5ページ目 光
《合流交通あり》。菱形の道路標識が、地面にお辞儀している。多くの仕事をこなしてきたそれは、もう活躍の場が与えられない。自動車学校にも行っている最中だったのだが、あれがほんの1ヶ月ほど前だとは。今となっては、ビルや家屋は倒壊し道路も波打っている。少し、雑草も生えてきたか。空は俺の状況を知る由もなく、燦々と晴れていた。風はほとんど吹かない。音もない。ただ、照りつけるだけだ。
降り注ぐ太陽の光に照らされて、俺は「コンビニだった場所」に座り、30本目のタバコを陳列棚に並べた。今日で30日目だ。どうにか、コンビニやスーパーに残る食料品で水分と栄養を摂り、川で体と服を洗い、生き延びてきた。夜は、倒壊の危険がなさそうな屋根のある場所を探して寝る。今が夏でよかった。不幸中の幸いということか。…それにしては割に合わない。
フードの子と出会ったあの日、瓦礫を当てられた男は見るも無惨な姿だった。遠目でも、もう生きてはいないことを確信できた。そして、超能力の男はその場で溶けるように消えた。いや、比喩ではない。読んで字の如く、体が黒く液体状に変異しながら、本当に溶けるように消えたのだ。俺は、何か見てはいけないものを見た気がした。全く意味がわからないし、分かりたくもない。なぜなら、「能力を使用した男」がそうなったのだ。この1ヶ月の間、何度か「能力者」らしきものを見た。だいたい皆、何やら言葉にならない声を発していた。周囲のものを壊し、俺を見れば襲ってきた。意思疎通はできない。そう悟った俺は、例の如く地面や壁に移ったりしながらその場から必死で離れた。間に合わず交戦したこともあった。どうにか気絶させたと思った時には、そいつもまた黒く溶けた。
--俺だって、もしかするとそうなる可能性がある。”能力“を使っているし、否定はできない。…ただでさえ一人で頭がおかしくなりそうなのに、考えすぎると狂ってしまいそうだ。やめよう。やめたい。…しかし現実的に考えて、そろそろ限界だ。食料の問題と安全の問題。もうすでに、近くにあるコンビニやスーパーの跡地には、食料品が底をつきそうだった。能力者たちによる奪い合いだって増える可能性が高い。そうなるとさらに、安全ではないだろう。もう、一人でここにい続けるのは難しい。どうにかまともな協力者を見つけなければならない。
--「ザザッ……至急!みんな戻って……暴走……川沿い――!」
頭の中に、ノイズ混じりの声が響いた。反響するような、でも確かに“外から”ではなく“内側”から聞こえる。
何だ……今のは。
周囲を見渡すが、生き物の気配すらない。しかし確かに聞こえた。人間の声だ。それも“まとも”な。信用できる人物なのか、今の声だけでは判別できない。それでも、意思の疎通ができる人間というだけで貴重だ。逡巡するが、すぐに決断する。行こう。行くべきだ。場所は川沿いと言っていたはず。方角はわからないけど、このまま立ち往生するくらいなら動いた方が良い。
1ヶ月経ちやっと見つけた一筋の光。今なら、燦々と輝く太陽の気持ちが少しわかった気がした。
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