人間模型

佐々木劇

自転車

「ちっくしょー、こんなはずじゃなかったのに!」

月明かり以外にこれといった街灯もない夜道を

一人の青年が駆けていた。

荒い息遣いで右へ左へ走り回るその様は端から見ればかなり異質だろう。


「こんなことになるなんて……くそっ!!」

青年は舌打ちした。

万全の準備をしてきたはずなのに。

店員にナイフを突き付け、金を出せと脅しコンビニから走り去る。

ただ、それだけのこと。

頭の中で何十回もシミュレーションした。

だからこそ、やり遂げられる自信があったのだ。なのに…

まさかもう一人店員がいるなんて。


それからはあまり覚えていない。

ただ、今走っている自分の右手には血のついた

ナイフが握られている。

「どこか、遠くに逃げないと…!」

コンビニからかなり離れたその場所で青年は

都合の良いものを見つけた。

「自転車…」

さらに鍵も刺さっている。

こんな状況で理性的な判断が出来るはずもなく、青年は自転車に乗った。

「絶対に捕まらねぇぞ」

自分の意志を確かめるように声に出して言った。


やがて青年の乗る自転車は彼自身も知らない街を走っていた。

「よし、ここら辺でこのチャリは捨てるか」

足を地面に着ける。ズガガガガ。

自転車は止まらない。

「あ?」

ブレーキを強く握る。それでも自転車は止まらない。

「おいおいどうなってんだよこれ!」

青年は恐怖した。足をペダルから離したのに

自転車は止まらない。

「うあぁぁぁぁ!!」

身体ごと倒れようにもお尻が上がらない。


自転車はさらに加速していく。

夜間の風を全身に浴びて、青年は涙ぐんでいた。

「誰か!助けてくれー!!」

その叫びは虚しく深い闇に吸い混まれていった。


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