第3話 ナイトパトロール
ロサンゼルスの夜。
マスタングがネオンの海を切り裂く。
そのエンジン音を知る者は、皆、背筋を凍らせた。
それは“家賃徴収”のサウンドトラック。
助手席のアレックスは、姿勢を正し、
震える手でノートを抱えていた。
まだラムケーキの香りが残っている。
この街で嗅げる、最後の甘い匂いだった。
「ボビー刑事……これ、パトロール?はいつまで続くんですか?一度、暑に戻って一息入れませんか?僕、紅茶を入れますよ?アールグレイとか好きですかね?」
「Lesson3。刑事は紅茶を飲まない、そんなもんは路上のジャンキーの頭にぶっかけろ。」
葉巻の先が赤く光る。
「パトロール?なんのジョークだ。
クリスマスはまだ半年先だ。
次は——東区の徴収日だ。」
「?……り、了解です。」
マスタングが急停車。
停まった先は、場末のストリップクラブ。
壊れたネオン。歪んだ看板。
空気は血と香水の混合物。
入口の用心棒が銃を構える。
ボビーが無言で歩み寄る。
「LAPD。家賃を払え。」
その言葉に、一人は逃げ、一人は札束を差し出した。
アレックスが引きつった笑顔で頭を下げる。
「ご協力ありがとうございます!
市民の信頼こそ、警察の力ですから!」(コレ、なんのお金何だろ?町内会費?)
ボビーは煙を吐き、無表情に言う。
「……泣けるぜ。」
直後、店内から銃声。
ボビーはため息をついた。
「……。」
彼はドアを蹴り開けた。
閃光。悲鳴。硝煙。
地獄が、そこにあった。
上半身裸のメタルボディが眩しいギラギラ姉ちゃんサイボーグがフロアの客相手にド派手に銃弾の投げキッスを連発していたからだ。
「サイバーサイコだ!!完全にハイになってる!!!」
アレックスは叫ぶ。
ボビーは動じない。
1発。2発。3発。
的確に、冷徹に。
44マグナムのマズルフラッシュが刹那の稲妻を描く。
銃弾はサイバーサイコレディの頭と心臓を確実に捉える。
アレックスも叫びながら引き金を引く。
「キャー!!!!!」
だが弾は——
壁、鏡、天井へと跳ね返り、
なぜか誰にも当たらなかった。
静寂。
ボビーは燃えるジュークボックスに葉巻を押し当てる。
カウンター下で震えるバーテンに、低く命じた。
「バーボンをロックで。
坊やにはミルクだ。」
ボトルが震え、二つのグラスが出される。
ボビーは自分のを一気に飲み干し、
アレックスのミルクを指で押し返す。
そして、空のグラスを壁に投げつけた。
破片が弧を描き、ネオンを反射して散る。
アレックスは慌てて真似し、
グラスを投げた。
ボビーは肩をすくめて笑い、
カウンターのチンピラに一言。
「I’ll be back.」(また来るぜ。)
店を出ると、
アレックスは必死にノートを開いて何かを書いていた。
「安全確保は迅速にと。」
ボビーは歩きながら言った。
「Lesson4。
この街じゃ勝者なんていねぇ。
負けるタイミングを選べる奴が、“プロ”だ。」
アレックスは埃まみれの顔で微笑む。
「はい!書き留めました!」
ボビーは呆れたように葉巻を咥えた口角を上げる。
「……泣けるぜ。」
外ではマスタングが唸りを上げる。
夜風が火薬と音楽の残り香を攫っていく。
地獄の二日目、終了。
だが、この街の夜はまだ終わらない。
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