おじさんに恋は難しい

おとら

第1話 おじさん、満員電車で部下の女性に壁ドンされる

……腰が痛い。


というか、身体の節々が痛い。


嘆いても痛みが消えることはないので、気合いで起き上がる。


時計を見ると、朝の六時を指していた。


「ふぅ……アラフォーを迎えると調子良いなどなくて、マシかそうじゃないかとなると先輩方に聞いてはいたが」


若い時には『ははっ、そんなわけないじゃないですかー』とか言ってた自分をぶん殴ってやりたい。

本当に、この十年の身体の変化には驚く。

睡眠はとらないと倒れるし、食べ過ぎると胃がもたれるし、オールなんて死ぬだろう。


「これでも7時間は寝てるし、運動とかしてメタボだけは回避してるんだけどなぁ」


そんなことをぼやきつつ、まずは洗面所で顔を洗う。

顔をあければ、そこには髭の生えたおっさんがいる。

肌にハリがなく、目元にはシワが少し。


「まあ、37にもなれば普通か」


彼女や奥さんでもいれば、多少は身なりに気を使うんだろうが……残念ながら、彼女いない歴八年だ。

もはや、恋の仕方もわからない。

そもそも、こんなおっさんが恋をしていいのかと思ってしまう。


「今の世の中はおじさんに厳しいからなぁ……いかんいかん、独り言が多すぎる」


これもおっさんも悪い癖の一つだろう。

頭を振り、髭剃りと歯磨きをし終えたら、器具でトーストを焼く。

その間にコーヒーと、フライパンで目玉焼きとウインナーを焼く。

これで朝食の準備は万端だ。


「さて、優雅な朝を過ごすとするか」


行儀は良くないが、新聞を読みながらパンを齧る。

時折ウインナーを口に入れては、その脂のうまさに感動する。

目玉焼きも半熟で、我ながらいい出来だ。

若い頃はギリギリまで寝てバタバタしていたが、今はできるだけゆとりを持つ。


「こういうのは飽きがこないからいいよなぁ……そろそろ着替えるか」


まだ時間に余裕はあるが早めにスーツに着替え、七時に家を出て最寄駅から電車に乗る。

当然、いつものように満員電車だ……しんどい。

何がしんどいかって……ぎゅうぎゅうなのもそうだが、冤罪に気をつけなくてはいけない。

今の世の中はおじさんに厳しく、勘違いさせた時点でアウトなのだ。


「くっ……」


駅に止まるたびに人が押し寄せてくる。

自分ではコントロール出来ない位置に持っていかれそうだ。

目の前にいる女性には申し訳ない。

ただおじさんも、好きで密着してるわけではないことはわかって欲しい。

俺に出来るのはなるべく密着しないように努力するだけだ。




それから電車は進み人が乗り降りして、少しだけ余裕が出来る。

すると、見知った顔が俺のいる車両に乗ってきた。


「吉野さん、おはようございます」


「あ、ああ、おはよう」


そこにいたのは部下である清水結衣さんだった。

傷みなど一切ない黒髪ロングに、容姿やスタイルもモデルさんみたいに良い。

身長も俺の肩くらいはあるので、170センチくらいはあるかな。

ただ目つきが少し怖いのと、クールで他人に厳しいから恐れられるみたいだ。

でも何故か、俺には時折話しかけてくる。

歳も一回り違うし、おじさんと話しても得はないと思うのだけど。


「今日も同じ時間ですね」


「ん? ああ、そうだね。清水さんも、こんなに早く?」


うちの会社は俺が入った頃と違い、今は割とホワイトだ。

八時半始業ではあるが、十分前に来ていれば文句は言われない。

ちなみにこの時間だと、八時には会社に着く。


「ええ、遅延などあったら大変ですし」


「あー、確かにそうだねぇ。うんうん、真面目だね」


「吉野さん、子供扱いしないでください。私は今年で二十五歳になるのですから」


「はは、ごめんね。でも、一回りも違うからさ」


うーん、この年頃の女の子は難しいや。

何がセクハラになるかわからないし、下手なこと言えない。

とにかく、色々気をつけないと……って言ってる側から!

電車が急ブレーキし、近くにいた女性が俺の胸に飛び込んできた。


「きゃぁ!?」


「だ、大丈夫ですか?」


「えっ? は、はい! すみませんでした!」


そう言い、慌てて俺から離れる。

めちゃくちゃ素早かったけど、そんなに臭かったかな?

いや、文句言われないだけマシかな。

すると、何故か清水さんが俺を睨んでいた。


「な、何かな?」


「吉野さん、デレデレしてます」


「ご、誤解だよ。そもそも、出来れば避けたいくらいだし。ほら、こんなご時世だしさ」


こちとら平穏無事な生活が送れたら良いんだ。

波風立たなく、後はのんびりした老後を……まだ流石に早いか。

でも、本当に男といた方が楽なくらいだ。


「ふーん、そうですか……では、こうしましょう」


「……はっ?」


清水さんが俺を壁際に追い込み、自分で蓋をする。

そもそも、身体が密着しすぎじゃないですかね!?

なんで年下の女性に壁ドンみたいにされてるのかな!?

下を見ると大きな胸かあるから困るんですけど!?


「これでよしと」


「何も良くないよ? おじさん、捕まっちゃう」


「何故ですか? 私は訴えませんし、これなら手出しもさせません」


「いや、そういうことじゃなくて……」


「上司を守るのも部下の役目ですから」


そう言い、キリッとした表情を浮かべた。


やけに様になっており、これ以上は何を言ってもダメそうだ。


俺は諦めて、どうにか視線を上に向けるのだった。

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