第4話 「魔王、初めての白飯に泣く」

― 支配よりも、炊きたて ―


魔王ヴァルム=グラウディアは不機嫌だった。

世界征服は順調。各国の王は膝をつき、神殿は封鎖。

だが、ひとつだけ予想外のことが起きていた。


――炊きたての匂いが止まらない。


部下いわく、南方の草原に“神の飯を炊く男”がいるという。

しかも、炊いた米の香りだけで兵が寝落ちする始末。


「世界を支配する前に、その炊飯器を黙らせねばならんな……」


ヴァルムは単身、草原へと向かった。



その頃、トオルは昼寝の準備をしていた。


「マスター、そろそろ炊飯完了です」

「よし、盛っといて。寝る」


「はい。白飯の香りは、敵味方問わず効果的です」


リズがすっと手を伸ばす。

「わたしが盛ります!」

「お前、また触ったら爆発すんぞ」

「せめて……箸だけでも……」


「警告:許可されていない器具操作」

「ひぃぃっ!?」



そのとき、黒いマントを翻して現れた男がいた。

禍々しい魔力。金の瞳。

世界最強の男――魔王、降臨。


「お前が……神炊きの使い手か?」

トオルはしゃもじを握ったまま寝ぼけていた。

「んだよ、飯中だぞ」


「この香り……胃の底に直接くる」


魔王が一歩、二歩、近づいてくる。

リズが剣を抜くが、トオルは止めた。

「剣なんか使うな。……スイ、魔王に一杯、出してやれ」


スイが静かに返す。


「……マスターの命令であれば。対象:魔王。特例炊飯を開始」



そして――。


炊きたての白飯が、魔王の前に差し出された。

湯気がふわりと立ち昇り、太陽に溶ける。


魔王は、静かに箸を取った。

一口。

噛む。


……その瞬間。


ザザァ……っと世界の空気が変わった。

空が澄み、鳥が鳴く。

敵も味方も関係なく、全てが“満たされた”。


魔王の目に、涙が浮かぶ。


「……この味は……支配ではなく、調和だ……」


その場に膝をつき、両手で茶碗を抱え込む。


「かつて……母が炊いてくれた白飯の味に……似ている……」


リズ「いや、白飯ですよ!?」



トオルは、ふっとため息をつく。


「飯はな、うまけりゃ世界が平和になる」

「……スイ、次は味噌汁だ」


「承知しました。対象:魔王。出汁は、昆布と鰹でよろしいですか?」

「うん。丁寧にな」



魔王は涙をぬぐい、震える声で呟いた。


「……この飯は……戦争すらも止める。

 ならば、私は今日より“味方”になる。

 そしてこの飯を、全宇宙に広めるのだ……」


リズ「え、布教始めるんですか!?」


トオル「……うるせぇ、冷めるだろ」

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