっていうか、マイちゃんに無理やり終わらされた……?」
「ちゃんとお前の意思は汲み取ってやっただろ」
「そーだけど! オレ的には色々と失った気分なの~っ!」
そう話す中でノアールの引いてきた台車に目を向けたロクは、「えーっ、すごーい!」と声を上げる。ノアールの引いていた台車はそんなに大きなものではなく、縦横六十センチ程度の段ボール箱が二つ縦積み重なって、台車に括りつけてあった。
「ノアールこれだけで収まったんだ!? 荷物っ」
「うん……収まったというか、収められた……? 物凄く断捨離したよ……」
「ほらあ、普通このくらいは物持っていくものなんだってば、マイちゃん」
「そう言われてもな……そもそもそんなに詰めれるほど物を持っていないから……」
「う~わっ決めた、あたしアマリ村行ったらマイちゃんに服いっぱいプレゼントしちゃお~っと!」
ロクのそんな発言にマイが「えっ」と声を上げておろおろしていれば、ロクはにひっと悪戯っぽい笑みをマイに向かって浮かべて、くるりと踵を返す。
「そのためにあたしも早く準備しよっと! じゃあまた、アマリ村でねっ、マイちゃん、ノアールも~」
「ああ、またな」
「ロクちゃん早く来てね~っ」
去って行くロクに手を振り、マイは「さて」とノアールに目を向けた。
「じゃあ、向かうか」
「うん――あ、そういえばマイちゃんいいの? 村長さんに挨拶とか」
「昨日のうちにもう済ませてある。お前は? どこかに顔を出したいというなら付き合うが」
「オレはここ来る前にしてきたから~」
「そうか。じゃあ――出発しよう」
そんな言葉を吐いてから、ノアールと共にマイはエルレ村の門を出た。エルレ村から少し離れた位置でマイはふと立ち止まり、エルレ村を顧みる。
記憶のない自分が、ハンター名「マイ」として生まれた場所。過ごした歳月は長かったような、とても短かったような、何とも言えない時間だった。ただ、多くのことは起きた。
そして、それらの中で掛け替えのない仲間がもうできてしまっていると言えるのだから、やっぱり短かったんじゃないかと思う。
「――どしたの、マイちゃん。やっぱり名残惜しい?」
立ち止まったマイに気付いて、ノアールが首を傾げながらそう言ってきたのに、マイはくすりと笑った。
「ん、まあな。ここは、ある意味わたしの始まりの場所だから」
「ああ、そっか。じゃあ――――マイちゃんの故郷、だね」
「……え?」
「いいじゃん、疲れた時に帰れる場所じゃない?」
穏やかな笑みで言われたノアールの言葉に、マイの頭の中に浮かんだのは村長の言葉だった。
――「いつでも帰ってきてくれていいからねえ」――
それを思い返したマイは面映ゆくなり、気恥ずかしそうに破顔した。そして、小さく「そうか」と呟く。
「だったらわたしは安心して旅立てるな――さあ、行こう。ノアール」
「おっけ~」
ノアールのゆるい返事を聞いてから、マイは再び歩き出し、エルレ村を後にしたのだった。
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