『三葉』其之弐
前庭園を抜け、案内されたのはごくごく一般的なお座敷の客間。
それでいて掛け軸や生け花でさり気なく彩られ、待つ間も暇をすることがありません。仮面をとってそわそわしておりますと、柊さんがお茶を持って戻り、座敷机に三つ並べます。
「改めまして、この繚乱島の管理を担う長女会が一人、柊でございます」
私と栞葉さんの対面に座り、柊さんは話を切り出しました。
「まずは謝罪とお礼を。この度は桔梗が大変なご迷惑をおかけ致しました。その上、あれの我儘のために骨を折って下さったと聞いております。崩国二百匹を代表し、撫子様のご厚意に感謝を申し上げます」
「いいえ、私はいらぬ手助けしかできず……って、その話伝わってるんです?」
「はい、封結院を通して。事の顛末は聞いております」
柊さんの視線がチラリと栞葉さんに向きます。何を言うでもなく、再び私を向き、言葉を続けました。
「案内の者はお嬢様に夜の手解きをと申しておりましたが、それは建前。真なる目的があると愚考しております。いがかでしょうか」
「まったくもってその通りです。私の訪問は事前にぬらりひょんから?」
「いいえ全く。しかし、桔梗のことがあってすぐでしたから、薄々、期待しておりました。大和撫子様その人であると確信したのは、お姿を一目拝見した後のことでございます」
流されるまま、あらぬ夜の世界を知る羽目になるのではと心配しておりましたが、話が早くて助かります。
「となれば、私の目的もすでにお分かりなのでは?」
「期待は期待。私の勝手でございますから、私の口からお話しするのはお恥ずかしゅうございます。どうか、撫子様の口からお話になってください」
「では遠慮なく」
柊さんは上品にへりくだっているように見せて、類い稀なる静謐な、しかし気圧されるような雰囲気を放っています。まるで鋼鉄製の氷柱。こちらも負けぬよう姿勢を正し、真っすぐ柊さんを見据えて話を切り出しました。
「この度の脱走騒ぎ。柊さんであれば何人が逃れどこへ向かったのか、ご承知のことと考えております。それをお聞きしたく馳せ参じた次第です」
「はい。ご指摘の通り。我々は外に出た者の名前を知り、行き先についての心当たりがございます」
柊さんは姿勢を崩すことなく、淡々とお答えになります。
「しかし、何故、撫子様がそのようなことをお気になさるのでしょう? 先日、封結院の者が訪ねて参りましたので、すでにお伝えしております。桔梗に良くしてくださっただけで感謝が尽きないというのに、これ以上ご迷惑をお掛けするのは本意ではございません」
「その桔梗さんは、今でも封結院に軟禁されています。数日のこととはいえ、桔梗さんとは同じ釜の飯を食い、同じ湯にまで浸かった仲。今や、私の大切なお友達です。彼女の身を一日でも早くここにお返しするため、骨を折るどころか粉骨砕身も惜しくありません」
「お友達」
そこで、鋼鉄の氷柱を保っていた柊さんの気が、ゆるりと崩れました。その証拠に目尻がすうっと上がります。
「この上ないお言葉です。なんと感謝を申し上げてよいか」
「いいえ、それより私にもお聞かせ下さい。封結院と同じ内容で構いません」
「はい。その前に一つ、そちらのお付きの方にお願いがございます」
「私ですか?」
隣の栞葉さんを見据え、柊さんはこくりと頷きました。
「ぬらりひょんをこの場に連れて来てはいただけないでしょうか? この街のどこかで遊んでいるはずです。道行く者に尋ねれば、すぐに捕まるかと」
「構いませんが、撫子様をお一人にするのは……」
「私なら大丈夫です。必要なことなのでしょう。あの阿呆をお願いします」
栞葉さんは私と柊さんを見比べ、きゅっと唇を結んでひと拍子考えましたが、おもむろに身を引いて頭を下げました。
「では、失礼いたします。何卒お気を付けください」
栞葉さんが部屋を出ていきますと、柊さんが再び唇を開きます。
「それでは恥を承知の上、撫子様にお話しさせていただきます。この度、島を逃れた崩国は四匹。ご存じの桔梗とあと三匹でございます。
名をそれぞれ、「
その内、三葉については居場所を捉えております。これは封結院には伝えておりません」
なんと。
「栞葉さんを遠ざけたのはその為ですか? よく封結院の人間と分かりましたね」
「気配で分かります。あれは我々を管理する者共ですが、役人故か、融通が利きません。何より、我々を道具としか見ていない。たった今、撫子様は桔梗を「お友達」と言ってくださいました。そのお心に甘んじてお伝えした次第でございます」
どうやら、封結院と崩国さんたちはあまり仲がよろしくないご様子。桔梗さんを軟禁するくらいですから、当然と言えば当然です。栞葉さんの居ぬ間に、詰めるところまで詰めておいた方が良いでしょう。
「して、その居場所とは?」
「こちらをご覧ください」
言って、柊さんは机の下からするりと電子タブレットを取り出しました。
「まさかの文明の利器!」
「琵琶湖の底に光ファイバーが通っています。電気もそこから」
繚乱島。意外と近代的でした。
「お客様とお話を弾ませる上で、流行り廃りの勉強は欠かせませんから。花街にはありませんが、裏には図書館もありますし、テレビもネットも完備しております」
「結構充実してるんですね」
「それでも娯楽が少ないには変わりありませんので、不満を持つ者もおります。何より、我々崩国にとって一番の娯楽は殿方との夜のことですので、お客様はいつも取り合いです」
会話しながら慣れた手つきですいすいとタブレットを操り、柊さんはとあるウェブサイトを表示して私に見せてくださいました。
「これが三葉でございます」
「ほう、これが」
その美貌とダイナマイトボディはお写真を通しても疑いは無く、どこか桔梗さんと似た雰囲気を持つ気の強そうなお顔でした。隣には身長からスリーサイズ、趣味や特技、夜の行いの好みまで赤裸々の真っ裸に記載されています。
「いや、これ、いわゆる夜のお店の情報では?」
「左様でございます」
「なんでまたそんな所に!」
驚きのあまり翻ってしまいましたが、柊さんは淡々とした調子を崩さず述べます。
「滋賀には有名な花街が他にございまして、そこの情報は私共の耳にも入って参ります。
脱走騒ぎがあった数日後のこと、大型新人が入り客を独占しているとの噂が入りました。もしやと思いネットを覗いてみると、ご覧の通りでございます。
我々も妖にして遊女。身に付いた業(わざ)からは逃れられません。察するに、逃れたは良いものの食うに困って働き始めたのかと」
当然の帰結すぎて灯台下暗しでした。ポカンと開いてしまった口を慌てて引き締めます。
「封結院はこのことには?」
「気付いていないでしょう。気付いているのであれば、私共に三葉のことは尋ねないでしょうから」
さもありなん。お堅いお仕事ですから思い至らなかったのでしょうか?
「居場所が分かっているとはいえ、私共はお仕事以外で島の外に出ることは叶いません。かといって、これを封結院に教えれば乱暴を働いてでも捕まえるでしょう。撫子様にお願いしたいのは、この子が自らここに戻るよう、説得を試みて欲しいことです」
「それはどんと来いですが、しかし、彼女の現状を思うと説得材料に欠けます」
先程、崩国において最大の娯楽は殿方との夜の行いであると柊さんはおっしゃいました。それを鑑みるに、今の三葉さんはこと娯楽においてはパラダイス状態。またここに戻ること、それすなわち娯楽たるお客様の奪い合いに戻ることと同義です。
「三葉さんはどのような性格なのでしょう? 何か、帰るに足るものはこの島にあるでしょうか?」
「それなのですが……」
柊さんは目を伏せ、しばし迷いの表情を見せます。
「大和撫子様に、こんなことをお話するのは気が引けるのですが……」
それを枕詞に、柊さんは三葉さんの事情を話してくださいました。話の途中で末尾までを察し、それ以上はよいと手を前にして止めてしまいます。
普段、怒ることの少ない私ですが、この時ばかりは腸(はらわた)が煮え返る思いでした。なんて酷いことが、この世の中にあるのでしょう。
「承りました。必ず彼女を止めてみせます」
「本当に頼もしいお言葉です。他にご協力できることがあればなんなりとお申し付けください。私個人の連絡先を伝えておきます」
袖の下からするり出てくるスマホ(最新機種)。私も秘密通信用のスマホを取り出して番号を交換しました。
「他に、気になることはありませんか? 愛音さんと椿さんの情報とか」
「今は、三葉のことに注力していただければこれ以上はありません。ああ、でも、強いて言えば、桔梗のことを心配しております」
また柊さんは目を伏せます。
「大和撫子様のお耳に入れるには、度々に渡って卑しいお話になります」
「覚悟はできております」
「ではその、お話しますが、我々は妖です。その
ひと月やふた月はどうってことはないのですが、そういった大義名分がある上に、我々はそこにいるだけで殿方を魅了してしまいます。崩国の
それを長期に渡って行使しなければ消えてしまうのです。封結院の男共がその大義を振りかざし、あの子に乱暴なことを……」
「それ以上はよいです。承りました」
また途中で察し、手を前にして言葉を遮りました。
ぬるりと気色悪いものが首筋を舐める感じがします。まこと崩国とは、男性の欲に都合の良い存在。であるからこそ、危険性を孕む妖であるにもかかわらず、このような島に閉じ込めて保護しているのでしょう。
なんたる身勝手。
なんたる不誠実。
なんたる邪悪。
自然と奥歯を噛みしめてしまいます。
怒りが顔に出ていたのか、柊さんが言葉を紡ぎました。
「私共を思ってくださり、ありがとうございます。しかし、それ以上のことはお控えください。お優しさに甘えて不安を零してしまいましたが、元より私共は人の世に仇を成す妖。
遊郭を築き殿方の欲に寄り添わねば、平安の世に滅ぼされていたでしょう。こうして現代におりますのは、人と崩国が持ちつ持たれつの関係にあるがためです」
「それでも」
美女に欲を受け止めて欲しい殿方。
殿方の欲を受けねば消えてしまう妖。
それでも、崩国さんはそれぞれ知性のある女性です。
国を上げてのこの現状は、殿方の身勝手が過ぎると思わずにはいられませんでした。
「二十歳の小娘が聞くには、ちょいと刺激が強すぎるじゃろて」
不意にしがれた声がして振り返ります。いつの間にか、私の背後にぬらりひょんが座り、お茶を飲んでくつろいでいました。遅れて廊下の方がドタドタとして、栞葉さんが戻ってきます。髪も乱して肩を浮沈させ、ずいぶんと急いでくださった様子です。
「ぬらりひょんを、お連れしました」
「お疲れさまでした。お座りになって休んでください。おい、そこを退け」
「遊びを中断してせっかく来てやったのに、ずいぶんな扱いじゃのう」
ぬらりひょんの爺をペシペシと叩いて退かし、栞葉さんの場所を確保します。流石の栞葉さんも息も切れ切れ、汗で前髪が貼り付いています。座るなりお茶を飲んで水分を補給されました。
「そんなにお急ぎにならずともよかったのに」
「撫子様を一人にしておけませんでしたので。私の居ない間に何を話されましたか?」
柊さんを見やり、アイコンタクトで同調。
「封結院が聞いたお話と同じです。逃げ延びた崩国さんはあと三人。何とかして探し出さねばなりません」
「そうですか……私も尽力いたします」
ちょっと心が痛みますが、栞葉さんは封結院の所属。先んじて三葉さんに接触するには黙っているしかありません。それも踏まえて、私は言葉を続けました。
「栞葉さんに頼みたいことができました。今後は封結院に戻って、桔梗さんが望まぬ行為を強要されぬよう、見張っていて欲しいのです。大和撫子の名において、手出し無用と硬くお伝えください」
「それは……ああ、なるほど、そういうことですか」
察して下さったのか、息を整えながら栞葉さんは頷きました。
「撫子様がそうおっしゃるのであれば、断る理由はございません。しかし、私が身動きできなくなると不便がありましょう」
「なんとかします」
ふんすと胸を張りますが、栞葉さんは首を横に振りました。
「そこは不要な気概です。桔梗さんの身の保護は、崩国側からの要求と見ます。交換条件を提示したいので、デメリットであるとはっきり申し上げてください」
「交換条件?」
「ええ、私からお話してもよいでしょうか?」
ではよろしくお願いしますと促しますが、栞葉さんはぜいぜいと息を乱したままなかなかお話が始まりません。見かねたように、ぬらりひょんの方が口を開きました。
「首謀者じゃろ? なぁ柊」
「はい、まさにそのことです」
首を傾げ、ぱちくり。脳内で信号を交換し、三者が言おうとしていることを理解しました。そもそも何故、此度の脱走騒ぎが起こったのか。封結院の監視を掻い潜り、何故この湖の孤島から四人もの崩国が逃れることができたのか。
「手引きした者がいる、ということですね?」
「当り前じゃ」
「前回、封結院が訪問した際には、心当たりがないとの回答でしたが、誰も納得していません。私が桔梗さんの身を守ることと引き換えに、それを話していただきたい」
栞葉さんはようやく息を整え、柊さんに相対しました。それを受け止め、鋼鉄の氷柱が蘇ります。柊さんは毅然とした態度でお答えになりました。
「外部の者としか。少なくとも私共の中に首謀者はおりません。
逃げ延びたのは四匹ですが、騒ぎを起こしたのは十数匹。彼女らに事情を聞くと、お客様に恵まれない崩国の中で噂が広まっていたそうです。
某日、島の某所で外へ逃げる船が出ると。その通り船が来たのかは分かりませんが、同じ噂を聞きつけていた封結院が事態を制圧しました。しかし、それでも四匹は煙の如く消えてしまったのです」
「その騒ぎを起こした外部犯の心当たりを聞いています」
栞葉さんの追い打ちに、柊さんは首を横に振って答えました。
「多少の不満はあるものの、私共の大半は、今の待遇に満足しております。いくらお客様が付かないとはいえ、妖として危ういともなれば適当な殿方を派遣していただけますから。
崩国の脱走は国家転覆に繋がる大騒動。そんなことを企てる者がいるとすれば、妖に通ずる人間の思想家か、革命家であると考えております」
「あの、お話の途中、すみません」
ずっと気になっていたことがあったので、この機会に話を遮ってでも確認をば。
「崩国さんは崩国さんを生み、その結果、女性だらけになって国が崩れる。故の崩国と聞いております。しかし、今と昔では国の規模が違います。日本列島一億人。少々女性家系が増えたところで、さほど問題ないのでは?」
「阿呆か。鼠算であっという間じゃ」
「崩国さんってそんなに子沢山なんですか?」
「ええ、相手にもよりますが、丈夫な子であれば初潮から閉経までに十匹は生むかと」
柊さんのお答えに思わず「ひえ!」。
「少なくとも五匹は生むでしょう。間を取って七匹として、一代で二百匹が千六百匹。二代で一万二千六百匹。男性の人口が五千万人と仮定した場合、七代で日本から男性がいなくなります。年数にすると百二十年ですね」
「計算早いですね」
「AIです」
柊さんがクルリとタブレットを回して見せてくださいます。文明の利器を扱うのがなんとお上手。
とか言ってる場合ではなく、崩国さん二百匹が解き放たれたら国家は百二十年の命。人の一生には長いですが、国の余命となればなんと短い。社会が回らなくなるのはもっと早いでしょう。実際にそうなったら途中でなんとかするでしょうが、それにしても脅威です。
「誰がそんなことを!」
「封結院でも探していますが、国家転覆を目論む者。崩国の在り方に同情した者。人物像すらあやふやです。本人たちが知らないと言うのであれば、ますます暗中模索ですね」
「で、その為に連れて来ていただいたのがそこの爺です。おい、ぬらりひょん。心当たりがあるでしょう。聞かせなさい」
あ、柊さんもぬらりひょんの扱いそんな感じなんですね。シンパシーを感じながら振り返ると、ぬらりひょんが不敵に笑みました。
「多分知っとるが、知らん」
「どっちじゃい!」
「心当たりがありすぎる。ま、純粋な人間ではないと思うがの。国家転覆の線でいくと、有名どころは九尾か? 奴も殺生石から放たれて久しい。五郎左衛門の奴もおるしのう。人間側なら魔術師を筆頭に、昔を取り戻したいって輩はゴロゴロおる。多分コイツじゃと睨むだけでも報復が怖い奴らばかりじゃ。だから、ワシは知らん」
「人が滅べば、お前も消えることになりますよ? 百二十年は人にとっては長いかもしれませんが、我々妖にとっては明日のことにも近しいはずです」
柊さんにつつかれ、ぬらりひょんはボリボリと頭を掻きます。
「やれんことがないでもないが、ワシはぬらりひょんじゃ。タダ働きはできん」
「首謀者を見つけた暁には、繚乱島への一年間フリーパスを授けましょう」
「乗ったぁ!」
このスケベ爺。
私や栞葉さんからの冷たい視線もどこ吹く風に、ぬらりひょんは少年のように身を弾ませてやる気を見せます。
動機はどうあれ、なんだかんだで器用な奴です。動いてくれるのであれば頼もしいことこの上なし。これにより、今後の方針と各担当が決定しました。
私と柊さんは三葉さんの説得。
ぬらりひょんは首謀者の捜査。
栞葉さんは桔梗さんの警護。
各々が意気軒高。この場に人妖の合同捜査本部が設置されました。
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