第4話 クリーム煮
二人はアリエフロートの街外れを彷徨っていた。すでに叔父の命令は街全体に行き渡っているらしく、宿はもちろんのこと、泊めてくれそうな民家を訪ねて歩いたがことごとく断られてしまった。
すでに月が空高く昇っている。肌を撫でる風がいっそう冷たくなり、ジュメイアは思わず身震いした。
「早いとこ泊まるところ見つけなくちゃなぁ。流石に今夜野宿は勘弁だぜ」
イリアの声もかなり震えている。もしこのままどこにも泊めさせてもらえなかったら、間違いなく一晩のうちに凍え死ぬだろう。だが、夜も徐々に更けていき明かりのついている家も少なくなってきた。次第に焦りが募り、歩くペースが早くなる。
その時、ジュメイアは道の向こうに明かりのついている家を見つけた。
「あ、あの家まだ明かりがついてる」
「どこだ?」
「この道の向こう」
ジュメイアがそういうとイリアは走っていった。明かりのついているその家を見つけるとイリアは迷わず扉を開け、中へと乗り込んでいった。
ジュメイアは外で待っていた。半ば強盗まがいのことをイリアがしてしまっているのが心配だった。いくら寒いとはいえ、有無を言わさず乗り込んでいってしまうなんて。
だが、そんな心配は杞憂だったようだ。イリアは満面の笑みを浮かべながら出てきた。
「ここのおばちゃんはいい人だ。泊めてくれるだけでなく、なんとモリーユのクリーム煮まで出してくれるらしい」
子供みたいにはしゃぐイリアを横目に、おばあさんも杖をつきながら出てきた。
「ジュメイア様、よくぞいらっしゃられました。ですが、泊めると言ってもせいぜい一晩が限界です。なにせこの街は狭いですから」
おばあさんは心の底から申し訳なさそうに言うので、ジュメイアはなんだか後ろめたいような気持ちがした。
「一晩だけでも泊めてくださるだけありがたいです」
「今夜はいっそう冷え込んでおります。ささ、早く中へ」
おばあさんに急かされ、二人は家の中へと足を踏み入れた。壁一つ隔てるだけで寒さがかなり和らぐ。
「ちょうどクリーム煮が煮え立ったところでございます。イリアさんのお荷物は手前の部屋に、ジュメイア様のお荷物は奥の部屋に置きなさってください」
おばあさんの言う通りに二人はそれぞれの部屋に荷物を置き、居間へと向かった。テーブルの上には湯気が昇っている美味しそうなクリーム煮が置いてある。キャロットのオレンジやブロッコリーの緑の色合いが美しい。
「どうぞおかけください」
おばあさんは手際良くクリーム煮を盛り分け、二人の前に置いた。
そっと横目でイリアを見ると、彼の目はキラキラと輝いていた。手にはすでにスプーンが握られている。
ほんとに子供みたいだ。そうジュメイアは静かに笑みを浮かべながら思った。
「それではどうぞ、お召し上がりください」
おばあさんがそう言うと待ってましたと言わんばかりにイリアはクリーム煮にがっついた。わんぱくなその食いっぷりにおばあさんも目を見開いたが、次の瞬間には大きな笑い声をあげていた。
「なかなかにいい食いっぷりだ。今日はたまたま多めに作っておいたから、後でおかわりするといいよ」
「ありがとうございます!いやぁ、この街のクリーム煮はいつになっても絶品絶品」
イリアは口をもごもごとさせながら言う。ジュメイアもクリーム煮に口をつけた。
するとまず、キノコの芳醇な香りが口いっぱいに広がった。それから濃厚なクリームの味、ごろごろとたくさんの具材たちとがお互いを引き立て合い、口の中で味のハーモニーを奏でる。長時間寒い中を歩き回ったと言うのもあるだろうが、この温かさが身に沁みた。下手したら涙が溢れていたかもしれない。
それからは穏やかな夕食の時間を過ごした。イリアはクリーム煮の話ばかりするし、おばあさんもそれに合わせるのに大変そうだったが、満更でもなさそうなのが微笑ましい。
ジュメイアは胸の中にじんと熱くなるものがあるのを感じた。思えば、こうして誰かと一緒に和気あいあいとご飯を食べることなんてなかった。いつもは静かにおばあちゃんと食事を済ませていたし、終わった後は修行か看病かでゆっくりと食べている暇がなかった。
誰かと一緒に食べるご飯がこんなにも暖かく、楽しいものなのだとジュメイアは初めて知った。
夕食をご馳走になった後、おばあさんは手早く片付けを済ませて床に就いた。
「ジュメイア、少し」
おばあさんが自分の部屋に消えていったのを見送ると、イリアが小声で手招きした。
「これからについて話したい。ジュメイアはこれから先、どうしたい?」
その目は薄暗い部屋の中で鋭く光っていた。さっきまでクリーム煮に浮かれていたのが嘘だったかのように、イリアの声には力強さがある。
ジュメイアもまた話す決意を固めた。そしておもむろに、口を開いた。
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