第十三話……無能だった女が出戻りを希望してくるんだが……

「バクス、分かってると思うけど、パーティーメンバーに変更が生じたら、速やかに変更届を提出しないといけないんだからね」

「…………」


 ギルドの脇のテーブルに突っ伏した俺に、ママが事務的な話を振ってきた。

 ディーズがいなくなってから三日、俺は何もする気になれなかった。冒険者であるにもかかわらず、モンスター討伐にも行っていない。しかし、ギルドには来ている。ディーズがいつ顔を出してくれるかと思いながら……。


「ショックなのは分かるけど、手続きはしっかりしないとダメだよ」

「うるさいなぁ! 洞窟に行ってないんだから、変更届なんて出さなくていいだろ!」


「政府からパーティーメンバーの照会を受ける場合があるから、最新の状態にしていないとダメなのは知ってるだろ? そんなことにも気付かないほど落ちぶれたのかい?」

「だったら、照会申請と結果連絡の時差を極力なくさないと意味がないだろ! 馬車の行き来だけで何日かかると思ってるんだよ!」


「少しは冷静になれたかい? 『誰よりも前へ』のリーダーさん」

「…………。ママ、アンタはすごいよ。このギルドにいて本当に良かったと思う。でも、それなら……それなら、なんでディーズがいなくなることを見抜けなかったんだよ! 冒険者のことを……俺達のことを誰よりも考えてくれてるんじゃないのかよ!」


「重症だね。五秒、バクスにやるよ。まずは自分の発言を改めることだね」

「…………。分かってる……。責任転嫁だって言うんだろ? リーダーの俺がママに相談もせずに、自分で解決しようとしたことなのに、今更何を言ってるんだって……。悪かったよ、ごめん。でも、少しぐらいは甘えさせてくれよ……」


「バクスは私の誇りだよ。彼女がいなくなる直前に私に相談しなかったことも、自分で解決しようとしたことも全く悪くない。それに、いくらでも甘えていい。でも、時と場合による。

 無気力でダラダラしたり、怒りに任せて支離滅裂なことを言って周りを困らせたりするのは、『甘え』にならないんだよ。怒らずに同じ言葉で私に抱き付いてでもしてくれば、『甘え』の範疇だけどね」


 ママはそう言って、俺に笑顔でウインクした。


「それ、抱き付いてほしいだけなんじゃ……。はぁ……分かったよ。ありがとう、ママ。やっぱり最高のギルドマスターだよ」


 俺の言葉に、ママはまだ納得が行かない様子をわざとらしく見せた。


「聞き分けが良くて最高なんだけど、まだ訂正してほしいことがあるんだよねぇ。誰が見抜けなかったって?」

「っ……! まさか……。いや、でもだったら、それこそなんで……」


 俺があらゆる考えを巡らせて、ママの意図を読み解こうとしていると、ギルドの入口付近が突然騒がしくなった。

 この感じ……。ドタドタとうるさい足音を鳴らして、両手を広げながら近づいてくる感じは……。


「バクスゥゥ!」

「コミュ! お前、今までどこに……! いや、そんなことよりも、人前で……むぐっ」


 勢い良く俺に抱き付いてきたコミュが、その勢いのまま唇を突き出して、熱いキスをしてきた。コイツ、舌まで触手のように這わせやがって……。


「ん~、れろれろ~」

「…………」


 底知れぬバカには、余計な抵抗をしても無駄だと分かっているので、俺は無表情でコミュの為すがままにした。

 五分後、俺の口周りを唾液まみれにして満足したのか、コミュはようやく口を離した。


「バクス、会いたかったよぉぉ……」

「コミュ、いくら何でも他に言うことがあるだろ! どうするんだよ、俺のベトベトの顔!」


「じゃあ、舐めて綺麗にするね!」

「よし、殴っていいか?」


 俺の言葉を無視して、未だに抱き付きながら、ペロペロと俺の顔を舐めるコミュ。


「あ、そうだ。バクス、加入届ちょうだい!」

「……お前さぁ、この状況で渡してくれると思ってるのがおかしいよ」


「あ、ごめん! 離れたくないけど、離れるね!」

「いや、そういうことじゃなくてだな……」


「ごめん、どういうこと?」

「今更戻ってきても、もう遅いんだよ! 新生『誰よりも前へ』はすでに進み始めているんだからな! って言うか、まずその性格を直してから言ってこいよ!」


 俺は今まで温めていたセリフをついに言い放ったが、理解できているのかいないのか、コミュはキョトンとした顔で俺を見つめていた。


「『新生』って、他に誰かいるの? いないよね? いないからこの時間になっても、討伐に行かずにここにいるんだよね?」

「…………」


 コイツ、痛い所を突いてきたな……。地味に成長してるのか?


「ねぇ、バクスぅ。説明してよぉぉ」


 コミュは俺に頬擦りして説明をねだってきた。その要求自体は正当だが、なんか微妙にウザさが増しているような気がする。黙っていれば、かわいいものなんだがなぁ……。

 いやいや、いかんな……。コイツのテンションに引き摺られては。

 俺は神妙な面持ちで、コミュに説明を始めた。


「いた……。三日前までは、いたんだよ……。でも、理由も告げられずにいなくなった。決してお前達のような無能じゃなかったし、上手く行っているものだと思っていた。でも、いなくなった。俺にはその理由が分からないんだ……。いや……もしかすると、それに気付きたくなかっただけなのかもしれない……」

「バクス……辛かったんだね。大好きだったんだ、その子のこと」


 コミュは俺の頭をゆっくり撫でながら、俺の本心を引き出すような優しい声で語りかけてきた。


「そうだったのかな……。俺は手を離したくなかったのにな……。お前達の気持ちが少し分かったような気もする」

「……。ねぇ、バクス。その子のこと、忘れろとは言わないよ。でも、まずは気持ちを切り替えることが大事なんじゃないかな。いつものバクスに戻れば、きっと何とかなるよ! 私の大好きな、頼もしいリーダーなんだから!」


「……。ありがとう、コミュ。まぁ、ママのおかげで、いつもの俺にかなり戻りつつあったし、ドサクサに紛れて、お前がパーティーに戻ろうとしているのは、いただけないが……」

「流石、バクス! でも、なんでそこに気付いちゃうかなぁ……。冷静すぎるのも良くないよ?」


 前にママが言っていたようなことをコミュも口にしたが、俺は無視した。その言葉を理解していないわけではない。勢いに任せて、コミュの出戻りを許すこともできただろう。

 しかし、すぐにそれをしてしまうと、俺が思い描いていた道を二度と進めないような気がした。本当に大切な人達と『みんなで』歩いて行ける道を……。


 別の道を進んだ方が効率的なのかもしれない。でも、それは嫌だ。俺のこだわりがそれを否定したのだ。

 ここは、落ち着いて手順を踏んだ方が良い。俺の直感もそう告げていた。もし間違っていたら、その時は俺が無能だっただけだ。それに、取り返しが付かないことになる前にママが何とかしてくれる。そう開き直って。

 『誰よりも前へ』進むためには、一歩一歩着実に進むことも重要だ。だからこそ、ママは手続きについてしつこく言ってきたし、俺のパーティー名をわざわざ口にしてくれたのだ。


 俺は気を取り直して、コミュに面と向かった。


「お前がこの期に及んで出戻りを希望してきたってことは、何か算段があってのことだろ? とりあえず、それを見せてくれ」

「えへへ、どうしようかなぁ。恥ずかしいなぁ」


「じゃあ、いいや。どっかに行ってくれ」

「冗談だからぁ! いつもの冗談だからぁ!」


「また抱き付くな! お前は俺がいつも冗談を言っていたようなことを言っていたが、お前の方がいつも冗談を言ってたってことだよな?」

「はい! そうです! 私が悪ぅございやした!」


「全然反省してないだろ!」

「はい! そうです! 私は悪ぅございやせんでした!」


「この感じ、もう懐かしさを覚えるねぇ」

「パパって、出戻りのコミュに性格直せって言ったけど、それは日常の性格のことじゃないんだよね。そうだとしたら、こんな漫才に付き合ってないからね」

「そうそう、パパはあくまでモンスター討伐時の、仕事での考え方を直せって言ってるだけだからね。それに、捏造話とか評判なんて、実はどうでもいいんだよね。真実はいつか分かるって考えだから」


「……ん? 今、ママの他に、俺をパパと呼ぶ、やけに流暢なセリフを『二つ』聞いたんだが……」


 俺は、クウラを抱いて近づいてきたリセラとラウラの方を見て、キョロキョロしてから、確認するようにママを見た。


「パパ、酷いよ! 我が子の声が分からないなんて……。これも女を穴としか見ていない弊害なの⁉️ それともネグレクトに慣れちゃった⁉️」

「ク、クウラ……お前……いつの間にそんなに喋れるようになったんだよ! 生後七ヶ月だぞ⁉️ いやそれより、妙なことを言うんじゃない! 語彙が異常だろ! 親の教育はどうなってるんだ、教育は!」

「天才に教育なんて必要ないでしょ? それに、親はあなたでしょ、バクス」

「いや、天才にこそ必要だから! 思想と道徳教育が! そうじゃないと、誰かさんみたいに、俺に初めてを捧げるとか言っちゃうから!」

「あ、私をバカにしてる! どんな手段を使っても初めてを捧げるからね、パパ!」

「ほら、道徳と倫理を越えた性欲モンスターラウラが生まれちゃったじゃないか!」


「早く天才児が生まれてくるといいね、アクセラ」

「四ヶ月後かぁ。そしたら、もっと楽しくなるね、リセラ」

「なんで天才児が確定なんだよ! それに、天才が二人も増えたら、俺は一体どれほど責められるんだよ!」


「こうして、パパの日常は少しずつではあるが、戻ってきたのだった」

「クウラは何を締めてるんだよ! お前にはまだ早いだろ!」


 はぁ……って、まぁいいか。疲れはするけど、これが俺の大好きな『マリレイヴズ』なんだから。

 俺は目の端に冷たい何かを感じながら、笑顔で感慨に耽っていた。

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