魔法監査官カインの期末報告

氷池奏人

プロローグ

魔導端末の結界スクリーンに、監査局標準様式の「第74期 監査官期末報告書」が淡く光っていた。

無味乾燥な文言と数字の列。それらを睨みつけるカインの目は、疲労とも諦めともつかない色を帯びていた。


カインは一つ、深いため息をつく。

隣の席では、ノエルが椅子に背中を預けたまま小さく寝息を立てていた。

解読しかけの魔導記録と空になったカップを抱いたまま、彼女は静かに夢の中だ。


カインの指が淡く光る操作球に触れると、魔導具が律儀に応答するようにキー音を鳴らした。

それでもノエルはまるで死んだように動かない。仕事部屋の片隅にだけ、機械音が乾いて響く。


「こいつのせいで今期は最悪だったな……」


ぼそりとつぶやき、軽く椅子の脚をつつくようにカインが足先で蹴ると、

ノエルの椅子はギシリと音を立てて揺れた。

驚いたノエルはバランスを崩し、派手な音と共に椅子ごと床へと転げ落ちる。


「ぬわっ!? な、何事ですか先輩!」


ノエルが目を丸くして床から見上げる。


「そちらこそ、先輩が働いているのに何をされているんですか、後輩。」


「いや、だって……補佐官にできることはないって、先輩が言うから……」


ノエルは何か言いかけて、唇を引き結んだ。

目を逸らし、申し訳なさそうに口をもごもごと動かすだけだった。


「それならよかったな。仕事だ。ダブルチェックに付き合え。」


「望むところですけど……もう少し優しくしてくださいよ……」


「はいはい。」


魔導液晶の前に並んで腰を下ろすと、カインとノエルは同時に画面を覗き込んだ。

魔法構文とタイムログが整然と並び、かすかな光がふたりの顔を照らしている。


「最初は10ヶ月前のだな、確かこれは――」


「“火炎の落とし子事件”ですね!覚えていますよ、確かあれは……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る