『転生先は赤字惑星の貧乏貴族。でも幸運(LUCK)で古代AIと許嫁をゲットしたので、軍事オタクの知識で最強領地経営はじめます』
とびぃ
第1話 1-1 辺境星系の葬儀~転生と絶望の相続~
銀河帝国の版図は広大だ。
星々の光が川のように渦巻く銀河(ミルキーウェイ)の中心部(セントラル)から遠く離れれば離れるほど、帝国の威光は薄れ、文明の輝きもまた、インクを水に垂らしたように拡散し、やがては闇に溶けていく。
ここ、シュテルン星系は、そんな帝国の威光が届くギリギリの境界線に位置する、いわゆる「辺境」と呼ばれる宙域にあった。
シュテルン星系を統治するシュテルン男爵家の嫡子、アレス・フォン・シュテルンは今、彼の短い人生において最も厳粛な瞬間に立ち会っていた。
十歳にして、彼は父を失った。
惑星シュテルンの中央都市、その片隅にある古びた領主館。その中でも最も格式が高いとされる「鏡の間」で、葬儀は執り行われていた。
「鏡の間」とは名ばかりで、壁にかけられた鏡はあちこちが曇り、ホコリをかぶっている。天井の照明(これもまた、原理不明の古代技術(ロスト・テクノロジー)の産物だ)はいくつかのブロックが点滅を繰り返しており、厳粛であるべき場の雰囲気をむしろ薄気味悪いものにしていた。
参列者は、少ない。
領主館に仕える年老いた執事と数人のメイド。そして、惑星政府の役人(これもまた、覇気のない老人ばかり)が数名。あとは、この星系の「有力者」とされる、くたびれたスーツを着た中年の男たちが、退屈そうな顔で壁際に並んでいるだけだ。
アレスは、最前列で小さな黒い礼服に身を包み、必死に背筋を伸ばしていた。
目の前には、簡素な祭壇。
その中央には、父ヘルムートの姿が立体映像(ホログラム)で映し出されている。数万年前の文明絶頂期には、まるで生きているかのように滑らかに動き、故人の思い出を語り続けたという「追憶システム」も、今やブラックボックス化した技術の残滓(ざんし)だ。
映し出された父の姿は、時折ノイズが走り、まるで古い映像記録(アーカイブ)のように途切れ途切れだった。
それでも、痩せこけてはいるが、優しかった父の笑顔がそこにはあった。
(父上……)
十歳の少年にとって、唯一の肉親であった父の死は、あまりにも重い。
病死だった。辺境の惑星では、満足な医療設備すら維持できない。帝国の中心部(セントラル)ならば簡単に治る病であっても、ここでは死に至る。
それが現実だった。
アレスは唇を噛みしめ、こみ上げてくる涙を必死にこらえた。
自分が泣けば、父が、そしてシュテルン男爵家が、さらに惨めになるような気がしたからだ。
自分は今日から、この星系を治める男爵なのだ。弱音は吐けない。
十歳の肩には、あまりにも重すぎる決意だった。
神官(これもまた、失われた技術を神格化した「古代技術教会」の末端神官だ)の抑揚のない言葉が続く。
アレスは、ぼんやりと霞む父のホログラムを見つめ続けていた。
その、痛々しいほど小さな背中を、すぐ隣の席から見つめる視線があった。
アレスより少しだけ年上だろうか。十一歳か、十二歳か。
同じく黒いドレスに身を包んだ少女は、その場の雰囲気には不釣り合いなほど整った顔立ちをしていた。絹のようなプラチナブロンドの髪は手入れが行き届いており、肌も辺境の人間とは思えないほど白い。
彼女の名前はシエラ。
隣の星系を治める、シュテルン家よりはいくらか「マシ」な貴族の令嬢であり……そして、アレスの「許嫁(いいなずけ)」だった。
(……これが、私の結婚相手)
シエラは、内心で深いため息をついた。
親同士が勝手に決めた政略結婚。辺境貴族同士が、その弱々しい繋がりを何とか維持するために交わした、古い約束。
彼女は、父の名代として、この簡素すぎる葬儀に「儀礼的に」参列しているに過ぎない。
昨日、この惑星シュテルンに到着して以来、彼女の気分はずっと沈んだままだった。
宇宙港(スペースポート)は老朽化し、管制システムは今にも止まりそうだ。街には活気がなく、人々はみな俯いて歩いている。
そして、領主の館であるこの屋敷の有様。
噂には聞いていたが、シュテルン星系は「終わっている」のだと。
(かわいそうに……)
彼女の視線の先で、アレスの肩が小さく震えている。
十歳で父を失い、そしておそらくは、莫大な負債と、このインフラ崩壊寸前の惑星を相続するのだ。
貴族として生まれながら、これほどの「罰ゲーム」があるだろうか。
シエラは、自分の境遇を棚に上げて、純粋な同情を禁じ得なかった。
同時に、こんな男爵家に嫁がねばならない自分の未来にも、暗澹(あんたん)たる思いを抱いていた。
葬儀は、まるで通夜のように静かに、そして迅速に終わった。
参列者たちが、アレスの前に進み出て、型通りの慰めの言葉をかけていく。アレスは、まるで精巧な人形のように、小さな頭を下げ続けた。
シエラも列に並び、アレスの前に立った。
「アレス様。この度は、ご愁傷様です……」
「……ありがとう、ございます。シエラ嬢。遠路はるばる、ご参列いただき、父も喜んでいると、思います」
途切れ途切れの、か細い声。
アレスは顔を上げない。シエラは、その黒い髪のつむじを、ただ見下ろすことしかできなかった。
参列者たちが一人、また一人と「鏡の間」を後にしていく。
彼らがこの場に留まっていたのは、単なる義理か、あるいは……。
その答えは、すぐに示された。
最後の参列者が退室し、広い間にアレスとシエラ、そして老執事の三人だけが残されたと思った、その瞬間だった。
ガシャン、と音を立てて、間の扉が乱暴に開かれた。
「——葬儀は終わりましたかな? シュテルン男爵閣下」
甲高い、人を小馬鹿にしたような声が響いた。
入ってきたのは、葬儀に参列していた「有力者」たちだった。いや、その雰囲気はもはや「有力者」のそれではない。
高価だが悪趣味なスーツに身を包んだ小太りの男。
帝国軍の制服を着崩し、冷たい目でこちらを値踏みするような長身の男。
そして、人間ではない、爬虫類系の異星人(リザードマン)の男。
彼らは、先ほどまでの神妙な態度は微塵も見せず、まるで獲物を前にしたハイエナのような、獰猛(どうもう)で卑しい笑みを浮かべていた。
「ほほう。こちらが噂の許嫁、シエラお嬢様ですかな? これはこれは、ご丁寧に」
小太りの男——星間商人ギルドの代理人であると、アレスは記憶していた——が、シエラを見て品定めするような視線を送る。
シエラは、本能的な嫌悪感に小さく身を震わせ、アレスの後ろに一歩下がった。
「な、何の御用でしょうか。まだ、父の……」
アレスが声を絞り出す。
「御用? 御用も何も。我々は、債権者ですぞ」
金融ギルドの代理人である長身の男が、データ端末(これもまた、旧文明の遺産だ)を取り出し、無慈悲に宣告した。
「先代ヘルムート男爵の死去に伴い、我々債権者団は、シュテルン星系における一切の資産の精査、ならびに、相続人であるアレス・フォン・シュテルン様に対し、債務の履行を求める権利が発生いたしました」
「さあ、男爵閣下。場所を移して、ゆっくりとお話を伺いましょうか」
「お父上が残された、『莫大な借金』について、ね」
小太りの男が、ゲラゲラと下品な笑い声を上げた。
老執事が青ざめた顔でアレスの前に立ちはだかろうとしたが、リザードマンの男に無作法に突き飛ばされる。
「ご、ご無礼な……!」
「引っ込んでろ、ジジイ。ここからは、大人の話だ」
アレスは、なすすべもなく立ち尽くす。
父の死の悲しみに浸る時間すら、彼らには許されなかった。
辺境の貧乏貴族の嫡子——その「現実」が、ハイエナたちの牙となって、十歳の少年に襲いかかろうとしていた。
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