第9話

「そうだよ、マグダラのマリア。どうして私のマリアを取って行ったんだい? 見つけ出すのにずいぶん苦労したんだよ……?」


 狂った笑顔は何も見ていなかった。


「神って、あんた……なの?」


 あたしは答えが分かり切っている質問を改めて投げかけた。


「うん、そう」


 幼児退行したような声で『神』は言う。


「ひどいよマリア、『あんた』だなんて。ああ……でも、早く帰ろうか。天国はきっと大騒ぎだなあ」


 支離滅裂な言葉に、あたしはこいつが狂人である事を確認する。


「ね? 帰ろっか」


 有無を言わせない気でいる神に、あたしは真っ直ぐ目を向けた。


「わりィけどさあ……」

「ん?」

「あたし、マリアじゃねーから。帰らねーよ。あたしの名前はルイーサ・シャルロッテなんだわ。だから――」


『あたしはあんたの人形じゃねーよ』


「♪……♪……」


 !?

 歌って……る?


「ねえ知ってる? 天界に伝わる童話なんだけれどさあ、地上に降りた天使が人間の女の子に恋をするの。でもその子は妖精に捕まってねえ、死ぬまで踊らされちゃうの。天使はその子を助けるために」


 ごそっと、神はポケットをあさった。


「弓で射て殺しちゃうの――」


 笑って、あたしに銃口を向けた。

 さすがにそんなものを見るのは初めてで、あたしは硬直する。

 だけどフロウの動きは早かった。


 空気の振動が耳に入る。

 あたしは自分の頬に触った。

 空気に触れてもう固まり始めている血。

 あたしの銀の髪まで濡らしている血……。


「フロウ?」


 あたしは目の前で大量の血にまみれている青年を見る。

 何発かの鉛玉が撃ち込まれたその身体が崩れるのを、

 あたしは呆然と見ていた。


 なんでかな?

 あたしの方が走馬灯を見ている。

 何故かそれはフロウに関したことばっかりで、

 ああ、そっか。

 あたしはいつでもフロウと一緒だったんだ――……。


「おいおい……死んだふりだったら怒るよー」


 あたしはその血だまりの中に座り込んだ。

 いつの間にかイースターの時と同じ幻術が掛かっているのか。誰も外に出ては来なかった。銃声に駆け寄ることは、なかった。


「ねーちょっと……ウケないギャグはよしなって……」


 熱の残った頬に触れた。

 フロウはあたしの代わりに銃の前に飛び出して、

 撃たれて死んじゃいました――。

 ……死んでんじゃねーよ。


「あたし、何のためにあんたを庇ったのよ……まだ聞いてないことあるんだぞー、起きろこらー」


 あたしは白い頬をふにふにと引っ張った。

 即死だったのかな……あたしまだあんたが『誰』を好きなのか聞いてないのに。

 あんたが今庇ったのが『あたし』なのか『聖母』なのか、わかんねーよ……。

 ホントに悲しい時って、

 涙なんて出ないもんなんだねえ……。


「アマネセル、フロウをお願いね」


 あたしはアマネセルを呼び出し死体の番を頼んだ。

 流石に敵の総大将を目の前に固唾を飲んでいるようだけれど、あたしが彼に向かって歩いて行くと……こう言って止めた。


『行くんだったらお前、サイテーだ』

「いかないわよ……」


 思い出したもん。

 あたしは点でこの狂った神に怯えながら暮らしていた。

 そして出会ったのよ、マリアに。

 あたしたち、確かに愛し合っていたよ。

 それすごく楽しかった、あたしすごく幸せだった。

 でもこの神に気付かれて、あたしたち逃げたのよ。

 一緒に、永遠にいようって。

 あたしも、そう思ってる。ルイーサも、そう思ってる。


「あたしの身体ってさあ……抑えきれない力を制御してたんだわ」


 あたしは口元に笑いを浮かべてそう言った。

 何で笑ってんのか分かんない。

 でも……

 笑いを浮かべる瞬間に、大粒の涙を零していた。

 笑うなんて出来やしない。あたしの半身、愛しいフロウ。

 あなたがいなきゃ笑えない。


「狂った神に持たせておけない力。聖母の力で抑えてた力。ルイーサじゃなきゃ抑えらんないよね。肥大化した力、無意識に抑え込んでたけど……止めるわ」

「何を……する気、マリア。まさかこの僕を裏切ろうと言うの?」

「先に裏切ったのはあんたじゃない」


 あたしは『門』と『神』の直線上に回った。


「一瞬で殺してあげるんだから感謝してよね」


 あたしはクロスを、神の腹向けて放った。


 だってさ、きっと。

 今を逃したらもっと残酷な方法でアンタを殺していただろうから。

 あたしのフロウを殺した男を――。

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