第24話 叢雲、断つ雷鳴
コレットから向けられる明確な敵意に、思わず胃液がこみ上げ、鉄の味を寸前で飲み込む。
黒い視界にチラつく子供達の影と雨。炎。思い出してはいけない、何か。そして――。
言いようもない拒絶が身体全体で理解できた。
ふと視界の端に、自分と同じ金髪の少年が右の方向を指した。
誰だ。
そう思うよりも早く身体がその方向へ身を投げていた。
直後に響く大きな音。
さっきまで座っていた椅子が粉々に砕かれていた。
コレットは本気で自分を害そうとしている。
頬の傷が開き、血が床に滴り落ちる。
汗と共に左頬からの血を拭い、コレットを睨む。
「お前、……どういう、つもりだ」
「……それは、私の台詞よ。本当に私の邪魔ばかりして」
「私がいつ、お前の邪魔をした?」
カッと目を見開くコレットがレンチで近くのロッカーを殴り、雷にも似た音が壁に反響した。
「あの人に、あの企業に認められたのは、私。……私だったのよ」
「……あの人? それに企業って……」
「誰も私を見てくれなくても、あの人だけは、本当の私を評価してくれた」
リーシャを見ることもなく、敵意だけが突き刺さる。
立ち上がれないリーシャの胸倉を掴み、背後の壁にレンチを突き刺す。
眼前には、般若の女。
何かの嫉妬に狂い、リーシャに恨みを込めた仄暗い瞳で見つめる者。
「それなのに。……それなのに、そうだったはずなのに!」
コレットがリーシャの髪を掴み、壁に打ち付ける。
再び黒い視界とチラつく記憶の断片。
震える手でコレットの腕を掴む。
「あんたが! あんたさえいなけばれ! 邪魔なんだよ、おまえ!」
追い詰められた悲痛な感情が大粒の涙となり、頬を伝っていた。
「……はな、れろ!」
コレットの身体を押しのけるも、大した時間稼ぎにならない。
「……勝てば、官軍なの」
殺気が立ち上った。
その殺意に身体が動かなくなる。
レンチを振りかざしたコレットがリーシャを壁際に追い詰める。
「あんたを殺して、私は」
鉄のレンチをリーシャに向ける。
直後に響く、鈍い音。
叫びも涙すらも歓声に呑まれ、余韻すら残さなかった。
怒号と困惑の中、第四会場が真の姿を現す。
足場は限られ、奈落から吹く風が熱を運ぶ。
底では無数の歯車が噛み合い、鉄の音が空気を震わせていた。
「……おー、懐かしいね」
客の一人の呟きが宗春に聞こえた。
どうやら、闘技場黎明期に数回使われたギミックなのだという。
無論落ちれば、失格。
だが、その前に歯車の回転に巻き込まれて駆体はただでは済まない。
「……むべ、なるかな」
吹き荒ぶ風にコートが翻る。
青い単眼に火が灯り、一息で刀を抜き、横半身に構える。
風の向こう、眼前の敵を見る。
まるで流体金属のような、異質な動き。
アヴァランチが僅かに右にぶれた。
その瞬間、既に左へ跳躍。
視線を左に送るころには、更にその先に。
反動をつけながら高速移動を行い、隙を伺っている様子が見て取れた。
岩の影に隠れたアヴァランチの気配が消えた。
来る。
予感と同時の殺意。
客の声に紛れて背後から宗春の足を絡め捕る。
引きずり込まれる前に刀を振るも、するりと抜ける。
下に向けた視線の死角となる上部からの追撃。
宗春は上体を逸らせながら、別の足場へと飛ぶ。
着地と同時にサスペッションが衝撃を和らげる。
やはり、良い仕事をしてくれた。
リーシャの腕に改めて感謝をして、アヴァランチの姿を探す。
背後。左。下。
「まるでモグラ。いや蛸だな」
上を見上げる。
そこには、宗春が切り捨てた首の断面。
「――っ!?」
切り捨てた頭を囮に、右から脚部の大きなかぎ爪が胴体を引き裂く。
寸前で身体を捻り、致命傷は避けたがリーシャの祖父のコートが空を舞う。
「くっ!」
駆体の限界まで身体を捻る。
感じる軋みは最低限に抑えられているが、さすがに人間と同じような感覚では動けない。
冷静に人体と駆体のぎりぎりの線を感じ取る。
胸部の二対の小型ファンジェットが低く唸り、空気を吐き出す。
勢いを加速させ、飛距離を稼ぎつつ、アンカークローを岩に引っかける。
離れていた距離を一瞬で詰めて、再び宗春に襲い掛かる。
水の無い海。
陸に上がった得物を弄ぶ捕食者の姿がそこにあった。
五本の爪が下から飛沫のように同時に飛び掛かる。
白い駆体の瞳から走る、一筋の青。
音を置き去りにする一太刀でワイヤーを切り捨て、開いた隙間を縫うように別の足場へと飛び移る。
着地の勢いを足と右手で制御。
その反動を利用して、アヴァランチに斬りかかる。
するりと躱し、海に潜るように再び足場の下へと姿を隠す。
先ほどまで組み上がっていた岩が砕け落ち、足場は二つを残すのみだった。
宗春の気迫が、闘技場の熱を震わせる。
それがどうした。
ここでお前を斬り捨てれば、それで終わる。
獲物は、貴様だ。
姿を現したアヴァランチが凶悪なかぎ爪を宗春に飛ばす。
闘技場の熱気と怒声が交差。遅れて金属音が波状する。
両者が同時に着地。
アヴァランチが音を立てて崩れ落ちた。
逆巻く風から鉄の匂いが消える。
大きなかぎ爪が底へと沈む。
再び刀を横に構えると、同時に喝采が爆発する。
熱風が吹き荒れ、残った岩場を挟んで視線がぶつかる。
落ちた衝撃で機工が狂ったのか。
アヴァランチの動力から異音が響く。
先ほどまでの熱気をかき消す、不穏。
生物の叫びに似た、異音が闘技場の壁面を這い上がった。
赤い靄がアヴァランチの全身から噴き出す。
ライトニングの時と同じ緊張感が、観客の心臓を掴む。
赤。
見覚えのあるその色に、剣先がぴたりと止まる。
培養液が泡立つようだった。
人だった頃。
その最後の記憶。
――その力は、誰から貰った?
熱を持つカートリッジ。
回る動力。
青い単眼に火が
一際大きな声を上げ、アヴァランチが岩の下に潜り姿を消す。
上か、下か。それとも。
宗春の集中力が高まる。
駆体を通して、感じる赤い気配。
高まるカートリッジの熱。
内圧の高まりに反応して、強制冷却が開始。
培養液の結晶化を防ぐ為に顔面部の冷却フィンが開き、口腔から白い蒸気が漏れだす。
カートリッジ内、宗春の本体に設置されているタコメーターが唸りを上げる。
試作型の冷却システム。
稼働は一分。その後五分の沈黙を要する欠陥品。
泡立ちを増す培養液と急速に冷える管が宗春の寿命をせめぎ合う。
「……本気を出すか」
白い駆体から一陣の風が吹く。
足元から僅かな違和感。
次の瞬間、アヴァランチが岩をしぶきのように巻き上げ、姿を現す。
残った全ての腕を使い、中空の宗春の足を絡め捕る。
海中のような奈落へ
青い単眼に稲妻が奔る。
絡まるワイヤーを無理やり引きちぎり、脇差で切り払う。
背面部に感じる、赤。
赤い気配が一番強いところに脇差を突き刺す。
悲鳴のような異音と、痛みもだえるような激しい振動に振り落とされる。
やはり浅い。
残り、四十秒。
口腔の強制冷却が宗春自身にも冷静さを呼び戻す。
刀を鞘へ納め、再び居合の構えを取る。
呼吸を整え、空を支配する。
メーターは残り、二十秒を切った。
「戌走り流抜刀術 居合……」
闘技場の壁面に足を付け、足に備え付けられた特殊なパーツを使い、跳躍する。
それはカタストロ、ライトニングと受け継がれた加速に特化した特別な部品。
分厚い闘技場の壁に刻まれる放射状のヒビ。
赤い叢雲目がけ、青白い雷鳴が天へと昇る。
「……
紫電の如き、一閃。
音すら追いつけぬ閃光が、闘技場を裂いた。
文字通り真っ二つとなったアヴァランチの残骸が、奈落へと堕ちる。
最後の力を振り絞ったのか。
上部に飛ばしたかぎ爪が残った最後の足場を破壊する。
足場を失い、宗春も落下する。
冷却持続時間残り、八秒。
「ちっ!」
分かたれた動力の空回りが、宗春を嘲笑うように音を立てる。
だが、それもすぐに止み、意識を失った流動体は奈落に堕ち、鈍い軋みを残して歯車に呑まれた。
大きな音が、しんとする場内に響いた。
勝者不在のまま、鉄床の機工が作動し、次第に面積を増しながら元の形へと戻っていく。
引き分け。観客の誰もが悟った瞬間。
閉じ往く奈落の隙間から、赤い光が漏れた。
堕ちたはずのアヴァランチのかぎ爪。
滲むように、流動体が鉄床の隙間から這い出してくる。
あり得ぬ挙動。誰もが息を呑んだ。
半身の残骸が、観客席をなぞるようにワイヤーをくねらせる。
まるで“次の得物”を探しているかのような挙動。
瞬間、快音が静寂を穿つ。
不気味な赤光が、断末魔のような叫びを上げ身悶える。
漆黒の刃がアヴァランチの残骸を突き上げた。
止まる闘技場の刻。
応援も、野次も、息を許さぬ、間。
小さくなる床下の歯車の音に混じり、白い駆体がゆっくりと這い上がってくる。
両肩に見える、傷一つない白鹿工房のロゴ。
冷却時間が零となり、残った冷気圧が勢いよく噴き出した。
赤い光を失ったアヴァランチの残骸は、今度こそ地の底へと堕ちて、二度と姿を現すことは無かった。
終わる青。
放熱が収まり、閉じる口。
僅かに漏れた白い蒸気が溜息のように思えた。
刀身の潤滑油を振り払い、納刀の音が静かに響く。
堰を切ったように歓声が爆発。
勝者が、決まった。
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