第四話……新生パーティー(予定)での最初の討伐に向かったんだが……
俺達が向かった先は『洞窟Cの五番口』。その名の通り、『マリレイヴズ』のCランク冒険者が討伐できるレベルのモンスターが出てくる洞窟で、その中でさらに五段階に分けた内の最も弱いモンスターが出てくる出入口だ。
その出入口の付近には、『モンスター監視官』が必ずいて、討伐目的の冒険者が全くいない時にモンスターが出てきた場合は、監視官が対処することになっている。
と言っても、洞窟Cの各出入口にはどんな時でも誰かしら冒険者がいるので、監視官はお飾り程度だ。
これが洞窟Bや洞窟Aになると、最低五人から十人の監視官が配置され、常に緊張感を持って洞窟内の様子を伺っているそうだ。
もし、洞窟から高レベルモンスターが出てきたら、命を落とさない可能な範囲で足止めをしつつ、大至急、高ランク冒険者を召集することになっている。洞窟周囲の倒木は、その時に踏み倒されたものであることは想像に難くない。
一方で、高レベルモンスターは中々洞窟から出てこないので、討伐したければこちらから中に出向くしかないのも難易度が高い要素だ。その場合は、松明や蝋燭の持参に加え、炎魔法使いは必須。出入口近辺は明るく広くても、洞窟内は必ずしもそうではないので、ギルドから詳細なマップを渡されたとしても、暗く狭い場所での戦闘に長けた者でなければ、生きて帰ることはできない。
自分達のランクより上の洞窟にギルドの許可なく行くと、一発でパーティー登録と冒険者登録を抹消され、ノウズ地方を出入り禁止となる厳しい法律も存在する。
ちなみに、洞窟内でモンスターを狩り尽くしても、最奥の壁である『魔壁』をすり抜けてすぐに一定数が供給されるので、モンスターをこの世から消し去ることはできない。
魔壁は各地方に存在し、最も有名なのは、大陸中央にあり、勇者パーティーしか入れない『セントラル』の魔壁だ。そこは地上の塔部分と地下のダンジョン部分に分かれていて、当然のことながら、塔部分は上に進み、ダンジョン部分は下に潜って行くので、それぞれ『魔天井』『魔床』と呼ばれている。
魔壁は神様の創造物であり、どんな手段を用いても破壊することはできない。
しかし、魔壁の近くには、何種類もの貴重な鉱物が必ず存在し、全て採取しても、一定の時間を置けば必ず再生成される。これが国家とギルドと冒険者による経済サイクルの原点になっている。
洞窟は出入口とその奥では別れているが、魔壁近辺では全て繋がっているので、結局のところ、洞窟内の全てのモンスターに対処できなければ、鉱物の採取もままならない。
本当は、戦場で前線を上げるように、チェックポイントを洞窟内に配置したいのだが、出入口よろしく、中も複数の長い道が入り組んでいて、洞窟の裏や上から回ることもできないため、それらを順に潰して行かなければならず、採取ルートを一本確保するだけで膨大な人と金と時間が必要になる。要は、どの国も実現できていない。
当然、その方法論についても研究が進められているが、案の定と言ったところだ。天動説から地動説に替わったような転回的発想か、それ相応の技術革新が必要となることは、もはや周知の事実になっている。
ただ、ここだけの話、天才ラウラがすでにそのどちらも思い付いているらしいが、本人は『公表は、その時が来たら』とママみたいなことを言い、実際にママからも止められている。
したがって、現状では各洞窟の魔壁に辿り着ける者こそが、国家が最も価値のある存在と認める者とされ、まさに人間国宝となり、様々な恩恵が得られるため、それを目指すことが冒険者の第一目標となる。
しかし、注意しなければいけないのは、魔壁までの道のりの難易度は、洞窟のモンスターレベルに反比例するため、実は『洞窟G』が最も辿り着きにくい魔壁とされている。と言うか、どの地方でも世界の誰一人辿り着けていない。
簡単な例を挙げれば、洞窟Gの奥に行くと、あっという間に無数の虫系モンスターが全身を覆い尽くし、窒息死する前に皮膚から内臓までを食い尽くされて骨だけになり、その骨もすぐに溶かされて、別の虫に食べられるという地獄のような場所だ。
ということで、魔壁に挑戦するなら、洞窟Eから洞窟Bまでが現実的とされている。ボリュームゾーンは、洞窟Dと洞窟Cらしい。得られる鉱物と可能採取量、モンスターレベルとモンスター出現数、そして洞窟滞在日数が他の洞窟と比べて人間に優しい、とのことだ。神様の優しさだろうか。
そこで、モンスターから何か得られれば一番良いと誰もが思うのだが、残念ながらその期待は無に帰す。だから、魔壁を目指しているわけだ。
そもそもモンスターとは何なのかが、よく分かっていない。何のために生まれて、人間以外の何を食べて生きているのか、洞窟内で普段何をしているのか、洞窟から出てどこに向かおうとしているのか……。
まぁ、それは置いておくとして、モンスターを討伐すると、核の『魔石』だけが残ることは知られている。しかし、どのモンスターでも同じ魔石が得られるため、どのレベルのどの種類のモンスターを討伐したかが分からず、それだけでは証拠として使えない。しかも、見た目も割った中身もただの石なので、それ自体に価値もない。
したがって、討伐数のみが評価対象となり、それを監視官へ申告することで、事前にギルドに提出された冒険先申告書と後に照合して、やっと『魔壁探索奨励金』という名の報酬が得られる。当然、虚偽申告は重罪で死刑だ。
そして、二年間で一度もランクに見合った魔壁へ挑戦しなかったパーティーは強制的に解散させられ、同メンバーでは二度と組めなくなる。その抜け道で、名義貸しや不要な冒険者を入れておき、二年経つ直前にそこだけ入れ替えたり、あまり奥へ行かずに適当な隠れられる所でキャンプをして、モンスターをできるだけやり過ごし、頃合いを見計らって洞窟から出てきたりするような、姑息で卑怯なことをやると、パーティー全員死刑となる。
そうでないと、何のためにモンスターを日々討伐しているか分からないからだ。だからこそ、ママは手続きを重視し、その過程でパーティーや各メンバーの資質を計り、ランク付けや各承認を慎重に行っている。
最後に、分かっていないことはまだある。モンスター討伐が人類にとって本当に良いことなのか、だ。討伐したから次のモンスターが生まれるのではないかという説もある。その場合、一方に偏っていない現状から、モンスターレベルはランダムになっているだろう。となると、外れ値も生まれて、人間では到底太刀打ちできないモンスターが生まれ、世界が滅んでしまう、という危機を煽るような宗教団体はすでに生まれている。
そんな話もあって、セントラルでは捕獲魔法の研究や、生きたモンスターから魔石のみを抽出する魔法の開発も行われているらしいが、上手く行ってはいないとのことだ。
とりあえずは、モンスターが『元人間の成れの果て』ではないことを祈るばかりで、それらを踏まえて、『討伐で迷ったら自分も仲間も死ぬ』とだけ考えるように。
以上は、『マリレイヴズ』で冒険者登録をする際に全て説明されるので、俺達にとっては常識だ。
それだけ簡単に命を失うし、ギルドにも責任があるという証でもある。逆に言えば、ランクの認定は、その洞窟の全ての出入口で問題なくモンスターを討伐できるレベルに達していると認められたということでもある。もちろん、魔壁への挑戦は別だ。
「私が『マリレイヴズ』に来た時、感動したことがあるんです。最初の説明を聞いて、このギルドは、ママは、本当に冒険者のことを考えてくれているんだなぁと思いました。
他では、そもそも全く説明がないですから。そのぐらい知っておきなさい、考えなさい、自己責任でしょって。
でもママは、『最初に教えてくれれば、あんな無駄なことをしなくてよかったのに』という後悔がないようにしてくれてるんですよね。
しかも、モンスターが元人間である可能性を考えて、絶対に迷っちゃいけないなんて注意は、世界中のどのギルドでも、冒険者でもしてくれないですよ。
実際、戦闘中にそれをふと思い浮かべてしまったら、確かに立ち尽くしちゃいますからね。モンスターから『思い込まされる』場合もあるかもしれませんし」
「全てディーズの言う通りだ。元来、冒険者は自己責任だが、ママはそれが全てになってしまうと冒険者文化が発展しにくいと根底に考えている。
文化とは、過去のこれまでの財産を現代や未来に遺していくこと。だが、時にはそれを発展させ、進化させていくことも重要だ。ギルドの手続き一つ取ってもそうだ。ノウハウが蓄積され、どんどんと効率化されていく。しかし、大事にしなければいけないところはそのままにする。手続きと契約の重要性を俺に教えてくれたし、それでいて飛ばせる所は飛ばす、柔軟な思考も持ち合わせているんだ。
さらにママは、後世に何かを伝えなければ、現世で自分が存在した意味がないという考えでもある。同じように、洞窟内のマップ作成もその一つだ。
『せっかく私が先に入って、また後から入る人がいるのだから、作っておいた方が便利だろう』とママは考える。『私が苦労したのだから、お前も苦労しろ。それがお前のためだ』とは絶対に考えない。
そして、『私がそう思ったのだから、他の人もいつかそう思うだろう』とママは考える。だから、元人間の可能性を最初に教え、迷うのであれば討伐前に迷って、自分の考えを整理しておけと示唆する。大事な命を失う前に。
もちろん、人によってそれぞれ考え方は違うだろうし、違うからと言って、お互いに批判の対象にも、揚げ足取りになってもいけない。例えば、後世に何も伝えない人は無意味な人であるわけはない。でも、俺がママを尊敬する理由の一つだよ」
「バクスがママの話をしている時の表情、すごく優しい表情でした。口数もいつも以上に多くて。私がここに来る前に想像していたような、良い意味で、勇者を夢見る、情熱のある、純粋な子どものような……。その気持ち、分かります。だから、みんなの『ママ』なんですかね」
「そうだな、間違いない。でも、ママも俺のことは大好きなんだぞ。ここでトリプルAにならないと、セントラルに行っちゃいけないって言うんだから。完全に時間稼ぎだろ。
ここでトリプルAだったら、勇者パーティーしか入れないとは言え、それよりレベルの低いセントラルなら、どんなランクになるんだよって。他の地方では、国から簡単に勇者認定されるみたいだし。
まぁ、ママが間違ったことを言ったことなんてないから従うんだが……」
「驚きです……。ダブルAのママがその実情を知って言うのであれば、バクスはトリプルAになれる素質が十分にあるということですよね……。噂や評判などではなく……。
それはともかく……私もママに賛成です。『ママから言われたからではなく、大人なら自分で考えて行動しなさい』と言う人もいるかもしれませんが、この場合に限って言えば、そうしない方が良いと思います。
ママは、バクスが思い描く理想の勇者像と、現実の勇者が置かれている状況に明らかな差異があった時、そこでどんな苦悩や困難が襲いかかってきたとしても、自分で乗り越えられる思考力と強さを身に付けなさいと言っているような気がします」
「随分具体的だな……。何か思い当たる節があるみたいだ。そんなに現実の勇者は辛いのか? ここだと勇者の情報は全然入ってこないんだよ」
「……。ママから『今は勇者のことは考えずに、冒険者としてあるべき姿を目指しなさい』とか言われていませんか?」
「すごいな、その通りだ」
「それなら、私からは何も言わない方が良いでしょうね……。自分から話を振っておいてすみません……」
「…………。考えても仕方がない、か……。アイツらには何も考えていないと言いつつ、俺も人のことは言えないな……」
「…………」
「…………」
何となく重くなった空気を払拭したいが、ディーズだけでなく、ビーズもずっと黙っていて、俺には珍しく、どうすればいいか分からなかった。
しかし、幸いにも間もなく目的地に到着したため、本格的な仕事モードに切り替えることで、とりあえずの時間稼ぎにはなる。時間が過ぎれば、空気も元に戻るだろう。俺もママと同じだな。
「三組か。やっぱりこの時間だと少ないのか。俺が来た中では同率で一番少ない。まぁ、待ち時間も少なくなるから助かるんだが……。ちょっとここで待っていてくれ。順番の状況を聞いてくる」
「はい」
それぞれの洞窟では、その時間帯で一番早く来たパーティーのリーダーが、モンスター討伐のパーティー順を管理することになっていて、後から来たパーティーが状況を聞きやすいように、監視官の一番近くで『管理パーティー』として待機する。その一番早く来たパーティーが討伐中だったり帰ったりしたら、その次に早く来ていたパーティーが順番管理、という感じで交代、あるいは、ずれていく。
「『誰よりも前へ』だ。今、どんな感じだ?」
「おー、珍しいな。それとも、この時間帯は初めてか? 丁度良いから次入れよ。……。ん? 他の三人は最近来たヤツらじゃないか。もしかして、ついにパーティーメンバーを変更したのか? それとも、ただの同伴か?」
「どちらもよく気付いたな。変更する予定だ」
「そりゃあ、お前達のパーティーは、『マリレイヴズ』で一番の有名パーティーだし、その三人はCランクでも腕が立つって評判だったぜ。なんで、Bランクに早く昇格しないのかってな。おっと、喋ってたら早くもお前達の番だ。新生パーティー(予定)の門出をこの目で堪能させてもらうぜ」
「よし、それじゃあ行くぞ!」
「はい!」
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