第3話 重なる体
ぼふっ、とベッドに倒れる音がした。
ギィギィとベッドのきしむ音がした。
私たちはベッドに倒れ込んでいた。
舞うような甘い匂いがゲームをしていた時よりも鮮明に感じられて、背中に感じる温もりは先ほどよりも鮮烈な柔らかさと一緒になって思考が止まる。
目がどこを見るとも定まらなくて、それでも、心臓の音だけが、私の意識を支配していた。
やってしまったやってしまったやってしまったやってしまった。
頭なんて振ったらこうなることはわかっていたはずなのに。
何度も瞬きを繰り返してから、私はゆっくりと横道さんの顔を見上げた。彼女の口角は少し上がっていて、目尻にはしわが寄っている。なんというか、穏やかに微笑み返してきていた。
その表情に心音が加速する。
整った顔は、初めて見た時から見ているだけで目が奪われるようだった。
同性なのにそんなこと関係なく、綺麗なものには心が癒される。
今はそんな大層なものに私が傷をつけてしまったんじゃないかという不安と興奮が入り混じった感情で心臓が太鼓のように全身を震わせていた。
密着したその距離でただ、バレていないように、と私は祈った。
けれど、その祈りはきっと届かなかったんだと思う。
横道さんの手は私のお腹に触れた。パジャマ越しに何かを探すように指はお腹の上を這って動く。
びくっと体が震えそうになるのを必死に耐えて、でも、心臓が破れるんじゃないかってくらい早くなる。
なぞるような動きに漏れそうな声を堪えていると、私の手に指が触れた。
そっと、手を包み込むとお腹を支えにするように握ってくる。
「ほらほら、周回遅れになってるよ」
もう、横道さんは私を見ていなかった。
ただ、先にあるゴールだけ見据えて、画面のマシンを操作している。
ほんの少しだけ気まずいような、満たされないガッカリしている自分に恥ずかしくなり、同時、何も無かったことに安心もしている。
体のこわばりは解放されて、止まっていた時が再び流れ出したように呼吸もできた。
それでも、胸は痛いほど激しく脈を打っていて、今の姿勢を嫌でも意識してしまう。
横になって、私の手に覆い被せるようにして操作する横道さん。その顔はやっぱりアホみたいに口を開けていて、人の家なのに無防備だ。それでも、どんなものにでも集中できる人間性はいつも不安で目の前を見られない私にはまぶしく感じられた。
絶対、いつも以上に近かった。もしかしたら、耳まで真っ赤にしているのが見られてしまったかもしれない。それに、平然とできたとも思えない。
「いやあああああ!」
だけど、レースを1位で終えたのを見てから、私はコントローラーを離して腕の輪を抜けるようにベッドを降りた。
きっと、先ほどの密着で舞い上がっているのは自分だけ。そもそも、人に触れられて動揺してるなんて、そんなの私じゃない。私は1人でいられるはずなんだから。
気持ちとは裏腹に体の熱は逃げていかない。横道さんを離れると、自分が横道さんと同じ匂いがしている気がして、顔はまたしても熱くなる。
「ふぅおぅ!」
突如頭に異物が乗り、息とも声ともつかないものを口から出しながら私は飛び退いた。
「いっつ……くぅ……」
ドカっという盛大な音に私は腰を押さえた。
「大丈夫!?」
「だ、だいじょぶ……」
慌てたせいで周りは見えず、部屋の中央にある机に腰をぶつけ一気に痛みが体の熱を吸収してくれた。
いつもは死にたくなるほど嫌いな痛みが、今だけは救いに思えた。
「ご、ごめんごめん。驚かせるつもりはなくって」
「気にしないで」
あざにはなっていないと思う。
ただちょっと、予想外の刺激が多すぎて心も体も追いついていないだけだ。
悶える私にそっとベッドから降りる横道さん。
彼女は私の押さえる手に重ねるように手をかぶせてきた。
温かさと手の柔らかさが同時に私の心を満たしていく。
「痛いの痛いの飛んでけーってね」
「もうそんなに子どもじゃないよ」
「わたしたちはまだまだ子どもだよ」
なんだか真理を教えられたきたして反論の言葉は出てこなかった。
「わたしたちはまだ自分で生活することもできないしね」
「そう、だね……」
1人で生きていけるのだと勘違いしていたことを指摘された気がして言葉が出なかったのかもしれない、と思った。
痛みの引いた腰から手をどかすと、横道さんは私の手を取ってきた。
「ま、そんなことよりさ。1位になれたじゃん」
ほとんど自分で操作していただけに自分ごとのように得意げだ。それこそ今だけは幼さの増した顔で、ドヤってくる。
あまり成果を誇示しない横道さんが家に始めて来た日からどこかで見せてくれる顔。
私の最も好きな顔。
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