第34話 メイドと元領主
「では私は今から、エイルズ伯爵のお使いをこなしてきます。グレア、シルビィ。ルシアン様をお願いします」
街に入ると、リナが単独行動すると言い出した。
それにグレアは納得いかない様子。
「伯爵のご友人にお手紙を渡しに来たのでは? その手紙が重要なものだから、執事である私が直接渡す必要があると。そのために、ここまで来たのですよね?」
リナが手渡しすれば良いなら、グレアはここに来る必要がなかった。
「手紙の渡し方にちょっと問題がありまして……。あなたに頼むなら詳しく説明する必要があるのです。私がここまで来たので、もう私が行っちゃおうかと」
「なにか訳ありのようですね」
「えぇ。色々めんどくさいことになってるんです。この街の雰囲気をみたら、なんとなくわかるでしょう。面倒ごとに関わりたいですか?」
「いいえ。リナにお任せします」
「任されました。ではルシアン様、グレアとシルビィのそばを決して離れないでください。私はすぐに戻ってまいりますので」
「はーい」
手を振るルシアンに会釈をして、リナは街の奥へ歩いていった。
──***──
ボークス子爵の屋敷の地下牢にて──
「こんにちわ、グランツ子爵。まだ生きていますか?」
リナは牢の中で片手を壁に拘束され、死んでいてもおかしくないと思えるほど全身ボロボロの男に声をかけた。
「その声、エイルズ伯爵のところのメイドか?」
「はい。リナと申します」
「ど、どうやってここまで来た」
「どうやってと申されましても⋯⋯。普通に歩いて、としか言えませんが」
それは絶対に嘘だとグランツは思った。
領民を苦しめた罪人としてグランツを処刑するため、ボークス子爵は彼を警備が厳重な地下牢に閉じ込めた。部外者がここに歩いて入れるわけない。
しかしリナは言葉の通り、歩いてここまでやって来ている。
熾天使が地上を視察する際に利用する
「私はエイルズ伯爵のお使いで参りました。その様子ですと、視力も失っているのですね。お手紙を預かっていますが、私が読み上げてもよろしいでしょうか?」
「あぁ。頼む」
「承知しました。えっと、『私はお前を信じている』と書かれています」
「……それだけか?」
「はい。以上となります」
グランツが声を上げて笑い始めた。
「貴族学校で7年も苦楽を共にした友が死にそうなんだぞ。もっと言うことがあるだろう。しかしエイルズらしいな。きっと私が乱心し、捕らえられたと聞いた時も無表情で『そうか』とか言ったのだろう」
「御明察です」
「ふははははっ。やはりそうか。あいつは少しも変わらんな。そう言えばエイルズの息子はどうだ? 父親のように冗談も通じない子に育ちそうか?」
「私はメイドですので、『父親のように』の部分にはお答え致しかねます。ただルシアン様は、良く笑う悪戯好きな男の子に育っていますよ」
「それは良かった。こんな場所までひとりで来れてしまうメイドがついているなら安心だ。私にも君のような部下がいれば、こんなことにはならなかっただろう」
「身に余るお言葉でございます」
「さて、要件はすんだかな。早くここから立ち去りなさい」
「助けてくれ、とは言わないのですね」
「私がここから逃げるなど絶対に不可能だからな。ボークスはとんでもないバケモノを引き連れてきた。アレにはどんな存在も勝てないだろう」
「それは勇者のことでしょうか」
「情報収集能力にも長けているのだな。素晴らしい。わかっているなら今すぐ逃げなさい。そしてエイルズに伝えるんだ。
「ご忠告ありがとうございます」
「代わりといっちゃなんだが、もし逃げた私の妻子が君の手の届くところまで辿り着くことがあれば、ほんの僅かでも良いから助けてやってくれないか」
グランツは領民が暴徒化する予兆を見せた時、即座に妻と子どもを領地の外に逃がした。視力を失うほどの拷問をボークスから受けても、彼は決して妻子が逃げた場所を答えなかった。
「ご安心を。皆様、既にエイルズ伯爵の元にいらっしゃいます」
「……そうか。ありがとう。本当にありがとう」
妻と子どもの安全を知り、グランツは視力を失った目から涙を流した。
「私はこれにて失礼します」
リナにグランツを助ける義理はない。彼を逃がせば勇者が追いかけてくる可能性がある。そうなればルシアンに危害が及ぶかもしれないのだ。それだけは避ける必要があった。
「帰り道に気をつけてな」
「お心遣い、感謝します」
敬意をこめて一礼し、リナが去ろうとする。
出口を向いたリナの視線の先に、黒髪の男が音もなく立っていた。
「──っ!?」
「おっと。立ち聞きしてごめんな。強そうなオーラを感じて来てみたら、すげぇ美人なメイドがいるじゃねーか。だからつい見ちまってた」
勇者ケイタは値踏みするようにリナを見下ろすと、まるで新しい玩具を見つけたかのように口の端を醜く歪めた。
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