神視点エピローグ

― 怠惰を授けし者 ―


静寂が広がっていた。

光も、音も、祈りもない。

ただ、真っ白な蒸気のような世界がゆらめいている。


その中心に、一人の神がいた。


創造の神――

かつて、転生者たちに数多の力を授けてきた存在。

最強の剣士、賢者、魔王、英雄。

そのどれもが戦い、争い、そして消えていった。


「結局、彼らは力を求め、力に飲まれた……」


神は疲れていた。

創造も破壊も、やり尽くした。

そんなとき――

一人の魂がやってきた。



『最強とかチートとか面倒くせぇ。俺は飯作って寝るだけでいい。』


その言葉を聞いた瞬間、

神は思わず笑ってしまった。


「……ようやく現れたか。

 力を求めぬ者。

 生を、ただ“味わおう”とする魂が」



神は彼に「炊飯の力」を与えた。

最初は冗談だった。

けれど、彼は本当に“世界を炊いた”。

争いを鎮め、神すらも寝返らせ、

最後には宇宙そのものを――“ふっくらと仕上げた”。


神は、炊き上がった宇宙を見つめながら呟いた。


「……まさか本当に炊き上がるとはな」


蒸気が立ちのぼり、

星々が、まるで飯粒のように白く輝く。

その温もりの中に、確かに“命の香り”があった。



神は静かに笑った。


「怠惰こそ、創造の最終形……か。

 彼は何もせず、すべてを満たした」


思えば、

神が求めていたのは秩序でも善でもなく、

“静けさ”だったのかもしれない。


だからこそ――

トオルという魂は、神の答えだった。



神は両手を合わせた。

祈るように、炊くように。


「お前が去ってから、世界は優しくなった。

 皆が、ただ“生きる”ことを覚えた。

 争う代わりに、飯を炊き、

 憎む代わりに、湯気を見上げて笑う。

 ――それでいい。

 それこそが、わたしが創りたかった世界だ」



神は微笑んだ。

その頬に、一粒の米が付いていた。


「あの男のやることは、いつも抜かりがない」


指でそれを取ると、光が弾けた。

炊き上がった世界の中心に、

神の声が静かに響く。


「よくやったよ、一色トオル。

 お前の怠惰は、わたしの救いだった」



そして神は、椅子に腰を下ろした。

長い年月を経て、

ようやく“休む”という行為を覚えた創造主は、

そっと目を閉じた。


「……飯、炊けたら起こしてくれ」


宇宙は静かに保温され、

永遠の昼寝が始まった。



終!

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