『三葉』其之伍
結局、説得して帰還を促すのは難しく、人間に害意も持っていると御幸さんが判断し、私は三葉さんの身柄を封結院に引き渡しました。
栞葉さんを配置しているので乱暴はされないでしょうが、この手で連れ帰るという約束が果たせず、残念です。柊さんにも連絡してそうお伝えしました。
「いいえ、手を尽くしていただき、感謝いたします。私も三葉の気性が荒いことを知りながらお伝えもせず、申し訳ございません。撫子様の身にお怪我がないと聞いて安心しております。どうか、お気に病まないでください」
柊さんは優しいお言葉をかけてくださり、更には、三葉さんが働いていたお店への言い訳を引き受けてくださいました。自分が情けなくてじんわりと涙が溢れてきます。
封結院が三葉さんを連れて行った後、露天風呂の時間も終わっておりましたので、部屋風呂のシャワーで涙を誤魔化しました。一人で思う存分にさめざめと泣き腫らした後、ポテンとお布団に転がります。
結局、今回も何もできませんでした。三葉さんをお店の外に引きずり出したのはおトメさんの機転。捕らえたのは御幸さん。その御幸さんを呼んでくださったのは栞葉さんです。
私はまた空回りして終わっただけ。
天井を見上げ、長い長いため息を吐きます。
「なんか撫子ちゃん元気ない?」
「すわっ!」
てっきりおトメさんが寝ていると思っていた隣のお布団から、お月ちゃんがひょっこりと顔を出していました。
「何故ここに!?」
「一泊するなら撫子ちゃんと同じ部屋がいいだろうって、おトメさんが譲ってくれたの」
お月ちゃんの父上率いる奥磨組の皆さんは、宴会の後、各々の都合に合わせて帰宅する組と一泊する組に分かれる手筈になっています。お月ちゃんは一泊組のようでした。
私と同室になるよう仕組んだのは、おトメさんの気配りでしょう。一件の後に部屋に戻って、明らかに落ち込んだ顔を見せてしまいましたから。
「今日の宴会、なんかお仕事の関係で集めてくれたんだよね? 上手くいかなかったの?」
「おトメさんはそこまで話しましたか」
「ううん。経験則と女の勘。撫子ちゃんとの付き合いもぼちぼち長いですから」
お月ちゃんがにっこり悪戯気に笑います。打算も屈託もない純粋な笑顔がなんと心に染みることでしょう。
思わずお月ちゃんのお布団に潜り込み、ぎゅうと抱き締めてしまいました。お月ちゃんは驚いた様子も見せず、私の頭をナデナデしてくれます。
「私は今、自分の無力さに打ちひしがれています」
「よしよし、でもがんばったよね、えらいよ」
「結果が伴わなければ意味がありません。努力する姿勢を褒められるのは高校生までです」
「そうかなぁ? そんなことないと思うけど。大人になってこそ大事じゃないかな?」
お月ちゃんの言葉も身体も暖かく、柔らかく、私を包み込んでくれます。普段は愛され系妹キャラのくせに、こんな時だけ年上の包容力を発揮してくれちゃって、ちょっと複雑な気持ちが芽生えますが、今は甘えます。
「上手くできないんです。力が及ばないことばかりで、イヤになります」
「そういう時は周りを頼ったらいいんだよ」
「それでは何も成長しません」
「それ逆だよ。何でも一人で解決しようとするのは、失敗の始まりだよ?
周りに頼って助けてもらったり教えてもらったりするのが一番必要な技能だって、私のお父さんがよく言ってるの。職人さんにも同じこと言ってるんだって。技は見て盗めなんて時代はもう古いから、周りにどんどん教えを乞いに行けって。
宮大工なんてお爺ちゃんばっかりだからいつまで働けるか分からないし、技術継承の時間も限られてるのかもね」
「そうなんですか、意外ですね」
「最近の風潮です。んで、お姉さんの私に何かアドバイスもらいたいことはない?」
ナデナデされつつ問われ、お月ちゃんの胸の中で少し考えます。
「ここだけの話にして欲しいんですが」
「はいはい、何かね?」
「お月ちゃんって男性とお付き合いしたことあります?」
私が話を切り出すと、ナデナデがピタリと止まりました。お布団の中で肩を掴まれ、顔を覗き込まれます。お月ちゃんったら、大きなお目々をまん丸にして驚いていました。
「な、撫子ちゃんの口から恋バナが! そういうのご法度だと思ってたから今まで避けて来たのに!」
「そうだったんですか、お気遣いどうも。で、どうなんです?」
「言っていいんです? 始めていいんです? むしろ何があったんです?」
「詳細はお話できませんが、今回の失敗の原因は、私の人生経験、主に異性経験の不足にあると考えています。そこでとりあえず、恋バナの一つでも聞かせていただければと」
思えば、桔梗さんの時もそうでした。勝手な想像で無暗に感情移入するばかりで、深く相手の心理を考察することができず、判断を間違えたのです。
お月ちゃんはう~んと考えてから、「撫子ちゃんのためになるなら」と前置きをして指を一本立てました。
「中学の時に一人と、高校の時に二人? いや三人かな? 浪人時代は短いの合わせると五人くらい? 大学に入ってからは二人? かな?」
一本だった指はみるみる増え続け、片手で収まらない数にまで増えてしまいました。
一時、私の思考は停止します。
「か、かなりモテるんですね……」
お月ちゃんのカラリとした性格は言わずもがな、幼さを残した顔や雰囲気も愛らしく、思えばモテ要素は十分に備わっています。しかし想像以上の数にショックが隠せません。
「うん、なんか、告白されて付き合うところまでは行くんだけどさ、一か月か二か月でなんか違うなぁってなって、別れることが多いんだ。
フリーになった途端にまた告白されたりして、そんなことばっかりかな。そうすると周りがギスギスしちゃってさぁ、高校時代の後半なんて地獄だったよ。
悪い癖だとは自覚してるんだけど、好きって言われたら好きになっちゃうんだよね。その後すぐ冷めるんだけど」
「ちなみに今は?」
「いるよ? でもまだ微妙な感じだから撫子ちゃんには紹介してない」
微妙な感じとは、何?
親友の知らぬ一面を知った上、知らぬ世界を垣間見て頭が空転を始めていました。そのはずみでしょうか、非大和撫子的な一言が口から飛び出てしまいました。
「あの、ちなみについでに聞いちゃいますが、夜の経験はどのくらい?」
「え~、それ聞いちゃう? えっと何人くらいかな……」
お月ちゃんは記憶を辿るように考え込みながら、一本、二本と指を立てていきます。最終的に示されたその数に大ショック。身体をゴロゴロと転がして自分のお布団に戻りました。
「お月ちゃんの破廉恥!」
「そんな引かなくていいじゃん!」
「え、いや、思わず……そんな、そんなにですか?」
「これでも二十半ばですからね! それなりですよ!」
「わー」
「ドン引きじゃん!」
「ちなみにそれって多い方なんですか? 少ない方なんですか?」
「付き合った数も考慮して可もなく不可もなくと自負しています」
肘を付いてふんすと息を吐き、堂々たる宣言。
私が世間知らずなだけで、一般的にはそうなのかしら?
「ひょっとして、二十歳で未経験の私って、かなり珍しい?」
「そこは人それぞれなんじゃないかな? 特に撫子ちゃんの環境って特殊だし。男の子と付き合うのも簡単じゃないでしょ?」
「ええ、まあ。それなりに厳しくはあります。結婚相手も既に決まってますし」
「そうなの!?」
ビックリして飛び上がるお月ちゃん。
「あれ、言ったことなかったでしたっけ?」
「初耳だよ! どんな人どんな人?」
「さあ? 会ったことがないので顔も知りません。名前もおぼろげです。随分と前にお上の方が決めたらしく、大学を出たらその方と結婚する予定です」
「はえ~、そうなんだ。でも、それじゃ恋愛もできないね」
お月ちゃんは脱力するようにまたぱったりと寝転びます。私の素っ気なさに呆れた様子。
事実、興味がないので当然です。
大和撫子は決まって何らかの超常的な特殊能力を持ち、それぞれの時代で重要な役目を担ってきました。お上、つまりお国の偉い方々は私に良いつがいを当てがって次の大和撫子を確保したいのでしょう。
そこに私自身の意思は一ミリも干渉しておりません。多分、相手の殿方もそうなのでしょう。私が二十歳を迎えても連絡の一つもよこさないので、会わないまま破断も有り得ます。
「一応、恋愛は禁止されてはいないんですけどね。異性とのお付き合いも社会勉強としていただいているので。でもお月ちゃんみたく殿方の方から告白されたこともありませんし」
「撫子ちゃん、高嶺の花が着物で歩いてるようなもんだしね。今まで気になる男子とかもいなかったの?」
「はい、小学生時代からお稽古にどっぷり浸かってましたし、中高は一貫の女子高でしたから。大学に入ってからはお月ちゃんも知っての通り、女子大ですし、学業の傍らお家の仕事をするようになったので、殿方と縁があるようなことは……あっ」
「ん?」
一文字の失言を逃さず捕まえ、今度はお月ちゃんが私の布団にずんずんと這い寄って来ました。ニンマリ笑顔で詰め寄ってきます。
「今、「あっ」、と言いましたね? 撫子さん」
「言ってません」
「言いました。聞きました。私にあれだけ話させたんだから、白状しなさい」
くるりと寝返りを打って背中を見せますが、お月ちゃんはピッタリと身体を寄せて追撃してきます。逃れること叶わず、しどろもどろに事実だけを白状することにしました。
「お仕事で良くしていただいただけです。よくできた方だなぁ、かっこいいなぁと、思っただけなので、それ以上どうこうという感情はありません」
「ふ~ん、ふぅ~~ん」
こちらは顔を伏せているというのに、お月ちゃんのニマニマ顔が目に浮かぶようです。
「どんな感じの人? 年上?」
「ええ、三つか四つは年上のはずです」
「お仕事で知り合ったってことは社会人だよね。何してる人なの?」
「探偵業を……」
「おお~~、ふむふむ、なるほどなるほど、そうですか」
ニマニマ声と共に衣擦れの音がして、お月ちゃんが身を起こしたのが分かりました。
これ以上なにをされるのかと、身体を丸めて身構えます。
「聞くところによると、バリバリの現場マンって感じですなぁ。しかも探偵さん。お姫様と影のある男の組み合わせは鉄板ですぞ? ロマンチックじゃん。撫子ちゃんはそーゆータイプがお好きですか。うんうん、自立してる人なら私も大歓迎だよ」
「だから、そーゆー感じではありません!」
私も翻って身を起こしました。お月ちゃんと向き合い、そのあまりのニマニマ顔を見てツンと顔を背けます。ぷくっと頬を膨らせると、その頬をツンツンしてくるお月ちゃん。
「ここが赤くなっておりますよ? 撫子姫」
「なってません」
「なってるよ? 見せてあげよっか?」
お月ちゃんがスマホを取り出してレンズを向けて来たので、お布団をガバリと被って逃げました。証拠を残してなるものか。
「いいじゃんいいじゃん! ねーねー、もっと教えてよぉ」
「知りません!」
お布団にくるまり籠城。お月ちゃんはゆさゆさとして来ますが、その程度では崩れません。そうして意固地になっていますと、トドメとばかりにお布団の上からガバリと圧し掛かられました。ちと苦しい。
「でも、色恋の経験がないから失敗したって思ってるんでしょ? 今はその気持ちを大事に育てて経験するべきだと思うな。勉強するつもりでさ。ね? 間違ってる?」
間違って、いない。
「でも、御幸さんを私の勝手に巻き込むのは気が引けます。お忙しいでしょうし、小娘の戯れに時間を割いてもらうなんて、迷惑で失礼です」
「御幸さんっていうんだ? 顔も名前も思い出せない婚約者より全然良いじゃん! お互いに運命の相手かもしれないよ? よし、まずはデートに誘ってみよデート!
大丈夫! 撫子ちゃんみたいな美人に誘われて断る男はいないから! 連絡先は知ってるんでしょ?」
バンバンと叩いて畳み掛けてくるお月ちゃん。
私はお布団の中でもじもじすることしかできませんでした。
「知ってますが……やはり、ご迷惑です」
「弱気になるな! 今送ろう、さあ送ろう!」
お月ちゃんがお布団を引っぺがし、キラキラした目で私を見ます。
こうなってはもう勝てません。
それに、今回のお礼と残る崩国さんの捜索のご相談と、御幸さんにお話したい事も多々あります。私はお月ちゃんに急かされつつ、あくまでも公私混同せず総合的な判断として、秘密通信用のスマホを取り出し御幸さんに会いたい旨を伝えました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます