第31話 月灯りの覚醒

遠征中、俺は人が変わったかのようだった。何を言われても心が揺るがなかった。まるで、長い悪夢から目覚めたようだった。


何故だか柔道の調子も良かった。普段なら相手に投げられてばかりだが、相手の動きが読め投げる事もできていた。余計な事を考えなくなったからだろうか、思考が研ぎ澄まされている感覚だった。


津田「調子良さげだな。」

「なんか、頭がスッキリしてる。」

津田「ふーん。」


関水が苦々しくこちら睨んでいた。遠征中は事あるごとにトイレに呼び出され殴られた。痛みはあったが、不思議と恐怖心、不安感は無くなっていた。


東京遠征から帰り皆で打ち上げが始まった。相変わらず関水は俺を睨みつけている。


横田「なんかわかんないけど、田中調子良さげだったな」

田中「まあね。」

そんな何気ない会話が続き、楽しい時間が続いた。


横田「お会計で。あれ?関水先輩どこいった?」

一瞬嫌な予感がよぎった。

--良かった。竹田さんちゃんといる。

「津田、竹田さん見といて。」

津田「りょ。」


俺は店の外へと飛び出した。夜風が頬を撫でる。空を見上げると月灯りが俺の背中を押していた。俺は当たりを見渡した。


向かいのバーの裏手の露出水道管が破裂し、水が噴き出していた。その横には泥酔している関水が立っていた。

--あいつまたやらかしたな。


「それどうしたんですか?」

関水「この水道管お前がやったんだ。いいな」

--あいつイラついて、配管壊しやがったのか。


「よくないです」

関水「お前本当に死にたいのか?」

あの角材が一瞬頭によぎり身震いした。

--ここで負けたら俺は変われない。


「ここで殺したらすぐにバレますよ」

関水「あーイライラする。」

関水「お前何か勘違いしてないか?」

水道管から噴き出る水はまるで大雨のようだった。その水は関水に吹き付けていた。


「それ関水先輩がやったんですか?」

関水「俺じゃねーって言ってんだろ。お前がやったんだ。」

「そうですか。僕やってないんで、関水さんやってないなら無視して帰りましょう」


関水はフラつきながら近づいてきた。そして、ポケットから棒付きキャンディを取り出すと、俺の口に突っ込んだ。

--何がしたいんだ?

次の瞬間、奴の右足が俺の頬を捉えた。キャンディは俺の口内で砕け散り、頬の内側に破片が突き刺さる。口の中で甘い味と鉄の味が混ざり合っていた。

--痛っ。居酒屋で貰ったキャンディを瞬時に凶器に変えるなんて、あいつの悪知恵の凄さを舐めていた。


地面に横たわり、見た水たまりはバーのネオンを反射し、幻想的な雰囲気を醸し出していた。


キャー!

女性の悲鳴が響く。俺が蹴られるところを見ていたのだろう。女性が恐怖からか走り去っていく姿が見えた。


ガランガラン

バーの扉が開き、悲鳴を聞きつけた店主が飛び出てきた。


関水はバーの店主を見るやいなや、口を開いた。

関水「すみません。このバカが酔っ払って配管にぶつかってしまったみたいで」

関水「弁償させます」

--負けない。ここで負けたら変わらない。


体についた泥を払いながら、立ち上がった。

「僕知らないです」

関水「酔っ払ってるので、無視してください」

店主「本人が反省してないみたいですし、警察呼びましょうか」

関水は落ち着きなく動いている。その動きからは焦りが感じとれた。


「呼んでください。僕やってないので」

店主の目を真っ直ぐ見つめていった。

店主「じゃあ誰がやったんだ?」

「僕が来た時には既に配管は壊れてました」

店主「...警察呼ぶしかないか」


ッビシャン

関水が水たまりに額をつける。

関水「警察だけは勘弁してください!」

--こいつ自分がやっている事わかってんのかな。こんなの自分がやったって言ってるようなものだ。


関水「俺がこいつの分、弁償します!」

店主「弁償してくれればどちらがやったかは、どうでもいいけどさ...」

店主の顔は引き攣っていた。


--水たまりの上で土下座してる。そんなに警察に怯えてるのか


理由はわからないが、警察が相当嫌みたいだった。本当に俺がやったのなら、警察きても良い筈なのに。

--絶対に引き下がらない。そう決めたんだ。


「警察呼んでください。僕じゃありません。」

心臓が高鳴り、高揚感に包まれていた。関水が泥水に塗れてる姿を見て、もう自分を抑える事はできなかった。

--攻めないとヤラれる


店主「本当に呼ぶよ」

バシャン!

関水「申し訳ありませんでした!私がぶつかって壊してしまいました!弁償させてください!」

また泥水に額をすりつけていた。


--...勝った...

関水の惨めな姿を見て多幸感を感じていた。関水はシャワーを浴びたかのように全身びしょ濡れで、顔中泥まみれ、そして土下座までしている。

--哀れだな。


店主「何で、最初から認めないの?この子のせいにして。」

店主「ごめんね。君は帰っていいよ。」


俺は惨めな関水を置いて、その場を後にした。


空を見上げる。

月灯りが微笑みかけているように見えた。

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