24.




「ロクちゃん、相談に乗って!」

「え~……ヤダ!」

「ロクちゃんじゃなくてアルガちゃんでもいいから、誰かオレの相談に乗ってよお!!」

「でも、とか言われると乗ってあげたくなくなるわねえ」


 本日、アルガ、ロク、ノアール、マイのパーティは狩りのない休息日だった。直近の狩りから、村に帰って来たのは一昨日の話であり、そこから三日間を休息日として取っていて、休息日二日目の今日は更に自由日としリーダーのアルガから「個人で好きに狩りに行ってもいい日」――ちなみに、マイの無茶な行動のせいでそんな概念が生まれた――とされていた。

 そんな本日、時刻は夕方。エルレ村内の、このパーティメンバーがよく使う食事処にて、アルガとロクはノアールによって呼び集められていた。マイの姿がないのはノアールに呼び集められてない上に、村長に頼まれた薬草採取のクエストに単独で向かったからである。それを知ったノアールがチャンスとばかりに、アルガとロクを呼び集めたのだった。


「ご飯奢るからぁ……お願いだから相談に乗ってよお~……」


 相談に乗ってということを、二人から断られたノアールが半泣きになりながらそう訴えれば、アルガはやれやれと息を吐いた。


「冗談に決まってるでしょ。ご飯代分くらいなら別に相談乗るわよ……何のことかは想像つくし。ねえ、ロクちゃん」

「う~ん、まあそうだねえ~」

「えっ!? 二人ともオレが何相談しようとしてるか分かってるの!?」

「そりゃあノアール分かりやすいも~ん」

「逆もまた然りだし。何かわかってるけど、ほら言ってみなさい」


 アルガの言っている「逆」が何を示しているのか気になったが、ひとまず置いておいて、これに関しては最早自分ではどうしようもないため、ノアールは仕方なく口を開く。


「あのさあ……オレのね? オレの気のせいなら気のせいでいいんだけどさ……」

「うん」

「……最近、もしかしてオレ、マイちゃんに避けられてる……?」


 ヘタレらしいノアールのかなりまごまごとしたそんな切り出しに、隣り合わせで座っていたアルガとロクは一度互いに横目で視線をぶつけてから、息を合わせるように正面のノアールに向かってこくりと頷いた。


「まあ、避けられてるわね」

「うん、避けられてるねえ」

「だよねえっ! 何で!? ていうか気付いてたんなら何で教えてくれないの!!」


 嘆くノアールを他所に、すでにテーブル上に運ばれてあった料理の一つを口に放り込みながら、アルガはふんっと鼻を鳴らす。


「だって別にモンスター討伐に影響ないもの。あんたがマイちゃんに避けられてるのって、討伐時間外のことでしょう? そこに影響出て来てるんならまだしも……わざわざ口出すことでもないし」

「そーだねえ……それにマイちゃんのアレは、何ていうか……」

「ロク、それは言わない」

「あ、はいっ」

「えっ? 何、二人ともマイちゃんがオレのこと避けてる理由知ってるの!? 何で!? オレ何かした!? なら教え――……」


 何かを分かり合っている二人に対して、詰め寄る勢いで身を乗り出してきたノアールに、アルガは手にしていたフォークをノアールの眼前でぴたりと止めて、ノアールの目を睨んだ。それに思わずノアールが両手を上げて、椅子から少しだけ浮かせていた腰を下ろすと、アルガににこりと笑いかけられる。


「――教えるのはご飯代分だけよ。後は自分で考えなさい?」

「うう……アルガちゃん厳しい……っ」

「厳しくないわよ。大体、この手の話は他人が口出したってややこしくなるだけなんだから……犬も食わないっていうか」

「うんうん、馬に蹴られる的な?」


 アルガの発言に合わせて、あはっと笑いながら言ったロクに、ノアールは「馬? 犬?」と首を傾げた。


「え、何? どういうこと? どういう意味??」

「……こういう時、教養がないと可哀想ね」

「ノアール言葉の意味分からないんだ……」

「さっきの言葉の意味は分かんないけど、今バカにされてることは分かるからね!?」


 憤慨するノアールを他所に、アルガとロクは食事に手を伸ばしてそれらを口に放り込みつつ、ノアールに目を向ける。


「ま、いいわ。とりあえず相談に乗るとは言ったから……あんたがマイちゃんに避けられてるって思ったのは何で?」

「え〜……? いや、何かさあ……最近狩り行く道中とか、終わった後にすげ~視線感じるんだけど……それってマイちゃんでしょ……?」

「まあ、そうねえ」

「あたしたち別にノアール見る理由ないしね~」

「いや、うん、そうじゃん? だから何か用でもあるのかな~って最初思ってて、でも何も言って来ないし……どころかオレが目を向けると滅茶苦茶目逸らされるんだよねえ……」

「ああ……うん」

「でね? オレめげずにマイちゃんにオレに何か用だった〜? って聞いてみたりしたんだけど、一律して答えが“別に”しか返って来なくてえ~……」


 その時のことを思い出してだろう、目に涙を浮かべるノアールに、ロクはアルガとアイコンタクトを取るように視線を合わせた。


「しかもたまに、理由分かんないけど鬼のような形相で睨まれてる時もあるし~……」

「……それっていつからなの?」

「えっ? ん〜……確かマイちゃんが怪我してオレがおんぶでマイちゃんのこと村まで運んだ後くらいから……? ――はっ! オレもしかしてそれでマイちゃんに嫌われた……!?」

「いえ、嫌われてはないわよ」

「嫌われたわけじゃないんけど~……」

「えっ? けど、何?」


 縋るような目で見てくるノアールを見て、ロクが「話しちゃダメなの?」という目をアルガに向ければ、アルガは手でバツを作って「ダメ」と示したのだった。


「何なのもう! 二人してっ」

「マイちゃんのことを言わないのは、私たちもマイちゃんから直接聞いたわけじゃないし、推測の域をでないからよ。勝手にマイちゃんの気持ちを代弁するわけにもいかないでしょう」

「う~ん、まあ、見ててこういうことかな~って思うことはあるけど……」

「それでもいいから教えてくれない!?」

「ヤ、よ。それはご飯代分以上だもの」

「そ~だねえ~教えれるようなことでもないし~」

「というか、マイちゃん側の話は置いといて、あんたの話をしましょう」

「えっ? オレ??」


 首を傾げるノアールに息を吐きながら、アルガは食事を食べ進めながら「ええ」と頷く。


「私から見て、マイちゃんの様子があんたに対して可笑しくなったのは、あんたが負ぶって歩く中で体重の話をした後で……」

「ああ、マイちゃんが軽すぎるって話したね~」

「その後私とロクは先を歩いてたから、あんたたちが何話したか知らないわけだけど……あんたあの後マイちゃんに何か言った?」

「え? 何かって……」

「まあ、マイちゃんがノアール睨むようになったの、その後からだもんね」


 緩やかにロクにそう言われ、顎に手を立てて考えてみた結果、ノアールは「確かにそうだな……?」と思い至り、同時に「ええ……?」と首を傾げた。


「でも別にオレそんなマイちゃんと話してない……何なら一言二言話してから、マイちゃんずっと黙ってたし……」

「その一言二言が何かって話よ。何言ったの」

「え〜......? 確か、マイちゃんがあんまり俺らのこと頼ってくれないから、仲間なんだから頼っていいんだよ~って……」

「……そう。他には?」

「他? ん〜……あっ、マイちゃんが何で怪我してたの気付いたのかって聞いてきたっけ。気付かれないようにしてたのにって」

「うんうん」

「で、オレは普通にマイちゃんのことだから、見てれば分かるよって言ったけど……」


 思い返しつつ、答えてからふと顔を上げてみれば、アルガとロクの二人共からじとりとした目で見つめられていたため、ノアールは一瞬肩を揺らして「えっ?」と苦笑を浮かべる。何とも言えない形相で見つめてくる二人に、ノアールは一人焦った。

 そうして、暫くの沈黙を破ったのはアルガのため息だった。


「ノアール……あんたそれ、どういうつもりで言ったの」

「えっ? どうって言われても、別に、言葉通り……」

「ノアールさあ、それがマイちゃんじゃなくても、あたしかアルガちゃんでも同じこと言ったよねえ」

「え? うん。そりゃ……みんなのことは見てれば分かるし」


 歪み無いノアールの答えに、アルガとロクはまた視線を合わせて「これはダメだ」とでも言うように、二人ともため息を付きながら首を横に振る。


「……何かマイちゃんがかわいそうだから、今度あたしから言っとくよ」

「そうね……それでいいんじゃないかしら」

「えっ!? 可哀想なのマイちゃんなの!? 避けられてるオレじゃなくて!?」

「そ〜だよ。ノアールのバーカ、ヘタレ~」

「で? ノアールはマイちゃんに避けられるようになってどう思ったの」


 率直なロクの暴言に若干傷つきながらも、アルガから飛んできた質問を考えて、「へ?」と間抜けた声を上げた。


「さみしい」

「だけ?」

「えー? うん……まあ……あと悲しい……」

「私たちに避けられたら?」

「一緒。さみしい」

「ノアールって良い人とは言われるけどモテないんだろうねっ!」

「急に何の話!? 確かにオレはモテないけどもっ」

「急も何も、ずっとそんな話してるのに気付いてないのも頂けないわねえ……」

「はっ? えっ??」


 自分から始めた話のはずなのに、一人全く話についていけていないノアールが首を傾げていれば、アルガはロクに「もう放っといてご飯食べましょ」と息を吐く。


「あんたにその気がまるで無いのは分かったから」

「その気って何っ!?」

「だからいいのよ、分かんなくて。そもそも分かってたらこんな風に相談して来なかったわね。……あんたのしょげた顔見るのも飽きたし、ロクちゃんに任せておけばマイちゃん元に戻るだろうから」

「そだね~多分言ったら元に戻るだろうね~」

「言うって何を!?」

「教えな~い」


 そうして話は強制終了させられ、何の解決案も出されずノアールはただご飯を奢らされたのだった。



「だんにゃさま~こっちにも薬草たくさん生えてるにゃ~っ」

「ん、ああ、ありがとう。採取して持って来てくれ」


 村長から「村付きの薬師の薬草のストックが減ってきたから、採ってきて欲しい」という頼みを受けて、マイはフィールドへと出ていた。滅多に大型モンスターが出るような場所ではないため、こういったクエストであれば最近、マイは手伝いとしてラピスを一緒に連れてきている。戦うことが怖いと言っていたラピスは、採取は得意なようであり、マイよりも薬草類を見つけるのが上手だった。

 ラピスはというと、マイの役に立てることが嬉しいらしく、鼻歌混じりに薬草を採取していた。そんな姿を見てふと笑みを浮かべてから、マイも自分の足元に生えていた薬草に手を伸ばす。この薬草は葉の部分しか使わないため、ぷつっ、と葉の部分を取って腰に付けてある籠に放りこみつつ、はあっと息を吐いた。


(ここ最近、わたしノアールに態度悪かったよな……)


 思ったのはそんなことだった。

 ノアールに背負ってもらい村まで戻ったあの日から、どうにもマイはノアールに対しての態度が、いつも通りでいられなかった。話しかけられても「別に」としか答えられず、そのくせノアールのことを睨んでしまう。ただ、そうなってしまったのはノアールに迷惑をかけたからとか、そんなことからではない。



 ――「マイちゃんのことだもん。見てれば、分かるよ」――



 その言葉は、何故かずっとマイの中に残っていて、思い出すと小さな苛立ちを生んでいた。その苛立ちがどういった類のものなのか、マイ自身よく分かっていない。ただ、それを聞いたあの瞬間から「狡い」とは思った。

 普段ぼんやりとしていて、穏やかそうだというのに、狩りの時間になればその眼光は鋭くなって、動きも正に太刀そのものの鋭利なものになるノアール。太刀使いとしてかなりの強さを持っていて、戦っている最中のノアールを見るたびに「本当にあのノアールか?」と疑問を持ってしまうほどだ。


(……狡いだろう、そんなの。そう思うのは仕方ないじゃないか)


 やはりまた苛立って、マイがぐっと眉を顰めた時だった。


「にゃあっ……だんにゃさまどうしたんにゃ……すごいお顔だにゃあ」


 自分のすぐ近くから掛けられた声にはっとし、マイが顔を上げれば薬草を両手に抱えているラピスが立っていた。流石猫の獣人族と言えばいいのか、ラピスが近寄ってきていたのに足音は聞こえず、まるで気付いていなかったのにマイは苦笑する。


「あ、ああすまない、ちょっと考えごとを……」

「考えごとにゃ? それにしたってにゃにか怒っているようにゃ顔だったにゃあ」


 ラピスから渡された薬草を受け取りながら、籠に放り込みつつ「ははは……」と渇いた笑いを浮かべた。


「いや、怒っているわけではないんだが、何というか……――うん、これだけあればいいだろう。頼まれた量よりちょっと多めに摘めたし、そろそろ村に戻ろうか」

「にゃあ」


 ラピスの返事を聞いてから、足を帰路に向けつつ横に着いて歩くラピスに目を落として、マイは「んー……」と唸り声をあげる。


「なあラピス」

「にゃ?」

「ラピスの目から見て……ノアールってどんな奴だ?」


 聞かれたそれにラピスは「にゃ……?」と間抜けた声を上げたが、じい〜っとマイのことを見つめた結果、何かを察したのか「にゃうん」と声を上げた。


「とーってもいい人だにゃあ。ヘタレっぽいけど、優しい陽だまりみたいにゃ人だにゃ」

「うーん、まあ、そうだな……」

「あと、八方美人の気があると思うにゃ」


 ラピスの歯に衣着せぬそんな答えに、「八方美人……」と同じ言葉を繰り返して、マイは目を見開く。そして、自分の苛立ちの原因が何となく分かってしまった。


(そうか……わたしは、ノアールがそれを誰にでも言うだろうから、苛立っていたのか)


 まるで自分のことなど全部分かっていると言わんばかりに言われた、「マイちゃんのことだもん。見てれば、分かるよ」というアレはきっと、その対象が自分ではなくともノアールはそう言ったのだろう。ロクでも、アルガでも、きっとそう言っていた。


 それは、ノアールにとって特別なことではないから。


「だんにゃさま、ノアールとにゃにかあったにゃ?」

「ん、いや……別に何もないよ」

「そうにゃ? じゃあにゃんだったんにゃ、この質問」


 聞かれてマイは可笑しそうにふと笑って、ラピスの頭を撫でた。


「ただ――……あいつのことがムカつくなあと思ってな」


 言っていることは物騒だったが、何故かマイが浮かべたのは清々しい笑みだったため、ラピスは何も言えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る