☔第3章 再会 ― 雨の中 ―

ヒトカラを終えた俺は、同じ駅近の店で軽く食事をとり、ホテルにチェックインして少し微睡んでいた。


「ミッキー、皓太、お前ら彼女おらんやろ。合コンするからお前らも来いや。」

そう誘う尊人に、

「お前も彼女いないじゃん、笑」

「なぜ俺らだけ彼女がいないような言い方なんだ、笑」

そう返す俺と皓太。


そんなことを言いながらも、親友の頼みである以上行かないわけにはいかないかと、

とりあえず出席した時に出会ったのが美奈だったな。


そこから尊人は美奈と付き合い始め、結婚したのが五年前。

……結構かかったな、笑。


なんでだっけ?

たしか美奈が自分のカフェをやりたくて、

オープンから軌道に乗るまではって感じだったか。


はっとして我に返り、外を見る。

雨は止んでいるようだ。


高大を待っても良いが、夜にはまた雨の予報。

「先に顔だけ見に行くか……」

俺は覚悟を決めて着替える。


「お前はいっつもだらしない格好してるな! たまにはビシッとせえや!」


あの日の言葉が、また蘇る。


思えばそれを言われてから、尊人の前でビシッとしていたのは──

卒業式、俺の結婚式、尊人の結婚式、

そして──お前とのお別れの時か。


俺は買ったばかりの傘を手に、尊人の待つ場所へと歩み始めた。


俺はスマホのナビを頼りに、逢瀬の場へと足を進めた。

雨を止めた空は暗く、いつでもまた降り出す準備ができている──

そんなふうに見えた。


その場が近づくにつれて、鼓動が早まる。

着きたくない。けれど、行かなければならない。

でも──やっぱり着きたくない。

そんな矛盾した感情を抱えながら、俺は歩き……そして着いてしまった。


「あっ、中山光希と申します。尊人──あっ、故人の友人で……」


通夜は明日だが、入口で身分を確認していると、奥から声が聞こえた。


「ミッキー!」

「美奈ちゃん!」


明らかに疲弊した美奈が、俺を迎えてくれた。


「ミッキー……ありがとう……」


「美奈……」


昔から知っているが、こんなに憔悴した姿を見るのは初めてだった。

いつだって尊人と同じように明るい笑顔を見せていた美奈。

今はまるで、この空のように曇っている。

……まあ、当たり前だ。そんなことは分かっている。


「とりあえず、会ってもいいかな? 尊人に……」

「うん……」


そう言うと、美奈はゆっくりと歩き出した。

その背中は、見るに耐えなかった。


「美奈……」

「なに?」

「お前、隅っこで泣いててくれていいんだぞ? その方が俺も泣けるし……」


冗談半分、本気半分。そんな気持ちだった。


「ミッキーは変わらないね……」


そう笑いながら、振り返る美奈。


「じゃあ遠慮なくそうさせてもらうから。尊人のところまでだけ案内するね……」


「ああ、頼むわ。あとは隅っこで泣いてくれていいから。悪いな。」


放っておいても泣くだろう俺は、

それが気恥ずかしさからなのか、美奈への気遣いなのか、

よく分からないまま言葉を口にした。

……こういうところが、ダメなんだろうな、俺は。



尊人との再会。


もう二度と話すことのない尊人。


綺麗な顔だ。


首元までしっかりと覆われた死装束。


ああ……そういうことなんだな。


ただ、涙が溢れた。

ただ、涙が零れた。

ただ、涙が流れた。


どんな感情なのか分からない。説明もできない。理解もできない。

ただ、俺は泣いていた。


ひとしきり泣き終えた俺は、美奈のもとへ向かった。


「ああ、泣いてくれたか。良かった。」


美奈はとても賢く、そして気丈だ。

太い実家があるとはいえ、尊人に頼らずカフェを運営してきた。

けれど──こんな時ぐらい泣いてくれ。泣いてやってくれ。

俺の親友とのお別れなんだ。

そう思った。


しばらくして、尊人の両親とも言葉を交わした。

二人とも、憔悴しきっていた。


原因も理由も分からない。

ただ、突然で──。


うん。みんな同じなんだ。

分からない。


ただ、事実と現実だけが目の前にあった。

それはとても理不尽で、理解不能で、受け入れ難くて……。


そして──ただ事実として、そこに、あった。


雨音がした。

これからは雨足が強くなるだけだと、天気予報でも見た。


俺は申し訳ない気持ちを抱えながら、一旦ホテルに戻ることにした。

明日もビシッとするためには、そうせざるを得なかった。


俯いたまま会場を出ようとした瞬間、誰かが声をかけた。


「光希。」


顔を上げた俺の前に、あいつがいた。


皓太。


止まっていた時間が動き出すように、雨は激しく降り始めていた。

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