第27話 嵐の女

 魔法とは概念を指す。

 未知を魔法とし、それを使うすべを魔術に堕とした。

 その魔術を科学と融合させた錬金術により、帝国は現在に至る。

 国の数だけ異なる魔術が存在する。

 では、この帝国において魔術とは何を指すのか。

 単なる超常現象ではなく、「数と法則によって神意を再現する演算儀式」なのだ。

 理数を知り、魔術で結果を扱う。

 魔法とは、世界の文法を書き換える唯一にして、多数の言語なのである。

 帝国アーカイブ『理心大全』より。


「……そんな事はもう知ってるのよ」

 オルフェル工業、旧本社の立ち入り禁止区域の最奥。

 青白いエーテリスの光の下に一人の女、リヴェラが居た。

 魔導戦争終結後、帝国における魔法や魔術に関する書物は、ほぼ破棄されているのは知っていた。

 だが、まさかここまで徹底していたとは、と訝しげに書物を閉じた。

 資料総括部 課長。

 それがリヴェラの肩書だった。

「人生って、本当に上手くいかないわねー」

 そう言って、貴重な本を後ろで控えていた黒服に投げつけた。

 慌てて本を受け止める仕草に子供のように嗤う。

「私の考えでは、概念である魔法を殺す事なんか出来ない。人間にも、神にもね」

 まるでゴミでも捨てるかのように、整列された古い本を取り出しては、次々に落としていく。

 伽藍となった本棚を眺め、爽快な顔で汗を拭く。

「あ、これ片しといて」

 青い瞳の“魔女”が、冷酷にほほ笑んだ。

 世界ごと、吸い込まれるような錯覚。

 視線という原始的な魔術。

 まるで自分が魔女の目の中に閉じ込められたような。

 いや、自分こそがリヴェラなのかもしれない。

 吸い込まれた先の極点。

 リヴェラが片目を閉じる。

 そこではっとした黒服が作業に取り掛かる。

 黒服を置きざりにして書庫を出て、鍵を掛ける。

「……こんな、暗示程度ならできるのに」

 暗闇の中、魔女の目が光り、短い弧を描く。

 古い本のカビ臭が鼻腔をくすぐる。

「神、か」

 視線の先の黒い回廊。

 無限に続くような黒い回廊を見つめ、自身の矮小さに溜息が漏れた。

「私が必ず、……探し出してあげるから」

 目を閉じて、静かに歩く。

 その暗闇の中を。


「……リーシャ」

 その声で意識がゆっくりと形を作る。

 次第に感じる、身体を得た重み。

 指先の感覚。

 誰かが手を握ってくれている体温を感じた。

 空気を肺に吸い込んで、深く吐き出しながら目を開けた。

「セラ、母さん……」

 親友のダリアと、その母セラが泣きそうな目で自分を見つめていた。

「リーシャ。……おはよう」

「お、……は、よう。ダリア。ここは、病院?」

 ダリアが泣きながら「そうだよ」と言い、ベッドに顔をうずめる。

「セラ母さん。心配かけてごめん」

「大丈夫よ。貴方が生きてくれてて、本当に良かった」

 セラもハンカチで涙を拭きとりながら、笑みを浮かべた。

「……ルガードさんは?」

「呼んだか?」

 隣のベッドで、先に目を覚ましていたルガードが声を掛ける。

 元気そうではあるが、頭の包帯が痛々しい。

「ハゲちゃったね」

「……ハゲは元々だ」

 力なく笑うリーシャに優しく笑みを返す。

 だが、少しして険しい表情を作る。

「しばらくニュースは、このテロ事件で持ち切りだな」

「そうですね。……こうして甚大な被害も出てしまった以上は……」

 当然だ。

 だいぶ前からやっていた北方の盗賊団が、大々的に市内で活動をしたのだ。

 それも警戒していた警察を欺いて。

 これから街も厳戒態勢に移行するのは明白。

 警察へのバッシングと、息苦しい空気が街に漂う。

 明るい世界が唐突に終わりを告げたと感じるのも無理はない。

 ルガードとセラの深刻な雰囲気になる中、リーシャは泣いているダリアの赤い髪を撫でていた。

 ふと、ヒールの音が響いた。

 次第に近づいてきて、リーシャとルガードの病室前で止まる。

「ヤッホー! ルガードちゃん! 元気に死んでるー!?」

 耳を劈く勢いで引き戸が開く。

 振り返ると、そこには一人の女が不敵な笑みを浮かべていた。

 整えられた銀髪と黒いサングラス。

 高級なバッグと仕立ての良いコートを羽織ったキャリアウーマン。

 レインという女が、病室という空気を読まずに登場した。

 まるで、この場こそが自分のステージだと言わんばかりの堂々とした振る舞いに、全員が口を開けたまま、レインの姿を追う。

「心配したよー。おー、元気そうで何より、何より」

 先ほどまでの空気を根こそぎ入れ替えるような嵐。

 場にそぐわない笑みでルガードの傍に立ち、パイプ椅子に腰かけ足を組む。

 ジャケットから煙草を取り出し、あっという間に口に加える。

 無骨なライターを取り出し、火を付ける寸前、

「あれ? 病院って煙草ダメなんだっけ」

 一人で納得して吸うのを諦めた。

「あ、あの時のお姉さん!?」

「おや、そういう可愛いキミはあの時のお嬢さん。奇遇ね」

 加えた煙草を納めながら軽くウインクをする。

「ダリア、知り合いなの?」

 リーシャの問いにダリアが「ちょっとね」と小声で答える。

「そこの金髪の可愛い娘ちゃんも知っているよ。ね? ……リーシャ」

 サングラス越しの瞳に、心臓を撫でられた気がした。

 寒気を覚えたリーシャが押し黙る。

「レ、レイン本部長、こんなところまでご足労いただきありがとうございます……」

「気にしないで。私たちの仲じゃない。ま、上司と部下だけど」

 溜息を付くルガードの様子を見て、今朝の「厄介な人物」が誰なのかを悟った。

 目を付けられてると言われている以上、何も話さない事を選択する。

「あ、そうそう。今日の帝スポの記者会見だけどさ。バオ君が代わりに答えといたから」

「お、お父さん!?」

「何でだ!?」

 二人の娘が同時に叫ぶ。

 あんぐりとした表情がツボに入ったのか、レインが腹を抱えて大笑いをする。

「話を聞いたら、貴方の師匠だって言うじゃない?」

「そんな事ない!」

「あらそうなの? あ、これインタビューのゲラのコピーね」

 はい、と手渡されダリアと二人で見る。

『「勝った? 笑わせんな。まだ“始まって”もいねぇよ」――【鉄腕】バオ、白き雷鳴へ檄を飛ばす!』

 という見出しが嫌な予感を誘い、二人の顔が同時に強ばる。


『奈落ステージでの伝説的勝利から一夜明け、【銀の一撃姫】リーシャ・アウラは沈黙を守った。その代わりに語ったのは、かつて闘技場を支配した男【鉄腕】バオだ。「……あいつ、よくやったよ。けどな、まだ“勝った”なんて口にすんな」静かな怒気を含んだ声で、バオは記者を睨む。“白き雷鳴”として歓声を浴びたリーシャの戦いに、彼は確かに誇りを感じている。それでも甘やかさない。「あれくらいで天狗になってたら、テッペンは夢のままだ。命賭けた奴らが腐るほどいるんだ。技が光るのはいい。だが、本当に怖ぇ奴ってのは“勝ち続ける奴”だ』

 

「……は?」

 隣のダリアが見た事もない、怖い表情を記事に向ける。


『「冷却システム? あんな危なっかしいもん、本来必要ない代物だ。そんなもんに頼るって事はホムンクルスの挙動を制御できていない証拠なんだよ」記者が「つまり彼女はまだ未完成?」と問うと、バオは鼻で笑った。「未完成? あいつはまだ“途中”だ。“み”でも”かん“でもねぇ。蜜柑だ、蜜柑。また俺と対戦したら、次もボコボコにして――』


 リーシャがゲラを握りしめる。

「何なんだ、あの親父は!」

 そのまま病室のゴミ箱に捨てるが淵で弾かれる。

「あっはっは。バオ君らしいわよね。分かる分かる」

 レインが笑いながら、お見舞いで持ってきたリンゴを切り、器用にウサギを作り、紙皿に置く。

「そうそう、ルガードちゃん。あ、本人も居るから丁度いいか」

 六等分したウサギの一つを頬張りながら、透明なファイルから一枚の紙をルガードとリーシャに差し出す。

 先ほどの紙切れとは違う。

 サングラスの黒に冷たい重みが滲んでいた。

「……おめでとう、リーシャ。貴方は選抜されました」

 唐突に雰囲気が変わり、音の一切が無くなる。

 訓示を賜るのが至上とすら思えるほどの、妙な感覚。

「……え、と? 何に、ですか?」

 声を出しても良いのだろうか。

 誰もがそう思い、絞るようにリーシャが疑問を口にした。

 カリスマ、とでも言うべきなのだろうか。

 この場の誰もがレインの一挙手一投足から目を離す事が出来ない。

 サングラスの奥で赤い瞳と目が合った。


「若き獅子たちの、白き祭典。栄えある若獅子戦に、ね」

 妖しきルージュがリーシャを刺す。

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