第44話 お土産

 

「ルシアン様、ただいま戻りました」


 城にグレアが帰ってきた。

 その腕には1本の瓶が抱えられている。


「おかえり、グレア」

「おかえりなさい」

「みんなで待っていましたよ」


 ルシアン、シルビィ、そしてリナが城の中庭でグレアを迎える。


「ちょっと危なかったでしょ」


「はい。でもルシアン様のおかげで、こうして無事に帰ってくることが出来ました」


「危なかった? なにかあったのですか?」


 リナはまだ、グレアが大悪魔カーディナルであることを知らないことになっている。ちなみに以前、彼が勇者ケイタとボークス子爵を消し去った際は、グレアがその日のリナの記憶を抹消することで対処している。


 しかし熾天使であるリナは自力で洗脳を解除しているので、ルシアンが勇者を圧倒したことも、グレアが超高度な空間魔法を行使したことも覚えていた。彼女は全てを覚えているが、ルシアンを大悪魔と一緒に過ごさせることで悪戯の規模が大きくなり、いずれ世界を滅ぼす大魔王へと成長させる糧になると確信していた。


 だからリナは洗脳されたフリを続ける。


「アプルのジュースをジョブおじさんのところへ取りに行っただけでは?」


「ま、まぁ、その道中で色々とありまして……」


「お出かけする前にした、僕のアドバイスが役に立ったんだよね」


「そう、そうなのです!」


「ふーん」


 疑わし気な目をするが、ただの演技。

 分かっているのでこれ以上の詮索はしない。


 ルシアンが膨大な魔力を放出していたことも。それをグレアに向けて放ち、単独での遠距離魔力授受という偉業を成し遂げたこともリナは気づいている。


 しかしまだ素性を打ち明けない。

 リナは主人からの誘いを待っていた。


(ルシアン様が悪戯に私を誘ってくださるようになるまで、今しばらく待つとしましょうか。それまでは何も知らないメイドを演じます)


 彼女はもはや、天界にルシアンの存在を隠そうとするのを止めていた。


 グレアと遊ぶようになり、ルシアンの力は急速に伸びている。そのため認識阻害の結界を展開したとしても、彼の力を隠すことが不可能になってきたのだ。


 そもそも隠す必要がない。


 歴代最強クラスの勇者が送り込まれたが、まだ6歳のルシアンがそれをこの世界から退場させた。この時点で天界にはルシアンを止める手段がない。


(この世界は今、ルシアン様の気分次第でいつ滅びてもおかしくない状態です。神々や熾天使かつての同僚たちは、このことに気付いているでしょうか? まっ、どちらでも良いんですけどね。幼い少年に振り回される世界──実に愉快です)


「リナ、なんだかうれしそう」


「あら。顔に出てしまいましたか。実は私もジュースを早く飲みたいのです」


「そっか! 僕も早く飲みたい!!」


「食堂へ行きましょう。おいしいクッキーを焼いておきました」


「わーい!」

 

 ルシアンが食堂へ走っていった。


「クッキーって、私の分もありますか?」


「もちろんありますよ。遠くまでお使い、お疲れ様でした」


 以前はグレアに対して冷たい態度を取ったリナ。そんな彼女が、今日は笑顔でグレアからアプルのジュースが入った瓶を受け取りながらそう答えた。

 

 

(私はあなたにも期待しているのですよ、大悪魔カーディナル。どうかこれからもルシアン様の良き遊び相手となり、その力を伸ばす贄となってくださいね)

 

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