2話 魔人との戦い
──物語は動き始めた。
かつてはヴェガロンと呼ばれた古城で、囚われの女性を助けてしまった。
本の中であればその女性を姫と形容するのだろうが、こいつは非常に難しい。
姫と呼ばれる存在には、お淑やかな印象を浮かべる者が多いはずだ。
しかし、残念ながらこいつは違う。
間違っても姫とは呼べない存在だ。
「私の体はどこに行ったんですかね……」
それに、強敵と会していない。
王道からは外れた物語になってしまうかもしれない。
我の手記に載せはするが……いや、悩ましいな。
読者の心躍る展開となるだろうか。
嘘は書きたくない。
「あ!囚われの姫を助けた、勇者様のお名前を教えてくれませんか?」
強敵とは何か……果たして、我が脅威を感じる相手が魔王以外に存在するのだろうか。
これは盲点であった。
奴ですら、戦闘能力は我が上だと確信している。
──勇者として完成され過ぎている。
これでは、我の物語でワクワクする展開が、魔王との決戦しか無くなってしまう。
由々しき事態だ。
「体が家出するなんて……お恥ずかしい限りです」
敵との会話をしてみるか。
今までは瞬殺してしまったが、血湧き肉踊るような会話の応酬に挑戦してみようか。
それが良い。
これで盛り上がりに欠けない物語になるのではないか。
しかし、我は寡黙な勇者……キャラ崩壊しないかが悩ましい。
約三年の歩みからの変化に、読者がついて来られなくなってしまうのではないか。
「勇者様、暗くて足元が見え──」
「【幽玄灯火】」
「あ、まぶし……ありがとうございます!」
我は勇者だ。
恐れに立ちすくみ、道に迷う事を禁じられた者……。
勇気を手に、暗闇に向かって挑み続けなければならない!
「首が痒いので掻いて……あ、痒いところまでは繋がってませんね」
我の腰元で煩い。
汚れた髪はベルトに吊るすには程良く、女性の首を腰から下げている。
聖剣とは反対側だ。
誰かに見られたら消さなければならない絵面である。
「勇者様!この扉の先に何かいます!」
む?
ここは玉座の間か。
城に入る前から感じていた気配がある。
魔王の配下だろう。
道は開けた──いざ行かん!
○○○
扉を粉砕した。
風の魔術を使い、文字通り粉々に砕いた。
爆音と共に木片が辺りを舞う。
勇者の宿命……登場の華やかさにも気遣わなければならない。
「き、急に何ですか!?」
玉座の間で間違いないようだ。
立派であったらしき扉は我が破壊したが、朽ちた絨毯が奥へと続いている。
最盛期にも家臣が並び立てるくらいの広さがあるのだろう。
鮮やかな戦闘描写にも十分な空間だと判断できる。
古い玉座にあった、人型の姿が立ち上がった。
──魔王の配下。
人類の敵だ。
奴らには独特の気配があり、それが闇色の魔力と呼ばれている。
どんなに人類の姿を真似ようと、その気配を消す事はできない。
魔力を捉えられる者の目を誤魔化す事はできないのだ。
黒い外套を纏う姿は我と被っているが……仕方がない。
──来る!
「貴様、何者だ?」
「我、勇者──囚われの姫(首)を救い、貴様を討つ者だ!」
──決まった!
百七十八の口上のひとつ、“姫の救出”を述べる日が来るとはな!
新境地の幸先は非常に良いと言える。
「やっぱり勇者様だったんですね!」
立会い人の声も悪くない。
初めての経験だが、これは大きな発見だ。
勇者の一行として旅をしていた奴らは、こんな気持ちだったのだろう。
ファンの声援とは、これ程までに映えるのか。
我に足りなかったものはこれだと言える。
助けた甲斐があったものだ。
この際、姫と呼んでやった事は大目に見てやろう。
「儂が葬った勇者は八人、貴様で九人目となる」
「さて、それはどうかな?」
「勇者さま!気を付けてください!」
我は聖剣を抜き、煌めく刃を敵へと向けた。
戦闘向きの型など不要だ。
見栄えの良い立ち姿こそ勇者の美学。
この展開……良い感じだ。
気分が向上する。
「最期に教えてやろう……儂は魔王軍第──」
「勇者様!チャンスです!」
黙ってろ!
今いいところだってわからんのか?
口上や変身を邪魔してはならぬ──それが勇者の美学!
閉じ込められている間に空気が読めなくなったのだろうか。
元々の性格だろうか。
後者でない事を願うばかりだ。
「黙っていろ」
「退屈な留守番かと思えば、精々足掻いてみせろ」
「勇者様……」
邪魔された事は気にしない方針のようだ。
それでいい。
安心しろ……我は言葉の真意を読んだぞ。
お互いに高め合おうではないか!
「こちらから行くぞ……勇者よ!」
「来い!」
「【暗黒螺旋】」
闇の魔力が渦を巻き、さながら螺旋を描いて我に向かってくる。
察するに、様子見の魔術だ。
聖剣ならばその一撃に屈する事はない。
我は余裕を持って、その闇を斬り飛ばした。
「ぐえ!?」
あ、腰に吊るしていたのだったな。
聖剣の柄が顔面に当たったくらいで我の戦いに水を差すとは……不届者め。
「勇者さま!私だってビックリするんですよ!?」
「味方に向かってだと!?」
それでビックリ程度か。
呪いの恩恵か、痛みには無縁なのかもしれないな。
勝手に治るのも面白い。
手入れのいらない声出し係だと思えば悪くはない。
もしかすると我の戦闘について来れる逸材かもしれん。
体があれば、だが。
「気を付けろ」
「え、はい……善処します」
「止まるな、魔の者よ!貴様の実力はその程度か?」
「……行くぞ、勇者よ!」
魔の手は闇の魔力を刃に変えて、我へと迫る。
先程の魔術の影に隠れて肉薄するつもりだったのだろう。
何故か動きを止めてしまい、丸わかりであったが。
「さあ、我を楽しませてみせよ」
「儂らが魔術ばかりと思うなよ?」
迫る闇の刃を聖剣で迎え討つ。
互いの力と視線が交差した。
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