第三十話……洞窟の守護獣を倒したんだが……
「フレウ!」
ドラゴンに向かって走りながらの俺のかけ声で、フレウが蛇の姿になると同時に、俺はジャンプし、彼女の口先とも鼻先とも言える位置に両足を揃える最高の態勢で押し出されることに成功した。
もちろん、そのことに喜ぶ暇もなく、俺は水魔法による防御壁の詠唱を即座に開始した。
対してドラゴンは、口を開け、ブレスの準備をしているように見えるが、これもフェイクだ。目の端から、右腕が飛んでくるのが見えた。
俺は空中で身体を捻ると、そこに剣を向け、剣先がドラゴンの腕に接すると同時に、そこを支点にして、さらに体を回転させる。勢いで体は何度も回転したままだが、目標は失っていない。
すると、ドラゴンが突然大きなうめき声を上げた。
メムが腹への攻撃に成功したようだ。ちらっと血しぶきが上がっているのが見て取れた。
次の瞬間、ドラゴンが焦ったのか、体表が光だし、全体ブレス攻撃の予兆を確認した。
俺は回転しながらも、魔法を発動、分厚い水の壁が俺とフレウの前に展開された。ここが巨大な空間であり、洞窟内の気温上昇も酸素不足も致命的になってはいないため、前方に弧を描くような壁だけで十分だ。また、蒸発した毒の気体を吸っても問題はないようで安心した。
メムの心臓にまで達する強力な爪の再攻撃により、ドラゴンはさらにダメージを受け、体を大きくくねらせながらも、全体ブレス攻撃を放ってきたが、計画通り無効化。
回転が弱まってきた俺の両足を、フレウの舌が機転を利かせて、さらに押し出してくれて、それと一緒に水の壁を破りつつ、ドラゴンの頭部に到達できた。
俺は集中力を高め、動き回るドラゴンの頭部が正面に来る瞬間を見計らうと、鼻の穴に剣を突き刺し、切り上げた。
その瞬間、やはり思った通り、尻尾の攻撃を目の端で捉えたので、またもそれを踏み台にさせてもらうと、回転したまま、先ほど切り裂いた傷口に剣を突き刺し、目から脳へ至る追撃を浴びせることに成功した。
頭部と胴体、二つの致命傷を受けて、ゆっくり倒れるドラゴンを、俺の落下スピードを和らげる足掛かりに、横に蹴り飛ばして着地。両足と左手で地面を後ろに滑るような形で無事に止まることができた。
「ふぅ……何とかなったか……。魔石への変化は……しそうだな」
「お疲れー。やっぱり、バクスすごいよ! 洞察力と作戦もそうだけど、どう見ても人間業じゃないよね。私、バクスとは本気でやっても勝てないって分かった。でも、全然それでいいや。パーティーリーダーは、そうでなくっちゃ!」
「うん、かっこよかった! バクス好き!」
一仕事終え、人間の姿で駆け寄ってきて、俺の両腕にしがみついてきた二人は、興奮冷めやらぬようだ。それでも念のため、俺はドラゴンから目を離さなかったが、すぐに完全に魔石化したようで、これで一段落だ。
「名付けるとしたら、『オールフェイクアタックヴェノムファイヤーブレスフロムサーフェスドラゴンディフェンスウォーター』かな。二度と出てくることはないかもしれないが」
「ねぇ、あの魔石、普通と違わない?」
「そうなの? そう言えば、私、見たことなかった。モンスターが死ぬところ」
「本当だ……少し光ってるな……。形も丸くない。しかもこのサイズ、かなり小さいぞ。まるで、あの宝石の中央に嵌めてくれと言わんばかりに……」
俺は魔石に近づいて、それを確認すると、黒い霧が出てきた宝石を指し示した。
改めて二人と一緒にその宝石に近づいて形状を確認すると、やはり中央に隙間があり、全体で見れば、三つの正八面体が組み合わさって、大きなひし形を形成しているようだ。
大きさは手のひら全体に乗るぐらいの大きさだが、存在感はそれ以上に思える。
「綺麗だね、これ。魔壁以上に綺麗かも……」
「うん……。ずっと見ていたい……」
「…………。とりあえず、嵌めてみるか……」
そして、俺は魔石を嵌めた。少し力が必要だったが、一度入れると、すっぽりと収まる形だ。
「…………。何も起きないね。何か起こりそうな予感はするんだけど」
「そもそも、どういうメッセージなのかな? 多分、そういうのがあるんだよね?」
「ふむ、まずは一連の現象を解読してみるか。全ては結果からの推察にすぎないが……。
あの三つの鉱石、どれも極めて採りづらい位置にあったが、あの採取可能量はフェイクだ。絶対に全てを採取できない。大きく採取しようとすると、それ自体かどこかが崩壊する仕組みだ。俺達のように、その採取方法に気付いた者が、ほんの一部しか採れないようになっていたんだ。
そして、黒い霧の現象だが、比較的採りやすかった赤色の鉱石が大きなヒントで、中にあった黒い霧が、次に採りやすかった青色の鉱石の吸収作用に反応することから、他にも反応する鉱石があるんじゃないかと思わせる。
それが、黒い霧から連想できる黒い鉱石だ。黒い霧が充満した結果の黒さというわけだ。俺は、同じ採取方法の鉱石として探したから見つけられたが、そもそもあの天井は気付かない。まさに、最難関だ。
その三つを同時に揃えられた者だけが、この宝石を所有する権利を得られるわけだが、黒い霧の正体を知らずに揃えると、あのドラゴンが守護獣として現れる。おそらく、ドラゴンが現れないように黒い霧を除去できる方法があったはずだ。
考えられるとしたら、毒が猛毒になることから、その逆、解毒のようなことができたかもしれない。一見、吸収作用の鉱石で毒を吸収できるような気もするが、それはできない。そこで他に思い付くのが、フレウが拠点としている湖だ。いつの間にか、毒の湖になったように、そこに浸しておけば、解毒できたんじゃないだろうか。
フレウは、ほとんど毒マスターみたいなものだから、徐々に解毒されても自身に影響はないが、限りある黒い霧なら完全に除去できる、みたいな。だとしたら、この洞窟Aを熟知していないと思い付かない方法だ。もしかすると、その除去度合いによって、ドラゴンの強さも変わるかもしれないな。
さらに今思ったことがある。同じく、フレウが毒を吹きかけたことによって、ドラゴンの強さが増したような気がする。まぁ、そこは結果オーライだから、気にすることはない。結局、単純な強さだけ見れば、メムには及ばないぐらいだったし。厄介は厄介だったがな。元の強さは、今のメムの半分ぐらいじゃないかと勝手に想像する。
ただ、フレウとの相性は確実に悪かったな。とは言え、作戦を練って、人間の姿でならタイマンでも勝てそうな気はした。
実は、初見でのドラゴンとの戦い方についても、三つの鉱石の色がヒントになっている。赤と黒は、ドラゴンの毒の混ざったブレスを表し、吸収できる青は水による防御を表す。水魔法を完全にコントロールできる魔法使いがいて、連携が取れれば、もっと楽に討伐できるだろうな。
まぁ、それはさておき……仮に解毒が成功して、ドラゴンが現れなかったら、この珍しい魔石は手に入らないじゃないかと思うかもしれないが、おそらく赤い鉱石の中の黒い霧が、その性質を補うんじゃないだろうか。ヒントの役割だけで終わりとは思えないからだ。
つまり、赤い鉱石の黒い霧は、黒い鉱石の霧とは別物で、じゃあ前者は今どこに行ったかと言うと、この魔石内にある。だから普通の魔石と違う。ドラゴンの魔石だからと言って、実はドラゴンとは関係がない。モンスターの魔石は全部同じだからな。
ということは、その魔石をこの宝石に嵌め込むことで、元の状態、つまりは解毒が成功した状態に戻ると想定される。ずっと嵌めなかったらどうなっていただろうな。もしかしたら、この宝石は崩れるのかもしれないな。そして、また三つの鉱石が生える。これが一連の現象であり、現状だ……と思われる」
『おおー』
メムとフレウが、俺の推察を聞いて感心していた。
「最後にもう一つ。フレウが言った『メッセージ』があるとしたら、それはズバリ、『冒険者よ、強く賢くあれ!』かな。ここで鉱石を得て、その真意を知るには、そのどちらも必要だから。俺としては、『仲間』もそこに入れて、『冒険者よ、仲間とともに強く賢くあれ!』と言いたいところだが、一人でも実現可能と言えば可能だからなぁ……。
どちらかと言えば、『賢さ』の方が重視されてる気がするかな。あのドラゴンの存在が、それを物語ってるから」
『おおー……おおっ⁉️』
再度、メムとフレウが、俺の推察を聞いて感心したと思った次の瞬間、宝石が中央の魔石とともに光りだし、その全てが融合、一つの正八面体の宝石となった。しかもご丁寧なことに、ネックレスとしてかけられる大きな輪っか付きになって、勝手に俺の首にかかった。流石に、呪いのネックレスじゃないよな?
「どういうこと? 時間が経ったからこうなったわけじゃなくて、バクスが全ての謎を解いたからこうなったのかな?」
「きっとそうだよ! まさに、『賢さ』が大切だったんだよ!」
「ははははっ、大分強引だったが、許してもらえたようだな。この勝手に首にかかる現象から察するに、まぁ、神様のご褒美だろう。二人のおかげだよ、ありがとう」
「ううん、何度も言うけど、バクスがすごかったからだよ!」
「うん……バクス好き!」
「ありがとう。これは単なる宝石とも考えづらい。やはり、特殊な力があるはずだ。あとで検証してみよう。もしかすると、他の地方の洞窟Aにも、別の仕掛けと別のご褒美があるのかもしれないな。
しかし、本来ならトリプルAになってから得られるものだろうが、過程を飛ばしてしまったな……。どうするべきか……」
「飛ばしてるかなぁ? 飛ばしてないよね?」
「うん。飛ばしてないと思う」
「……そうか?」
「うーん……。例えるとしたら、学校で飛び級すると、文字通り『課程』と『過程』は飛ばしたことになるかな。その間に経験できることは結構大事だと思うし。
今回は、同じ級の中で、最優秀賞をいきなり取れたようなものじゃない? その間の過程は実力を上げたり、少し工夫するだけだから、わざわざ省みることもないって言うか。
ただのAランクとトリプルAランクに、飛び級ほどの差はないと思うんだよね。バクスのトリプルAへの憧れが強いだけとか。違ったらごめんね」
「私は、そのランクについてはよく分からないけど、私がいきなり人間に変身できたのと同じことなんじゃないかな。もちろん、過程を飛ばしたとは思ってないよ。
それこそ、早いか遅いかだけで、場合にもよるけど、今回の場合、遅かった時の過程はそこまで重要じゃないと思う。意味がない苦労をしたかったのなら別だけど……。苦労が全部意味ないってことじゃないよ」
「憧れ……意味がない苦労か……。ふふふっ、ハッキリ言ってくれるじゃないか。確かにその通りだな。
この場合、何か取り返しが付かないことが起きるわけでもないだろう。慎重になりすぎるのも良くはないからな。それは強迫観念と言っていい。家の鍵をかけ忘れたんじゃないかと何度も不安になるようなものだ。
ありがとう、二人とも。おかげで、道を戻る必要がないのに戻るところだった」
それにしても、メムが学校のことまで知っているとは驚きだったな。その好奇心と人間への興味が反映されて、あの強さになっていると改めて納得できる。
フレウも戦闘センスが高かった。初めてであれだけ連携できるとは、正直思っていなかった。初対面の時の提案は、そのセンスと地頭の良さから来ていると言えるだろう。
俺は、この二人が一緒にいてくれることに心底嬉しくなった。
絶対に手放さない、損得だけじゃない、仲間だから。そう強く思い、魔壁を後にした。
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