第6話:青年、神懸りとなりて駆ける事。
「チッ……!」
「なぁ、おい、三浦さんよ! だから俺は言ったじゃねぇか! この儀式は失敗するってよぉ!」
激しい揺れに襲われる部屋の中、
「黙りなさい。これは何も失敗ではありません」
そしてメガネは、理性の線が切れてしまったかのようにけたたましく笑う。
俺はそれを、天井付近へ浮かびながら見ているところだった。なんかこれ、見た覚えがあるなと他人事のように考えると、人が死んで魂が抜け出た時にこんな風に
確か俺は、今の
死ぬ前ならまぁそんな不思議なこともあるかと、俺は妙に
「早く
「無駄ですよ。例え私がここで死のうと、一度呼んだ神は帰ることをしない」
「だから返すための儀式をやれって言ってんだよ! このままじゃここにいる全員死ぬぞ!」
珍しく本気でキレている
「何してやがる! いま
「それでいいんですよ、
そして取り巻きの十人のうち五人が、不安定ながらも立ち上がり
「させるか、バカヤロ!!」
重たい暗雲のように立ち籠めていた神の気配は、今やこの場所だけでは飽き足らずに、もっと広い場所を求めて拡散し続けている。その気配の容量が収まりきらなくなったかのように、部屋のコンクリはひび割れ、地面は立つのも困難なほどに震えている。
モブの十人はじりじりと俺の死体に群がり、それを拒むために
やがて
「させねぇって言ってんだろォ!」
「くっ……
執念深くしがみつくモブどもは、
「クソッ……!」
地震でベッドが
何が起こったのか分からず、俺は恐る恐る目を開いてみる。すると俺は、さっきまでより遥かに狭い場所へ閉じ込められていた。
どこか見覚えがあるその場所は、俺が目を覚ますと同時にガタガタと揺れ始めた。部屋自体は基礎が固定されていないのか、さっきまでの部屋よりぐらんぐらんと前後に動いている。そして俺はそこがどこなのか、ハッと気付いた。
ここはガキの頃に閉じ込められた、観覧車のゴンドラと同じ造りをしていた。狭くてちょっと古めかしい、ピンク色のゴンドラだった。窓からは外が赤く明るく見え、当時観覧車の中から見た夕暮れを思い出した。
臨死体験にしては、お粗末な思い出だなと思った。死に際ならもっと追体験するのに楽しい場面があっただろうに、なんでこんなに心細く、助かるか不安で仕方なかった記憶なんて思い出すんだろう。あの時は救急隊員が外から助けてくれたけど、今の俺に手を差し伸べてくれる人はいない。俺はもう死んだっていうのに、今さら助かりたいとでも言うんだろうか。
そのついでのように、子供の頃にここへ閉じ込められた記憶までもが
思えば俺は神のせいで、自分のしたいことも出来ず、行きたい場所へ行くことも恐れるようになっていた。何をしても神からの邪魔が入り、他の奴らからも変に思われ、自宅だけが俺の安息地だった。それを思うと、何だか急にムカッ腹が立ってきた。メガネにも、その取り巻きにも、俺を天空から
俺がこんなところで縮こまってなきゃいけないのは、俺の責任じゃあない。なのに俺は勝手に来たくもなかった場所へ連れて来られ、したくもない痛い思いをさせられ、挙げ句にその命まで奪われようとしている。それは、誰のせいだ?
行動を起こさなければと急激に思い立った俺は、居ても立ってもいられなくなって、ゴンドラの扉を開けて外に出ていた。意外にもゴンドラは空中に吊られていたのではなく、地面へ直に置いてあるようだった。足はすぐ地に触れ、そこで俺は思いもしなかったものを見た。
それは、太陽だった。昼間に肉眼で見えるような、遠い宇宙に輝く白い天体ではない。それは
何故かは分からないけれど、俺にはそれが、マガヒコノオオカミとやらに関係するものなんじゃないかと思えた。燃える
こんなとんでもないものを呼び出して、メガネは何をするつもりだったんだろう。こんなもの、人一人の手にとても負えるものじゃないし、こんなところに
「なぁ、マガヒコノオオカミさん! アンタも大変だよな、あんな変なヤツに呼び出されて、コキ使われそうになってさぁ!」
そうだ。きっとこいつだって、こんなところに来たくなかったはずなんだ。だからガキの頃の俺みたいに駄々をこねて、八つ当たりして、あいつらに罰を下そうとしている。
「なぁ、聞いてくれよ! 俺怒ってんだ、あのメガネにも、他の神様にも、俺にしんどいこと背負わせた奴ら全部に怒ってんだよ!」
俺は臆する気持ちも消えて無くなり、天の火球に向かって語りかけ続けた。
「アンタもアイツらに怒ってるんだろ? だったら俺といっしょに、アイツらに一発喰らわせてやってくんねぇかなぁ! 頼む!」
その言動に反応したのか、火球が一瞬またたき、炎を揺らめかせたように見えた。そして、火球は大きくその形を変化させ、一直線の
熱くはない。むしろ、何か得体のしれない異様な力が俺の中に膨れ上がっていくような、初めての感覚がする。そして脳内に、俺のものでない誰かの思考が弾けて響いた。
『
声とも念ともつかないそれによって、俺の目の前は急に開けた。心臓の鼓動が、耳に
そういえば、魂になって天井からここを見下ろしていた時も、少し時が
俺は何を思うこともなく、無造作に手を払った。バキンッという
「何ッ……!?」
メガネが驚愕の表情を浮かべて、俺を見ていた。同時にベッドが音を鳴らし、
「揺れが、収まった……」
「な、何故……
メガネがワナワナと震え、唇を青くしていた。同時に
「
俺の血潮は、そのどちらもどうでも良くなるほどに
「
「へ、へぇ」
声を掛けると、
「俺は、今どうなってる? どうすればいい!」
すると
「どうぞ、兄さんの好きなようにしなせぇ。今の兄さんなら、何やってもやれねぇなんて不都合はねぇっすよ」
そうか。何でも出来るのか。だったらマガヒコノオオカミとの約束通り、コイツらに一発喰らわせてやらないと。じろりとメガネを
「何をしている、
その言葉に周囲で俺を見上げていたモブが正気を取り戻し、俺に向かって武器を差し向けた。感覚が麻痺しているのか、それとも元からこんなだったか、俺を害そうと向けられる刺股もナイフも、そんなに恐れるものではないように見えた。
刺股の突進はやけにスローに見え、ナイフは切っ先に反射する自分の顔までも見えた。手刀を振り下ろすと、刺股は直角に曲がってすぐに用を成さなくなった。ナイフを軽く受け流すと、モブはたたらを踏んで転倒しそうになる。それを効率的に仕留めるには、どうすべきか。俺の知る、最も洗練された戦いの動きは何だった?
思考は0.1秒も掛からず動きとなって
がくりと倒れるモブの後ろから、刺股とナイフを持った二人が左右に分かれて襲い来る。俺は後ろに倒れるようにそれを
「あっしの技を、一回見ただけで……荒神の力ありきたぁいえ、バケモンじみてるじゃねぇすか」
「おい」
「ヒッ……!」
モブの苦闘を尻目にコソコソ逃げようとしていたメガネを、俺は見逃さなかった。
「人にこれだけのことしておいて、自分は隠れて逃亡か? 俺がはいそーですかって見逃がしてやると思うなよ」
その背後では
「あんたが降ろした神サンだ。自分で始末つけなせえよ」
「フ……ハ、ハハハ!! 逃亡……逃亡だと? たかが
それはどう
「逃げないならさっさと来いよ。こっちは誰かさんにつけられた腹の火傷が、まだ
その言葉に嘘はない。事実、マガヒコノオオカミの力を借りても火傷は癒えておらず、今はアドレナリンだか何だかの脳内麻薬の作用で鎮痛されているに過ぎない。それが尽きてしまえば、立っていることも出来ない激痛がまたぶり返すに違いない。
けど、体はまだ動いてくれる。だったらそれまでに、このメガネに一発くれてやることくらいは出来るだろう。
「馬鹿め……たとえ荒神の力を手に入れたとて、お前に何が出来る!!」
メガネは腹を
それは、奴の内面のように粗末で真っ黒な拳銃だった。黒光りする銃身で俺に狙いを定め、一瞬の
俺は全身に
それとほぼ同時に、
「神事に不粋なもん持ち込んでんじゃねぇっすよ」
「クッ……!」
万策尽きたメガネは、
「モブには手加減してやったけど、お前のツラなら全力で殴ってもいいよな?」
その言葉に、メガネの顔から血の気が失せたのがはっきりと分かった。
「や、止めろ! 荒神の全力を持ってすれば、ただの人なんて跡形もないぞ! お前は人殺しになりたいのか!?」
「うるせぇ! 俺を殺そうとしたテメェが言うな!」
拳を握ると、メキメキと骨の鳴る音がして、手の甲に血管が浮かび上がる。今なら本当に、どこを殴ってもこいつの命は亡きものになるだろう。
「歯ぁ食いしばれ!!」
「ヒィィッ……!!」
メガネは今にも消え入りそうなほどに青ざめ、歯の根をカタカタ鳴らして震えている。その顔面の横に広がるコンクリを、俺は振り被った拳で思い切りぶん殴ってやった。途端に地面は
「漏らすほどビビるなら最初からやんな、バーカ!」
手首を振って拳を見たが、無茶な使い方をした割に傷んだ様子はない。弾丸すら弾いたのだから、当たり前と言えば当たり前だろうか。それと同時に、一仕事終えた安心感からか俺は急激な疲れに襲われた。立っていることもままならず、俺は気絶したメガネの横に膝をついた。
「大丈夫ですかい?」
「わり、しょうじょ……あと、まかせ……た……」
絶え間ない全身疲労に負けた俺は、こてりと頭を地につけて深い眠りについた。
「……よく気絶する兄さんなこって」
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