23.




 一行が討伐に向かっていたのは、火属性飛竜種。名前の通り空を飛び、口から火を吹くドラゴンのようなモンスターである。このモンスターは一頭で村一つを簡単に滅ぼしてしまうほどの脅威であるにも関わらず、幅広い地域に生息していて、討伐依頼が多く出るモンスターでもあった。

 強力なモンスターであるから、当然それを基に作られる武器や防具も強固であり、今回はノアールのお願いにより「それの太刀が作りたい!」とやってきていた。


「――――そっち行ったわよ!」

「はあいっ、任せてーっ!」

「麻痺させる! あと五秒後!」

「マイちゃん頼んだ! 尻尾切るよ!」


 アルガがモンスターを攻撃しつつ誘導し、誘導先にてマイが麻痺効果のある薬を塗った矢を構え、五秒数えてから矢を放てば、それを胴体に打ち込まれたモンスターは麻痺をしてその場で固まった。とはいえ、その麻痺効果というものはモンスターたちにとって十秒程度のものであり、ただ、その隙にノアールはモンスターの足元に滑り込み、太刀で宣言通り尻尾を切り落とした。

 そして、このモンスターは尻尾を切り落とされたその時、頭が向いている方に走りだすため、切り落とされた痛みでだろう、頭が向いていた方向に走り出したのだが、そこにはロクが罠を張って待ち構えていた。ロクの張った落とし穴にモンスターは転落し、その穴から抜け出そうとバタつく中でドっ、ドンっ!と連続した二発の発砲音が辺りに響く。

 直後、バタついていたモンスターは大人しくなり轟々としたモンスターのいびきが辺りに響いた。罠に嵌ったまますやすやと眠るモンスターを確認して、アルガは構えていた武器を背負い、武器種の関係上一人だけ少し離れた位置に居たため、三人に駆け寄った。


「無事捕獲できたわね。みんな、お疲れ様」

「うんっ、お疲れさま~」

「やった〜!! やっと尻尾手に入った〜!! みんなありがとうっ、本当にありがとうっ、お疲れっ。特にマイちゃん本当にありがとうっ」

「お疲れ。いや、別に尻尾を切り落としたのはお前だろう……自分で頑張った結果じゃないか」

「マイちゃんが抜群のタイミングで麻痺させてくれたからこそだよ!! 野良じゃこうも行かないから~……ほんっとにこの前大変だったんだよ~部位破壊狙ってる余裕なんてないくらいで~……もう俺ずっとこのパーティで狩りしてたい……」


 涙目でそう言ったノアールに、マイは「ははは……」と苦笑を漏らす。

 ノアールの言った「野良」というのは、ギルド内に存在するクエストボードに「同行者募集」とされているクエストがまま存在し、そこに集って組まれるパーティは基本一期一会であるのだ。そのためそうやって組まれるパーティは、「野良パーティ」と呼ばれていた。

 野良であると、クエストを受注した人物が一応そのパーティのリーダーとなるが、殆どが指揮を執るわけではない名前だけのリーダーであり、基本的に皆好き勝手行動をする。そのため、意思の疎通を図ることは難しく、自己管理が大前提だ。

 例えば、マイたちのこのパーティであるなら、攻撃の要はノアールにあるため、基本的にノアールがモンスターの攻撃を食らい体力が減ると、マイとロクのどちらかが全体回復薬を使うのが通常で、ノアールは自己回復する必要なく攻撃することに集中することができるが――野良であるとそうもいかない上、一緒にパーティを組んでいるメンバーがキャンプ送りにされてしまえば、強制帰還を余儀なくされ兼ねない。それを避けようと思うと、見知らぬ人たちの体力の管理もしながら戦わないといけなくなるため、ノアールのように優しい性格であればあるほど、身内のパーティで狩りを行うよりも神経をすり減らさなければならないだろう。

 実際、マイも最近野良で狩りに行くことがあるが、知らない人たちと一期一会で狩りをして、毎回のように思うことがある――「ああ、彼らは本当に強いんだなあ」なんて。自分たち固定パーティで行う狩りで、自分の防具が階級に伴っていなかった時は、自分がよくキャンプ送りにされていたマイだったが、それも伴って来れば執拗に自分が狙われたり、運が悪かったりする以外でそうなることは殆どなくなったし、アルガもロクもノアールも、基本的にキャンプ送りにされる方がかなり稀であった。


「まあ……わたしも気持ちは分かる」

「だよねえ!? アルガちゃんもロクちゃんも強いし、マイちゃんも何か知らないうちにすげー強くなってるし! オレ自分で回復とかしなくても、勝手に回復するし……」

「身内と野良を一緒にしちゃダメよ。いきなり組んだ人と連携なんて取れる方が稀なんだから」

「それ差し引いてもお前たちは全員強いと思うが……」

「わーいっ! マイちゃんに強いって褒められた~!」


 無邪気に喜んで笑うロクに、ノアールが「ほんとにね……」と自分に同意するよう言ったのにマイは内心「わたしはお前のことも言っているんだけどなあ」と静かに思い、息を吐く。そうして、ツキンっと痛んだ右足首に目を落とさないようにして、「早くみんなにちゃんと着いて行けるようにならないとな」と静かに思った。


 この戦いで、マイは怪我をしていた。みんなに言うほどではないが、戦いの終わり掛けで足首を捻ってしまい、そこは若干の痛みを伴っている。ただ、我慢できないほどではないため、それを無視して戦いを続けていた。


「さて、ギルドへの報告も終わったことだし村に戻りましょうか」


 アルガの言葉に各々了解の返事を返した直後だった。

 皆が所持している小型無線機からビープ音が鳴り響き、それぞれ動きを止める。これはギルドからの緊急連絡時に流れる音であり、そのまま無線機の音に耳を傾けていればギルドからの通信が入った。


『フィールドに出ているハンター各位に告ぐ! 現在森林地帯にて危険種獣竜種“暴食の悪魔”が出現! 上位級ハンターにて対応できる者たちに討伐を要請する!!』


 ギルドから入ったそんな通信に、アルガは緩やかに「あら……」と声を出し、頬に手を当てる。


「森林地帯って、ここねえ。近くに居るのかしら」

「うーん、かなあ?」


 呑気なロクの言葉の後、ほど近い場所から「ガアアアアアッ!!」という荒々しい咆哮が聞こえたことに、ノアールは「わあっ!」と身体を跳ねさせた。


「近いじゃん!」

「そうねえ。どうしましょうかしら……私は余力あるし、残弾数も足りるだろうから行けるけど」


 アルガの言葉にマイは無線機から流れてきた、モンスターを考える。

 別名「暴食の悪魔」とされている危険種獣竜種――その別名の通り、生けるものをすべて食らいつくしてしまうようなモンスターであり、生態系を狂わせかねないため、見つけ次第即討伐とされている一級の危険種モンスターだ。しかし、即討伐対象とされているモンスターでありながら、その攻略難易度はかなり高い。

 まずもって、下位級ライセンスのハンターでは全く歯が立たないし、上位級のライセンスを持っているハンターもそれ相手には、死を覚悟する者も少なくない。実際、マイは上位級のライセンスを取ってから、アルガたちに唆されそれと対峙したことはあるが、上位級のライセンスを取ってすぐだったからということを差し引いても、とんでもない怪物だと思ったのを覚えている。

 整っていない装備では、どんな攻撃も当たってしまえばキャンプ送り一歩手前まで体力は削られる上、装備を整えてからだってその凶暴さに辟易したものである。別名通り「悪魔」という名称がぴったりなモンスターだ。


(別のモンスターならまだしも、怪我をした状態でどこまでやれるか……)


 こうして、ギルドから無線にて緊急で入るクエストは、基本的にすでに近くのギルドから討伐隊が送られているため、フィールドに居るハンターがやることは、主にその場に留めるための足止めである。余力があれば討伐しても可というようなもので、もっと言えばそれを無視しても特別近隣の環境に影響があるわけではないため、本討伐が終わっていれば無視をして帰還しても良い。もっと脅威で何らかの影響がある場合の無線は「総動員せよ」という命令が下るのだ。そうではなかったということは、ギルドから求められているのは足止め、あわよくば討伐ということであるのだが――……


「――あ、そうだ! あたしあいつの素材欲しいんだった!!」


 ロクの上げた声にマイが思考を止めて顔を上げれば、アルガは「あら、そうなの?」と首を傾げた。


「うんっ。ハンマーの強化素材で必要だったと思うから、余力残ってるし、できれば行きたいな~」

「じゃあ、私は構わないから討伐に行きましょうか。すぐそこに居るみたいだし。マイちゃんもノアールもいい?」


 行けるかどうか一人考えていたマイだったが、ロクの発言ですぐにその考えは止めて「ロクが行きたいなら行くか」と切り替え、「うん」と頷く。自分の怪我も誰にも気付かれていないだろうし、下手なことしなければ大丈夫だと思った。


「わたしも構わないよ」

「えっ? ダメだよ、行くの止めよーよ」


 みんな行くことに賛同する中、一人ノアールが不思議そうな声を上げてそれに異を唱えたため、全員がノアールに注目するとノアールは眉を寄せて首を傾げて見せる。


「マイちゃん、怪我してるじゃん」


 当たり前のように言われたそれに、マイが思わずびくりと身体を震わせれば、ロクとアルガは目を見開いた。


「えっ!? マイちゃん怪我してるの!?」

「……そうなの? マイちゃん」

「え、あ、いや、わたしは――……」

「してるしてる。ほら、マイちゃんのこと抑えてるからロクちゃん、マイちゃんの右足の装備取っちゃって」


 ノアールの言葉に反応するよりも先に、後ろからノアールに羽交い絞めにされ、それに「え」と惑っていると素早く動いたロクがノアールに言われた通り、マイの右足の装備を取っ払ったのだった。

 そうして見えたマイの右足首は、赤みと若干の腫れが見え、アルガが小さく「ふうん」と息を吐いたのにマイは冷や汗をかいた。


「怪我……してるわねえ」

「いや、でも、全然大したことはないんだ! だから、」

「マイちゃんっ!」


 大丈夫、と言おうとしたマイの言葉を遮ったのはノアールであり、いつもぽやっとしていて穏やかなノアールからは想像できないくらい強い声で名を呼ばれ、マイが振り返ればノアールは若干怒った表情を浮かべていたのである。それに思わずたじろいでいると、ノアールはマイの肩を掴んで顔を覗き込みマイと目を合わせた。


「マイちゃんが人のために動くのいいところだって思うけど、無理や無茶をするのは違うよ? 怪我をしたまま狩りをするのは、よくないって自分でも分かってるよね?」


 諭されたそれにマイは何も言い返すことができず、ただ、息が詰まっていくような感覚を感じる。


「アルガちゃんの残弾数の話だって、マイちゃんを戦力として数えての話だよね? マイちゃんがいつも通り戦えるわけじゃないなら、多分弾足りないんじゃない?」

「……ええ、まあそうね」

「マイちゃんさ、もうちゃんとオレらの戦力の一つなんだから、今ここで無理や無茶して怪我悪化させたらダメだよ」


 ノアールが言い切ると少しだけ沈黙が流れ、その沈黙をアルガはふと息を吐いて破った。


「言いたいこと、全部言われちゃったわねえ」

「あ、あーよかった! 変に静かになっちゃったからオレ間違ったこと言っちゃったのかと思った……」

「ノアールは間違ってないわよ。マイちゃんの方がノアールの言う通り、ダメだったわね」


 そんな話をする中、マイの近くに居たロクはふと顔を上げてマイの顔を見ると、「あっ!」と声を上げる。ロクの声にノアールとアルガが同時に「えっ?」とロクに振り向けば、ロクが指さしていたのはマイだった。


「マイちゃんっ、泣いてる! ノアール泣かした~!!」


 そんなロクの言葉にノアールはすぐにマイに目を向けて、一瞬動きを止めてすぐに顔を青ざめさせた。目を向けられたことにマイはすぐに俯いてしまい、今はその目は見えなくなっているが、一瞬見えたマイの目に涙が浮かんでいたのが見えてしまったのである。結果、ノアールは分かりやすくおろおろとし、狼狽えた。


「えっ、え、あ、マイちゃん、ごめ……っ」

「謝るなっ! お前は悪くないだろうっ」

「で、でも、泣いて……」

「泣いてないっ!! 泣いてない、から」


 言い切られたことに、しんっと静まり返って少しして、マイから「はー……っ」と長く息を吐く音が聞こえると、マイは顔を上げてパーティのリーダーであるアルガに向き直る。


「……すまないが自分の不注意で怪我をしたから、帰還をして欲しい」


 かなり不服そうな表情で言われたそれにアルガは目を見開いた後、ふと笑って「了解」と頷いた。


「怪我させたまま狩りに行かせるほど酷いリーダーじゃないから、勿論構わないわよ」


 アルガのその言葉からは、「私をそんな酷いリーダーにさせないで」という思いが汲み取れてしまい、マイはまた小さく「すまない」とバツが悪そうに目を伏せる。


「ロクも、ごめんな」

「んーんっ! マイちゃんの方が大事っ!」


 自分のことを見上げながら笑顔で言われたそれに、マイはつい手を伸ばしてロクの頭を撫でてから、ノアールの方を向いた。


「ノアールも……すまない」


 ぽつりと謝られたそれにノアールは「え〜……」と漏らしながら苦笑いを浮かべる。


「別に謝られるようなことじゃないんだけど……あっ、それならオレお礼の方が聞きたいなあ」


 いつものへらりとした笑みを浮かべながらそう言ったノアールに、マイは一度目を見開いてから「絶対に何も考えずに言ってるんだろうな」と思いつつ、ぐっと眉を顰めた。


「…………ありが、とう」


 言われたそれはやっぱり不服そうだったけれど、それに対してノアールはただ優しく笑う。そうして、ノアールが「んーん、全然っ」と言うのを見てから、アルガは「さて、」と息を吐いた。


「話も纏まったことだし、モンスターと鉢合わせになる前に帰還しましょうか――じゃ、私とロクで手分けしてマイちゃんの持ち物と装備を持って、ノアールはマイちゃんのこと運んでちょうだい」

「えっ」

「はーい!」

「おっけ~」


 頷くロクとノアールに対して、マイは自分が何かを聞き間違えたんじゃないかと首を傾げる。


「えっ、うん? どういう、」

「だから、マイちゃんの荷物は私とロクで持ってあげるから、マイちゃんはノアールに運ばれなさい。負ぶってもらうか、横抱きでもいいけれど」

「俺はどっちでもいいよ〜。マイちゃんの好きな方で」


 にこにこと屈託のない笑みでそう言ったノアールに、アルガが内心「つまんない反応ね」と思っていれば、マイからは「はあっ!?」と声が上がった。


「何でそうなる……!? わたしは別に自分で歩けるっ」

「マイちゃん……あなた足、捻挫してるのよね?」

「それは、そうだがっ」

「村までどれだけあると思ってるの〜? その足でそんな長距離歩いたら悪化するってば~」

「だからって、なんでノアールに」

「ロクちゃんでもいいのよ? 私は運んであげるつもりないけど」

「あたしはどんと来いっ! だよっ!」


 そう言って胸を叩いて見せたロクに、一瞬その図を想像して「いや、もっとダメだろ……」とマイが内心思っていれば、アルガから無言でじっと見つめられ、その視線からは「これ以上時間を引き延ばさないで、さっさとどっちか決めなさい」という圧を感じ、マイは仕方なく小さく「ノアールで、お願いします……」と呟いた。マイのそれににこりと満面の笑みを浮かべ、アルガは「じゃあさっさと帰りましょっ」とマイの荷物に手を伸ばす。


「あ~ロクちゃん、俺の武器も持って~」

「は〜い。しょうがないなあ~、一つ貸しだよ~?」

「何でオレに!? もういいけどさ~……あ、マイちゃんどっちがいい?」

「えっ? どっちって、何が」

「おんぶ? 姫抱っこ? どっち?」


 恥ずかしげもなくそう聞いてくるノアールのことを張り倒したくなったマイだが、こうなっているのはそもそも自業自得であるためぐっと堪え、小さく「……背中を貸してくれ」と言うしかなかったのだった。





「……なんか、マイちゃん中身入ってる?」


 帰路について、村まであと一時間ほどで辿り着くくらいのところにて、ぽつりとノアールはそう言った。

 ちなみにここまでの間、何を話しかけてもマイは「ああ」とか「うん」とかしか言わず、表情も変わらない置物のようになってノアールに背負われていたけれど、ノアールのそんな発言に「はっ?」と声を上げた。


「……わたしが軽すぎるって言うのか?」

「しょ〜じき軽すぎ〜。マイちゃんの身長でこの軽さってヤバくない?」


 ノアールの言葉につい、「余計なお世話だ」とマイが返そうとすれば、それらを聞いていたらしい前を歩いていたアルガが、顔だけ振り返ってノアールに目を向ける。


「ノアール……女の子に身体的な話を振っちゃダメよ。だからあんたモテないのよ」

「えっ!? いや、でも本当にマイちゃん軽いんだってば!!」

「まだ言う。ま、私もマイちゃんはもうちょっと肉付けた方がいいとは思うけど……ラピスちゃんにでも言っておきましょうか」

「体重が増えると動き辛くなるだろ……」

「それも一理あるけど。そうねえ……マイちゃんの目から見て、ノアールの動きは鈍いかしら?」

「えっ? いや、そう思ったことはないが……むしろ狩りの最中は機敏だと」

「で、ノアール今何キロ?」

「え〜? たしか、九十キロくらいじゃない?」

「わあっ、ノアールゴリラ」

「ゴリラっ!? ハンターなんだからそんなもんじゃないの!? ロクちゃんだって身長とか体型のわりに絶対体重重いでしょ! ハンマー使いなんだからっ」

「ひど〜いっ! 女の子に重いって言っちゃいけないんだよ~っだ!」


 ロクからそう言われ、ノアールは自分の味方を探してみたが見つからず、ノアールがしょんぼりとしたのを見てから、アルガは「で?」とマイに向かってにこりと笑いかけた。


「マイちゃんは、今何キロくらいなの?」

「え……確か、五十キロくらいだったと……」


 答えれば、ロクとノアールから信じられないものでも目にしているような目を向けられ、マイが小さく「え」と言えば二人から「軽っ!!」と声が上がったのだった。


「マイちゃんの身長で五十キロ!? さすがに軽すぎだよ!!」

「ガリガリじゃんっ!! 帰ったらお肉食べようっ、お肉っ」

「わ、分かった、分かったからっ」


 二人から責めたてられたことに慌ててマイが言えば、アルガはくすくすと笑ってロクの背を押した。


「ひとまず、マイちゃんのために早く帰りましょうか。引き続き私とロクで先導するから、ノアールはちゃんとついてくるのよ~」

「は~いっ」

「……なあ、村までもうすぐだろ。わたしそろそろ自分で」

「ダ〜メっ! マイちゃんは大人しくノアールに運ばれてなさーいっ! あ、ノアール疲れてたらあたし代わったげるよ?」

「まさか。マイちゃんより自分の荷物のが重いくらいだっていうのに疲れるわけないじゃん」

「だよねえ。てことで、マイちゃんはそのままっ! アルガちゃん、待って~」


 踵を返して、すでに前の方を歩いていたアルガに駆け寄って行くロクを見て、マイは「はあっ」と息を吐いて色々なことがバカらしく感じる。同時に「もういいか」とそんなことを思うと、それまでノアールに体重を掛けないようにしていたことを止め、肩に置くだけにしていた手を動かし、ノアールにしがみつくようにしたのだった。


「――お、何、マイちゃん。体重預ける気になったんだ?」


 ノアールの発言に、体重を掛けないようにしていたことも、普通に気付かれていたと分かり何となく苛立ったけれど、怒る気にはなれずマイはまた「はあっ」と息を吐いた。


「……何か、もういいかと思ってな」

「うん、いいんだよ〜。マイちゃんはもっとオレらのこと頼ってもいいんだから」

「……頼る?」

「そ。仲間じゃん。一人じゃないんだから、もっと頼ってくれていいよ。ま~俺は不甲斐なくて頼り甲斐もないかもしんないけど……マイちゃんが足怪我した時、こうやって村まで運んであげるくらいは全然できるからさ」


 心臓が、ぎゅうっと引き絞られた気がした。


 何となく息がし辛くて、でも嫌な感覚ではなく、不思議と心地よく感じたけれど、それが何なのか、何でなのかはマイには分からなかった。ただ、それももう「別にいいか」と諦めたように思う。


「……お前はヘタレだが、別に不甲斐ないとか、頼り甲斐がないとは思わないよ」

「え〜ホント? ならこれからはちゃんとこういうの自分から言うんだよ!」

「えー……あー……うーん……うん……」

「うわっ、絶対言わないやつじゃん。ま、いーけどね。多分オレ気付けるし~」


 当たり前のように言われたそれに、マイは一瞬目を見開いた。


「そういえば……お前何で気付いたんだ? わたしは、怪我に気付かれないよう普通に動いてたつもりだったんだが」

「へ? ああ、まあ普通に動けてたよ? 足ずったりとかしてなかったし」

「いや、うん、だから」

「でも分かるよ――マイちゃんのことだもん」

「え……」

「見てれば、分かるよ」


 優しい声色で言われたそれに、マイが感じたのはやはり小さな苛立ちだった。

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