第十四話……無能だった女が才能を発揮しているんだが……

 それからコミュと俺は、パーティーメンバー変更届を以前のように後回しにして、北の森に向かった。

 当時から人数が二人減っているので、最高でもコミュの冒険者ランクより二つ下の洞窟Eにしか行けないが、成長結果を見るには十分だろう。


 これまでは、コミュの『説得及び交渉』スキルをモンスターに使用する場合は、低レベルモンスターにしか通用しないものだった。ここで言う低レベルとは、ノウズ地方で言うところの洞窟Gだ。しかも、対象は一体のみ。例えるなら、虫一匹を説得して洞窟内に帰ってもらうレベルだった。

 洞窟Eでは、最弱の五番口でも普通に凶暴なモンスターが出てくるので、どのような効果が得られるのかは見ものだ。


「やっぱり、この時間の洞窟Eはパーティーが少ないね」

「まだ駆け出しの一組だけか。と言っても、アイツらは最短で昇格していた優秀なパーティーだったような気がする。次の昇格まで、この一番口で金を稼いでるだけだな。ほら、管理パーティーの位置に行くぞ」


「ねぇ、あの右側の男の子、調子悪そうじゃない?」

「え?」


 俺は、思ってもみなかったコミュの言葉を内心で疑ったが、目線の先をよく見てみると、確かに男の動きが若干鈍いし、対峙しているモンスターのレベルに比べて、異常に汗をかいているようだった。

 そもそも、『マリレイヴズ』流の倒し方を知っているパーティーにとって、こんなに時間のかかるモンスターではない。


「あれは……これよりも前に、『ヴェノムシャワーパイソンマジック』の毒を少量だが浴びたな。体質によっては少量でも効いてしまう場合があるらしい」

「力試しに魔法を使わないで倒してみよう、みたいなことをやってたのかな。それをやるなら、モンスターを選ばないといけないのにね。今だってそう。正攻法じゃ、無駄な時間を過ごすだけだよ」


 俺は、コミュの一瞬の観察力と冷静な口調に驚きを隠し切れなかったが、今はそれよりも優先すべきことがあった。人の命だ。


「アイツ、このままだと重症化して死ぬぞ。リーダーは何をしてるんだ? それとも、アイツがリーダーか? リーダーだから言い出しづらいのか? なら俺が……」

「私が止めるよ!」


「いやしかし、俺達から手を出すのはルール違反だから監視官に……」


 俺の言葉に耳も傾けず、コミュはすぐに討伐パーティーの元に走って向かった。


「何やってるの‼️ そこまでにしなさい‼️ 早く回復して! ほら、君も戻って!」


 俺はその光景に唖然とした。『君』とはモンスター……『ロングヘッジボアミッドレンジマジック』のことだ。ソイツが、コミュのあの短い言葉で、体を一瞬ビクつかせ、すごすごと洞窟内に戻っていったのだ。説得とか交渉とかいうレベルではない。単に驚かせたわけでもない。ほとんど、いや、完全に指示、命令だ。

 しかも、今はチラチラと洞窟内からモンスターが顔を覗かせて、猪のかわいらしさまで見せている。まるで、いつぞやのコミュのようだ。


 そして、その言葉はもちろん討伐パーティーにも有効だった。文句一つなく、構えていた剣を下ろし、すぐに回復魔法をかけ合っていた。

 俺が前に見た時のコミュのスキルは、長々とモンスターに話しかけて、俺達が理解できない無駄な話をしたり、本当に効果があるのか分からない論理展開だったりで、聞くに堪えないものだったのに……。


「監視官にも私から話しておくね」

「あ、ああ……」


 こちらに戻ってきたコミュは、すぐさま監視官のところに説明に行った。

 討伐パーティーに周囲から関与した場合、当日のモンスター討伐数がその影響度合いによって両者減らされるのだが、盗み聞きしてみると、どうやらコミュは『影響なし』『減少なし』で監視官と交渉して、成功したようだ。

 実際、一声のみでモンスターが洞窟内に戻っていったことなど、かつてないのだから、前例と照合はできず、判断もできない。当然の結果と言えるだろうが、それをあのコミュが行ったことが驚きだ。

 しかも、交渉とは言ったものの、監視官とは全くと言っていいほど交渉せず、コミュが『減少なしでいいよね?』と言って、それに対して監視官は『あ、はい』と言っただけだ。

 一体どんな魔法を使ったのか詳しく聞きたいところだが、次は俺達が討伐パーティーなので、その時間はない。


「それにしても、アイツはどうするんだ? まだこっちの様子を伺ってるぞ?」

「ふふふっ。これからが私の腕の見せ所だよ。こっちおいで!」


 コミュが手招きしながら、洞窟内の猪に声をかけると、なんだか嬉しそうにこちらに向かって走ってきた。マジかよ……。


「お願いがあるんだけど、洞窟の一番奥から、輝く鉱石のカケラを咥えて持ってきてくれないかな? 鳴き声とかで他のモンスターに頼んでもいいから」

「なっ……! おいおい……。それが簡単にできたら、紛うことなき人間国宝だぞ⁉️」


 コミュの突拍子もない『お願い』に、猪が鳴き声を上げつつ、両前足を挙げて反応した。


「持ってきてくれるって」

「お、俺は信じないぞ。その目で確認するまでは……! そもそも、アイツに何のメリットがあるんだよ。交渉になってないだろ」

「私に従うことが気持ち良い、それがメリットだよ。相手に対して、感情や論理や損得で訴えかけるんじゃなくて、それ以上の、お互いの波長を合わせるって言うのかな。モンスターにとって、そんなことをしてくれる人間なんていないからね。もちろん、モンスターにもいないんだけど」


 とんでもないことを淡々と話すコミュが、俺に奇妙な恐怖を抱かせた。凄まじいほどのスキルアップだ。おそらく、その言い方からモンスターレベルに関係なく命令できるはずだ。

 当然のことながら、『波長』とは何なのか分からないし、どうやってこの域に達したのかも分からない。後者なら、聞いてみれば分かるのだろうか。悪魔に魂を売っていなければいいのだが、そこまで聞くと俺の命が危ないような気もして、別の意味で恐怖だ。


「……。あのモンスターがチラチラ見ていたのは、また命令されたくてウズウズしていたってことなのか……。さっきみたいに、人間に対しても有効なんだよな? もちろん、俺にも……」

「人間にも有効だけど、そこはできるだけ自然にお願いしたいと思ってるかな。バクスには試そうとも思ってないよ。それこそ、ルール違反みたいな気がするし。

 って言うか、そもそもバクスには効かないような気がしてならないんだよね。もしかして、バクスのスキルに関係するのかな?」


 なんだか、コミュが別人みたいだ。本当に別人か、誰かに操られているかを疑わざるを得ないほどの、頼もしさを感じる。この短期間でここまで人は成長するものなのか?


「それは俺も分からないな……。一番気になっているのは、どうしてそこまで覚醒できたかだ。正直言って、俺の想定を遥かに超える異常なほどの成長性だ。本当に、『あの』コミュなのか? 場合によっては、剣を向けざるを得ないんだが……」

「手段だけじゃなくて、あれからの経緯について、しっかりと順を追って話した方が良いってことだよね」


「その通りだ。今の発言が本当のコミュから出てきたとしたら、抱き締めたくなるほど嬉しいんだが」

「じゃあ、あとでいっぱい抱き締めてもらうね!」


 コミュは目一杯の笑顔で、本当に嬉しそうに両手を横に広げて飛び跳ねた。

 それまでのギャップもあって、今までで一番かわいい表情と姿だと、不覚にも思ってしまった。

 『まだ油断できないぞ。これじゃあ、悪魔の思う壺じゃないか』と、俺は心に言い聞かせて、できるだけ平静を装うようにした。

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