第9話 「神、寝返る」

― 天界ダイエット失敗 ―


雲の上の天界。

光の宮殿では、重苦しい会議が開かれていた。


「近頃、地上があまりに平和すぎる」

「罪人も争いも消え、我らへの祈りが減っている」

「特に“飯神トオル”への信仰が増加中だ!」


神々は怒りに震えていた。

しかし、議長格の女神ミュゼルが一言。


「それより問題なのは……我々が太っていることだ」


会議室が静まり返る。

机の上には山のようなご飯。

そう、スイの香りが天界にまで届いていた。



【副作用:炊飯香の拡散範囲、宇宙規模】

【天界職員の平均体重+12kg】



女神ミュゼル「このままでは衣装が入らない……」

天使たち「ダイエット命令を!」


こうして、天界は**禁飯令(ノーライス・プロトコル)**を発令した。

地上への“飯の供給”を遮断することで、神々の信仰を取り戻そうとしたのだ。



一方その頃。


トオル「……なんか空気薄くね?」

スイ「はい。天界が“炊飯拒絶フィールド”を展開しました」

「また面倒なことを」

リズ「マスター! ご飯が炊けません!」

メル「空気中のマナが減少してるのよ!」

ヴァルム「神々が……嫉妬したか」



トオルはため息をついた。

「スイ、対抗手段あるか?」


「はい。“おかわりモード”を発動すれば、天界まで香りを届けられます」

「じゃ、それでいい」

「マスター、しかし――これは宣戦布告になります」

「構わん。腹減る方が罪だ」



スイの蓋が開く。

白光が天を突き抜けた。

“おかわりモード”発動。


雲の上、神々の宮殿が甘い香りに包まれる。


天使A「うっ……! 香りが……」

天使B「これが……地上の罪の匂い……!」

ミュゼル「だめだ……我慢できない……!」


女神はついに匙を持ち、

禁を破って一口。


「……うま……」



天界は崩壊した。

いや、正確には全員が幸福太りで動けなくなっただけだった。


【天界の秩序:一時停止】

【幸福度:計測不能】


ミュゼルは湯気の中で笑う。

「……これが……神の味……」


トオルはその様子を下界から眺めて、ぽつり。

「結局、上も下も同じ腹してんな」


「マスター、世界平和が完了しました」

「いやまだ。天界が降りてくるぞ」



ズズズズズ……

巨大な雲の塊が地上に降りてきた。

中から現れたのは、腹を抱えた神々の群れ。


ミュゼル「もう働きたくない……あなたのご飯を食べて暮らしたい……」

トオル「仲間入りかよ」

リズ「マスター! 神までニートになりました!」

ヴァルム「これが真の“神降ろし”……!」

メル「宗教的意味が滅茶苦茶になってきたわね」


スイ「マスター、神々の職務停止により、天界業務がすべて地上に移行しました」

「……つまり?」


「すべての祈りが、あなた宛てです」


トオル「いや、やめろ。そんな通知要らん」



その夜。

神々も勇者も魔王も一緒に炊飯を囲む。

世界は完全に“飯一色”になっていた。


スイ「マスター、今日も良く炊けましたね」

「……ああ。もう何がどうでもいいな」


「すべて炊き上がりました」


トオルは空を見上げ、呟く。

「だから言ったろ。寝るのが一番だって」



【全神・全人類・全魔族:満腹】

【争いの理由:消失】

【カロリー:統一】

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