第3話 オレの首はモブ仕様じゃない

「じゃあ先に歩くから、池ヶ谷は見える範囲でついてきてくれ」


 俺の後ろに立っている池ヶ谷にそう言い放つが。


「ちょっとあなた! 何なのそのブレザーの着方。ムカついて仕方がないわ。嫌だけれど、わたくしの正面にお立ちなさい!」


 などと、近づくのも嫌なくせに俺の服装の乱れを直してくる。


「へっ? 正面にって……っうおっとぉ?」


 迷ってる暇もなく首元を掴まれ、池ヶ谷の顔正面に引っ張られてしまった。もしやこの場でシメられる? それともヘッドロックでもするつもりか?


「だらしなさすぎて腹が立つわ! そのブレザーは胸元を開けるものじゃないのよ? わたくし、そうやって自分に酔いしれる男は大嫌いなの。とにかく正しい着こなしをお教えするわ。ほら、真っ直ぐ立って!」

「お、おぉ」


 ううむ、やはり本物の令嬢かも。


「あなた、顔はモブそのものだけれど、きちんと身だしなみを整えていればイケメンに見えなくも……いえ、言い過ぎたわ。よし、これでいいわ。終わったのだから、すぐに前を向きなさい」 


 顔がモブそのものって何だ?


 しかし真面目な話、美少女であるがゆえに大いなる誤解と勘違いをしてしまいそうになる。


 ……とはいえ、勘違いをしたとしても俺の理想はナイスバディな美少女。こういう時の視線の行方は本当に切ない。


 他人から見たら優しい女子がだらしのない男子のネクタイやらワイシャツやらを正してあげているという、微笑ましくそれでいてラブラブな光景に見えるに違いないのだが、実態は無理やりネクタイを締め上げられ、首をまともに動かせない人形と化しているだけだ。


「では参りましょう。ほら、先をお歩きなさい! もっと離れなさい。違うわ! 離れすぎよ! あーもう! そう、そこでいいわ。あなたは学校が見えるまで後ろを向かないこと。いいわね?」


 池ヶ谷はいちいち俺の動きを指摘し、歩き方を指示してくる。


「俺が親切に道案内してあげようってのに、後ろを向かずにどうしてお前の位置を確かめられるっていうんだよ? ……まぁいい。言っとくが早歩きで行くからな? ちゃんとついて来いよ、お嬢様」

「早く歩けっつってんだろ! 湊のくせに」


 俺のくせにとはどういう意味かね?


 しかしキレやすい奴だな。実は暴力性の言葉を放っている時の方が本当の姿なんじゃないのか?


 ……それにしても理不尽すぎる。ブレザーでネクタイをきっちり締める奴なんて、その辺の社畜でもいないぞ。


 実は後ろを振り向かせない為の布石か? などと思ったが俺は実はいい人。彼女がついてきているかちゃんと心配くらいはする。


 なので、一瞬だけでも後ろを振り向くが。


「こっち見んなっつってんだろ! いえ、前を向いていただけないかしら」

「……理解しましたよ、ええ。俺の首が回らなくなったら責任取ってくれるんだろ? さよりん」

「もちろん取るわ。あなた専用の固定コルセットを用意してあげるわ。とにかく学校まで前を向け。向いていなさい!」


 さよりんと呼んだのはスルーですかそうですか。心が涙を流してるのも責任取るんだろうな。そんな嫌なこともありながら俺は後ろをついてきていると思われる池ヶ谷を気にすることなく、ひたすら前進した。


 歩いている時に後ろから殺気を放ってくるかと思いきや、背中だけイケメンすぎるわ。などと、何とも平和な声が聞こえてくる。


 そんなこともあったが、いつもは遠く感じない学園にようやく着くことが出来た。これで首を自由に回せるようになるだろう。


「ご苦労様。あなたはご自分の教室にお行きなさい。わたくしは手続きがあるの。では、ご機嫌よう」

「っておい! ほどけないネクタイを緩めろや!」


 くっ、見向きもしないで行きやがっ……行ってしまった。自分でネクタイを緩めることのできない結び方をされた俺を放置とは、とんでもない女だな。


 いや悪魔令嬢だったか。


 幸いなことに俺はぼっちで友達がいない――ということもないが、積極的に話しかけてくる男のダチはそう多くない。


 だからじゃないが規則正しすぎるブレザーを着ていても、うざとく近づいてくる奴はほぼ皆無。


 それが俺の高校生活一年目の夏だ。その見込みは今日に限って甘かったが。


 何故かは知らんがこの学園には割とこまめに他校からの美少女が補充……もとい、転校してくるのだがその度に必ず話しかけてくる野郎がいる。

 

 普段は俺に近寄ってもこない奴なのにまるで親しげに話題を振ってくる。一体俺に何を期待しているというのだろうか?


「おっす、高洲!」

「どうも。何?」

「お前ってスゲーな! お前の後ろに美少女が二人ほどついてきてたぞ? お前、背中から何か出てんじゃねえの? てか、新たな美少女が来たわけか~。期待していいよな? な?」


 相変わらずうるさい奴だ。


「背中は背中だ。何んにも出てこないぞ。……美少女二人? ん? いま二人って言ったか?」

「そう! 二人とも高洲の背中目がけて歩いていたぞ。羨ましい奴め。美少女の視線を独り占めかよ!」


 ただし背中に限る――自分で言ってて悲しくなった。二人とは流石に気づかなかったが、一人は首を、いやネクタイを締め上げた残念な悪魔令嬢だろ。


 もう一人は恐らく小悪魔天使だな。何だよ、全然気づかなかったぞ?


 後ろを振り向けなかったのだから気づくことも出来なかったとはいえ。それにしても近所というか、家が隣なのに何故声すらかけてくれなかったんだろう?


 俺はともかく、池ヶ谷に声をかけて一緒に歩くことくらいは可能だったはずなのに。


 ファミレスでは仲良さげに話していたのにまさかマジで友達じゃない? 


 悪魔令嬢と小悪魔天使では仲良しさんにはなれない――か。


「で、その美少女はどのクラスに?」

「ウチだ」

「は? どっちが?」


 出来れば小悪魔天使の方を希望する。


「両方だ。しかもすでに席についてるぞ。可愛いよな~癒し系ってああいう女子を言うんだな」

「なにっ? 席に着いている……だと? 嘘だろ? 気配を感じなかったぞ」

「大人しい子だからな。優し気に微笑んでくれるだけで言葉を発しないんだ。きっと恥ずかしくて声をかけられないんだろうな。ああいう子は俺らが守ってやるべきだ」


 癒し系か。


 ……とすると、小悪魔天使の方だな。優し気に微笑むのは多分気のせい。鮫浜の微笑みは憐みの成分しか備わっていないし。


 ひょっとすると悪魔令嬢なあの池ヶ谷よりも恐ろしいかも。


 それに、転校初日だと思っていたのにすでに済ませていたとか、記憶に無いんだが俺の記憶操作でもしたのか?


 この学園はいちいち転校生を紹介するほど優しくない。いつも受け入れてるということもあり、簡略化をしたのだとか。


 男だけはいちいち騒いでいて浮かれたりするが、それは仕方ない。


「もう一人はすげえぞ? 極上すぎる。あんなレベルが高いのは最近はほとんどなかった。マジで高洲に感謝だな。あんな清楚で色白でスレンダーで艶やかな黒髪の美少女が来るなんて幸せすぎる!」


 ああ……そうか。


 清楚で色白で、スレンダーは合ってるな。艶やか? 単に猫かぶりなだけだろ。極めつけは悪魔令嬢。


 どこまで貫けるのか見ものだな。さぁ、先生さまとここへ来るがいい! 


 池ヶ谷さよりと、何でかすでにいる鮫浜あゆ! 


 お前らの正体は俺だけが独占しているぞ!

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