第42話 倒錯的な学習法(導入)
九月上旬の放課後、文芸部室の重く澱んだ空気の中、俺たち三人は、机を囲んで広げられた参考書と向き合っていた。この廃部寸前の静かな部室は、古紙とカビの匂いが混じり合い、外界の喧騒から完全に隔離されている。その完全な閉鎖性が、俺の心に、この背徳的な日常の継続への、冷たい安堵をもたらしていた。
文香は、俺の正面に座り、規則正しい姿勢でノートに向かっている。いつもの黒縁眼鏡の奥の瞳は、静かで、感情を読み取りにくい。彼女の目的は明確だ。受験勉強という名の仮面を被り、俺の肉体を介した救済を得ること、そして、菜月との競争において、自らの地位を確固たるものにすること。彼女が握るシャーペンの先端が、時折、微かに震えるのは、彼女の心に巣食う彰太への罪悪感と、俺への抗いがたい渇望との、激しい葛藤の証だろう。
その隣で、菜月は、頭を教科書に突っ伏したまま、大きなため息をついた。快活で能動的な彼女にとって、黙々と参考書に向き合うこの時間は、夏休み中の激しい衝動とスリルに慣れてしまった今、耐えがたい苦痛なのだろう。彼女の身体は、俺の肉体を求め、新たな刺激を渇望している。
「はあ、もう無理。頭に入んないって、こんなの」
菜月は、そう言って、勢いよく顔を上げた。彼女の瞳は、退屈と、この停滞した空気を破壊したいという衝動で、きらきらと輝いている。その視線は、真っ直ぐに俺を射抜いていた。彼女のその衝動的な行動こそが、この秘密の関係の導火線であり、火種なのだ。
「集中しなさい、菜月さん。私たちは、この秘密の関係を続けるためにも、同じ大学に合格する必要があるのよ」
文香が、静かに、しかし、有無を言わせぬ力強さをもって菜月を諌めた。その言葉は、俺たち三人の間の、暗黙のルールを、改めて菜月に突きつけている。文香の言葉は、正論でありながら、菜月の独占欲を刺激する言葉でもあった。
「うるさいな、文香。あんたは元々頭がいいからいいけど、うちとは出来が違うんだよ。それに、こんなちんたらやってても、頭に入んないって、佑樹もそう思うだろ」
俺に振られた言葉は、この後の菜月の奇行の始まりを告げる、静かな合図だった。俺は、その問いかけに、曖昧に頷くことしかできない。俺の心は、彼女の能動的な欲望に、既に抗うことを諦めていた。
「よし、決めた」
菜月は、そう言うと、長机の上の参考書を、乱暴に隅へと押しやった。その動作は、彼女の退屈と、この状況への不満の爆発を意味している。彼女の口元に、悪戯っぽい笑みが浮かんだ。その笑みには、俺のすべてを支配しようという、女王のような傲慢さが混じり合っている。
「あんたの脳ミソは、文字だけじゃ覚えられないんだよ。五感すべてで覚えるの。だから、これから私が、あんたに、倒錯的な記憶術を教えてあげる」
菜月は、そう宣言すると、長机の端に置かれた、分厚い漢文の教科書を、わざとらしく手に取った。そして、その教科書を、俺の机の上、そして俺の股間の前に、立てるように置いた。それは、彼女と俺の行為を、文香の視線から、わずかに隠すための、拙く、そして背徳的な遮蔽物だった。
「漢文の勉強よ。あんた、漢文苦手でしょ。私が、一文読むたびに、あんたは、それを、身体で記憶するの」
菜月の言葉は、あまりにも露骨で、あまりにも倒錯的だった。彼女は、勉強と性欲という、最もかけ離れた二つの要素を、強引に結びつけることで、この行為を正当化しようとしている。その奇行の動機は、文香への牽制、そして、俺の心身を、自分だけの、排他的な快感で満たすという、強い独占欲の表れだった。
文香は、菜月のその宣言を聞き、シャーペンを握る指先を、わずかに硬直させた。しかし、彼女は、顔を上げることはしない。ただ、その黒縁眼鏡の奥の瞳を、静かに、そして鋭く、菜月が立てた教科書の向こう側、俺の股間の方向へと、向けている。彼女の呼吸が、微かに、荒くなっているのを、俺は感じ取った。
「さあ、佑樹。邪魔が入る前に、始めようよ。今日の漢文は、『将進酒』だ」
菜月は、そう言うと、俺の足元に、その小柄な身体を、するりと滑り込ませた。机の下の暗闇へと、彼女のポニーテールが消えていく。その時、彼女の身体から放たれる、柑橘系の甘い香りが、俺の鼻腔をくすぐった。俺の肉体は、彼女のその大胆すぎる行動と、文香の静かな視線という、二重の刺激によって、一瞬にして、熱く、そして硬く怒張した。
机の下から聞こえてくる、彼女の衣擦れの音。そして、その音が止んだ瞬間、俺のジーンズの上から、彼女の冷たい指先が、欲望の核心を、優しく、しかし、決定的に、掴み込んだ。彼女の指先は、慣れた手つきで俺のジーンズのボタンとファスナーを静かに引き下げ、下着の中に滑り込んできた。
「んっ」
俺の口から、声にならない喘ぎが漏れる。この背徳的な状況が、俺の興奮を、限界まで高めていた。俺は、この菜月の奇行を、呆れと共に、倒錯的な興奮をもって受け入れた。俺の心は、既に彼女の心身の支配下に置かれているのだ。この奇行が、俺の罪悪感を麻痺させ、そして、俺の性的コンプレックスを、最も歪んだ形で満たしてくれる。その事実が、俺の心に、抗い難いほどの、甘美な全能感を与えていた。
文香は、俺たちのその行為のすべてを、机の上に立てられた教科書の向こう側から、静かに、そして、熱心に、観察している。彼女の呼吸は、規則正しいまま。しかし、その瞳の奥で、激しく揺らめく光は、この行為がもたらす代理の快感と、菜月への嫉妬という名の、静かな嵐を物語っていた。
机の下の暗闇から、菜月の、ハッキリとした声が響き始めた。
「君、見ずや、高堂の明鏡、悲しむ白髪の、朝には青絲にして、暮には雪と成るを」
菜月が、漢文の詩を朗読する。その声は、真面目な学習者のそれでありながら、その言葉が持つ厳粛な響きが、机の下で繰り広げられている背徳的な行為の、コントラストを際立たせる。俺の身体は、彼女の朗読の区切りに合わせて、快感の波に身を委ねていた。
「どう、佑樹。覚えた? 詩の響きと、この感触が、一緒に、あんたの脳に刻み込まれていくんだよ」
菜月の声は、吐息のように甘く、そして、征服者のような優越感に満ちていた。この倒錯的な学習法は、こうして、学校という公的な場の裏側で、静かに、そして、背徳的に、始まったのだ。
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幼馴染の境界線~若さ故の過ちと、親友への秘密~ 舞夢宜人 @MyTime1969
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