第5話 白銀の向かう先

 ジュメイアの心はほとんど決まっていた。私に手を差し伸べてくれたこの人のために、何か報いるようなことをしたい。そんな思いが強く心の中に芽生えていた。

 しかし、何をすればいいのかずっと迷っていた。いや、何がしたいのかは決まっていたが、それをするだけの勇気がなかった。

 ──この剣でイリアさんを守ること。

 だが、私には自信がない。いざそのときになったとして、はたして本当にイリアさんを守り抜くことができるのか。家を追放された私に、そんなことができるのか、不安だった。

 でもそんなとき、楽しそうなイリアさんを見て思った。この剣はきっと、誰かを守るためにあるんだ。そしてその誰かとは、手を差し伸べてくれたイリアさんなのだと。

 「私はあなたを守りたい。私を助けてくれた恩は、必ずどこかで果たします」

 ジュメイアのその言葉に迷いはなかった。腰に差している剣が少し重くなったように感じられる。今までの鍛錬は、この人を守るときにこそ発揮される。そうジュメイアは信じた。剣を振り続けてきた日々が無駄ではなかったと思えるように。

 二人の視線が交差する。そこに言葉はなくとも、通じ合うものがあるのをお互い感じた。

 イリアはほっと息を吐いて、静かに頷いた。


──────


 まだ明けの明星が空に輝いている頃、二人は出発の支度をしていた。おばあさんもすでに起きており、保温缶に詰めたクリーム煮とパンを持っていくようにと渡してくれた。

 「ジュメイア様、どうかご無事で。そしてまた、このアリエフロートに戻ってきてくださいませ」

 おばあさんは深々と頭を下げた。ジュメイアは別れを告げる前に一つ、心に引っかかっていることを尋ねることにした。

 「おばあさんはどうして、叔父の命令を無視したのですか?バレでもしたら何があるのかわかりませんのに」

 おばあさんは頭を下げたまま言う。

 「ジュメイア様のお父様には大変助けられました。その方の娘様を助けるのは、恩義を受けた者として当然のことでございます」

 「父が……」

 「えぇ。先の大戦の折、息子を亡くした私にいろいろとご援助していただきました。自分の部下でもなかったでしょうに、ことあるごとにお声がけを頂きまして。この度も何かの縁と思いましたから」

 おばあさんはにこやかに言う。けれどもジュメイアは後ろめたさを感じていた。昨日貸してくれたあの部屋に、おばあさんが使うには少し大きめな机と椅子があったからだ。きっとあの部屋は、亡くなった息子さんが使っていたのだろうと思うと、後ろ髪を引かれる思いがした。

 「さ、間もなく夜が明けます。気づかれぬうちに出発なさってください」

 おばあさんはジュメイアの背中を押した。二人はおばあさんに感謝を告げ、赤く染まりゆく空に向かって歩み始める。

 「クリーム煮美味しかったです!」

 そう叫ぶイリアの声が、夜明けの空にこだました。

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