第2話 無意識の令嬢言葉は手に負えない
「何だよ? 言っとくけど偶然だからな? だからその目はやめてくれるとこっちも清々しい朝を過ごせるんだが?」
いつものように少し余裕をもって家を出る俺は、何も考えずに玄関のドアを開けた。
季節は一年目の夏。半そで透け透けでヒラヒラな制服なのは仕様であって、それを指摘されるのはお門違い。しかし、目の前の悪役令嬢もどきは半端なく自意識高い系だった。
「あらあら、もしかしてわたくしが玄関から出るのを見計らってドアを開けたのかしらね? それは生まれついての不審者だということかしら。気持ちは分かるのだけれど、わたくしは美少女ですもの。追いかけてきたくなる気持ちを我慢するのもあなたの試練にもなるのだわ」
何言ってるんだこいつ。
「それと、いやらしい視線を朝から浴びせてくるのは感心しないわね。いくら魅力的過ぎる細腕と肌白いスベスベな身体だからって、夢中になるのは正直どうかと思うのだけれど?」
「あ~すみません。その令嬢っぽい言葉はあなたの初期設定? いや、違うでしょう? ねえ、自称美少女のさよりさん?」
本当に色々と惜しいんだよな。
「何のことかしら? わたくしはこれが普通ですことよ。あなたのように可哀想な視力ではないの。あなたは自分の姿を遠くから見つめ直す必要があるのではなくて?」
コイツはアレだ。真性の猫かぶり……いや、見た目だけは本物の美少女なのだが、言葉がついてきてない。
自覚もなく気付いていないようだから俺が教えてあげてもいいが、初登校で初お披露目のようだし、俺も大人な対応をするしかないのかもしれない。
何せ本性は悪すぎる言葉遣いと切ないオムネさんなのだから。
「残念。俺は一人なんでね。自分の姿を遠くから見つめるなんて、そんな特殊な能力は持ってないんだ。良かったら、さより様が俺を遠くからうっとりするくらい見つめてくれてもいいんですよ?」
異世界帰りだったらそれも可能だったかもしれないが。
「誰が残念だ、この野郎! お前を朝から間近で見なきゃいけないこっちの気持ちにもなれよ、ごらぁ! んんんっ……そうね、遠くからなら顔を赤くして照れながらも遠くのイケメン動画を撮り続けるのも悪くないわね」
そうか。令嬢もどきにとってタブーなお言葉は【残念】という二文字なのか。どこから拾って学んでしまったか不明な言葉遣いの方がよほど残念すぎるわけだが。
まぁ、他人から指摘しても仕方ないから放置だ。本人が過ちに気づいて直すようにしないと直らないし。
「その言葉遣いに間はないのか? 設定なのは理解したけど、疲れないのか? それとも学園内ではそれで通すのでございますか?」
「それが何か? あぁ、あなたはそれが普通なんでしょ? わたくしはお嬢様だし美少女なの。それは確かよ。紛れもない本物のわたくしに庶民な言葉遣いを使えとでも?」
いやに堂々としているな。思わず本物なのかと認めてしまいそうになりそうだったぞ。
「美少女は認める! だが、お嬢様は認められないな。本物ならお付きの者がいてもおかしくないはずだ。すぐに分かることだから同情はしないが、うちの学園は美少女だけでは通用しないぜ? 通用するのは男連中だけだ」
「別にむさくるしい男子に通用しなくても結構だわ」
美少女が多い学園ということは、新たに入る美少女には厳しいってことだからな。ある意味男子より女子の方が厳しいかも。
「その無駄すぎる瞳は男子を簡単に石化させてしまうだろうが、女子には通じないぞ? それと、さよりに女子の友達なんて出来っこないと断言してやろう! 仮に出来なくても俺が――」
「――結構よ! 転校初日にあなたのようなモブがわたくしのお友達だと知られたら、すぐに蔑みと憐みの目を向けられてしまうもの。あなたは落ち着いてゆっくりじっくりと自分の姿を鏡で映し出す必要があるわね。鏡があなたの姿に耐えられなくて割れまくりなのだとしたらお気の毒だけれど」
令嬢もどきに向かって罵詈雑言を並べそうになったが、ここは冷静かつ上品な日常会話を心掛けねば。
「ところで、小悪魔天使……じゃなくて、あゆちゃんは一緒じゃないのか?」
あの子はあの子で相手をするのに苦労しそうだけど。
「申し訳ないけれど、あの子は友達ではないの。お屋敷も少し離れているのだから、普段から一緒にいるわけではないのよ」
家族ぐるみでファミレスに来ていたのに友達じゃないとか、中々闇が深そうだな。
「そもそも二人同時に転校するとは限らないし、まさかと思うけれどあなたの両隣に美少女を歩かせる、なんて一瞬でも夢を見たかったのかしら? それは叶わない夢だわ。あり得ないことですもの。好き好んでモブの隣を歩くだなんて、この世に生まれてきたことを絶望してしまうわね」
いちいち言葉が多すぎるぞ。しかしあの子が友達じゃないということは、こいつは本当にぼっちなのでは?
「お屋敷? どう見ても建売でモデルハウ……」
「黙れこの野郎!」
「ふごっ!?」
華奢でスベスベな手で口を封じられてしまったのだが、手だけはお優しい肌触りである。少なくとも俺の家よりは新しめだし、最近のモデルハウスにしては綺麗だから怒らなくてもいいのにな。
「んんっ。遅刻はしたくないの。悪いけれど、あなたと無価値な会話をしている余裕はないわ。あなた、先に歩いて行ってくださらない? わたくしは離れてついて歩くから」
もしかして行き方が分からないのか?
編入手続きとかで一度は行ったはずなのに。
「一度行ったくらいでは通学路が覚えられないくらいに残念なのか?」
「黙れモブ野郎! 下賤な輩は黙って言うことを聞いてればいいんだよ! 分からねえのが当たり前だろうが。てめえみたくずっとここに住んでいたわけじゃねえぞ? 足りない頭でよく考えてから発言しろや!!」
予想より禁句が強すぎるし、迂闊に使ってもいけないことが判明。
「はいはい、分かりましたよ、確かにそうですね。いやぁ、お嬢様は違いますね。そのお上品でお下品なお言葉遣い、学園の皆々様方にはいつバレるのでしょうね。これはわたくしめの趣味として観察させていただきますよ」
何せ世間は完璧な美少女に期待してしまうからな。
「は、早く先に行ってよ。お願いだから案内してくれないと遅れちゃうじゃない! お願い、お願いよ。高洲君。言うことを聞いてくれたら、学園で時々は声をかけてあげるから、だから――」
何だよ、可愛いところがあるじゃないか。もし同じクラスになっても声をかけてくれるなら案内してあげたくなるぞ。たとえ別のクラスだったとしても、廊下ですれ違う時には真の笑顔が見たいものだ。
「早く早く! 時間が無いんだってば! 先に歩いてよ!」
どうやら現時点では初期設定が悪役令嬢で、タブーな二文字で狂暴な性格へと変わると。今はまるで幼馴染風に甘えてくるうえ、何とも可愛くてマジ惚れしてしまいかねない話し方。
もしや多重人格かと疑いたくなるものの、どれが本性なのかは今の時点では計り知れない。友達になれなくても好きになってしまえば、どの性格でも許せてしまうかもしれないが。
見た目が美少女なのは本物だし。
ただ一つ、A級のおっぱいさんだけをのぞけば。
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