ACT.3
放課後。
校門を出ると、空は少しずつ茜色に染まり始めていた。彩花はいつものように、周りに気づかれないように鞄を抱え、少し急ぎ足で歩き出す。向かう先は駅でも遊び場でもない――娘を迎えに行く保育園だ。
その背中を、電柱の影から金髪がちらりと覗く。
「……やっぱり何かある」
美咲はスマホを握りしめながら、小声で呟いた。ツインテールを揺らし、人混みに紛れながら距離を保ってついていく。
彩花は時折振り返る。警戒するように視線を走らせるけど、美咲はうまく人波に隠れた。商店街を抜けると、小さな住宅街へ。ランドセルを背負った小学生が走り抜け、犬の散歩をする老人とすれ違う。
そして――彩花が足を止めたのは、古びた保育園の前。
白い塀の向こうから、子どもたちの声が響く。
「……やっぱり」
美咲の胸が高鳴る。まさか、本当に子どもが?
彩花は保育園の門をくぐり、数分後――小さな女の子の手を引いて出てきた。二歳くらい。髪は彩花と同じ黒で、ふわふわのワンピースを着ていた。母親と娘、そうとしか見えない光景。
彩花は優しい目で娘の頬をなでて、手をつなぎながら歩き出す。その横顔には、教室では決して見せなかった表情が浮かんでいた。
電柱の影からその姿を見た美咲は、思わず息を呑んだ。
「……ホントに……子供……」
驚きと、好奇心と、ほんの少しの戸惑いが入り混じる。
けど、瞳の奥では「秘密を掴んだ」という確信が輝いていた。
翌日。
1時間目が終わり、休み時間のざわめきが広がる教室。
彩花はノートを閉じ、深く息をついた。昨夜も娘の夜泣きでほとんど眠れなかったせいで、まぶたが重い。
そこへ――机をドンと叩く音。
「……昨日、見たよ」
顔を上げると、美咲が立っていた。
ツインテールを揺らし、青い瞳を真っ直ぐに突き刺す。冗談めいた笑みはなく、鋭さだけが残っている。
「保育園。あの子、彩花の子供でしょ?」
周囲のクラスメイトが「え?」「何の話?」とざわつき始める。彩花の喉が凍りついた。
「ち、違……」声が震える。だが否定の言葉は喉で途切れた。
美咲は机に両手をつき、さらに身を乗り出す。
「ウソつかないで。昨日ちゃんと見たんだよ。彩花が、女の子の手を引いて歩いてるの」
クラスの視線が集まる。心臓が耳の奥でガンガン鳴る。
「……黙ってたのは、理由があるんでしょ」
美咲の声が少し低くなる。問い詰める、でも決して突き放す調子ではない。
彩花は唇を噛み、俯いた。指先が黒タイツ越しに膝をぎゅっと掴む。涙が滲むけど、ここで泣いたら全部終わり――そう思って必死に堪える。
「なんで隠してたの? ……答えて」
美咲の声が、教室のざわめきの中でやけに鮮明に響いた。
彩花の喉が、ようやく動いた。
「……あれは、私の……娘」
その瞬間、教室の空気が凍りついた。机を叩く音も、笑い声も、全部消えたみたいに静まり返る。
美咲だけが、青い瞳でじっと彩花を見ていた。
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