4ページ目 深く蒼い

俺は深く、息を吐く。考えろ。地面に移るか?避けて、その後は?いや、地面に打たれたらどうなる。…俺は生きていられるか?くそっ、まとまらない。とにかく動け。

その時、何かがやつの頭に落ちた。痛々しい音と共に砕けたそれは、男と同時に崩れ落ちる。あれは…。目を凝らすと、赤茶色の破片。--植木鉢、か?あまりに場違いなそれに、頭が追いつかない。

考えているうちに、浮かんでいた電柱たちは主人を失い、やかましい音を立てて次々と落ちた。

…何が起きたのか。

体の力が抜ける。痛い。呼吸も荒い。ああそうか、生きているのか。考えたいことは山ほどあったが、今はただ息をするので精一杯だった。

「…ハレ、生きてる??」

近くに寄ってきたニックは、心配そうな表情で俺を覗き込む。悪いやつではないのかな。

「まあ、なんとか…。」

生きた心地はしないけどね。そう言いかけて、やめた。


--タン、ガサ。


それは静かに、でも確かな存在感を持って俺たちの鼓膜に届く。地面にぶつかる靴音に、風になびく衣擦れの音か。聞こえる方に視線を向けると、黒いフードを被った誰かが歩いていた。パーカーだろうか、フードがあり顔は見えない。いや、あれは黒じゃなく、深い青だ。体はそれほど大きくない。歩幅も小さい。女性か、あるいはこどものように見える。そのままその子は、静かに超能力の男が倒れる場所に向かっていく。そこでふと、俺は気づく。さっきの植木鉢、まさかこの子か?思えばあの植木鉢は、急に超能力の男の頭上に現れたように見えた。いや、植木鉢が急に現れるわけがない、わかっている。ただそれは”これまでの世界“の話だ。今日の出来事を思い返せば、もう疑問を抱く方がおかしな気さえしてくる。

フードの子は、案の定というべきか男のそばに座り、赤茶色の破片を拾い眺める。しかしすぐに立ち上がり、またどこかへ歩き出していた。立ち去ろうとする背中に、思わず口が動く。

「あ、あの」

気がつくと声をかけていた。その背中は立ち止まる。こちらに体を向けようとするようにも見えた。何か、何か言わなければ。かけるべき言葉を考えていると、その子の足は動き始めてしまう。背中は遠くなっていく。

気づくともう、随分と小さい。結局、俺は何も言えなかった。ただ、自分が座っていることに気づいたのは、もう随分と時間が経ってからだった。

…そうだ、ニック。あいつはどこに行っただろう。軽く周囲を見渡すと、美しい瞳の少年はどこにもいなかった。倒れた男が二人、いるだけだ。くそ、何だったんだ。考えたいことは山ほどある。ただとにかく、もう疲れた。今日は色々なことが起きすぎたのだ。一度だけで良い、寝かせてくれ。

そして起きた時、この世界が夢じゃないのなら--その時考えよう。

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