第13話「裏切りの代償」
私たちが去った後、王国は「国」としての体を成さなくなった。
王は権威を失い、貴族たちは我先に国外へ逃亡した。残された民衆は食料を奪い合い、無法地帯と化した街でかろうじて生き延びるしかなかった。かつての栄華は見る影もなく、ただ瓦礫と絶望だけが広がっている。
その中で、アレスは生きていた。
彼は騎士の身分も名前も捨て、ただの一人の男として瓦礫の街をさまよっていた。
彼は、生きることで罪を償おうとした。人々を助けようと瓦礫を運び、わずかな食料を分け与えようとする。しかし、人々は彼を「国を滅ぼした元凶の一人」として、石を投げ、罵声を浴びせるだけだった。
『エラーラ様を返せ!』
『お前のせいで、俺たちの家族は死んだんだ!』
彼は、誰からも許されることなく、ただひたすらに、自分が犯した罪の重さをその身に受け止め続ける。毎晩、夢に見るのは、自分が剣を突き付けた日の、私の絶望に染まった顔だった。そして、目が覚めるたびに、彼の心は後悔の刃で切り刻まれるのだ。これが、私が彼に与えた罰。終わりなき生き地獄だった。
リナもまた、生きていた。
彼女は聖女の力も美貌も失い、ただの衰弱した女として、施療院の片隅で寝たきりの生活を送っていた。彼女の嘘が招いた結果を、彼女は毎日、崩壊した街の喧騒を聞きながら思い知らされていた。誰も彼女を見舞う者はいない。アレスでさえも。彼女は、完全な孤独の中で、自分がついた嘘の代償をゆっくりと、しかし確実に払い続けていた。
国王は、城の地下牢に幽閉された。新たな権力者となった、生き残りの貴族たちによって。彼は王位を奪われ、かつて自分が支配した国の崩壊を、牢獄の小窓から眺めるだけの存在となった。彼が最後に見た希望――私に助けを乞うという選択肢――を自ら断ち切り、愚かな脅しを選んだ後悔が、彼の余生を苛み続けることだろう。
全ての「ざまぁ」は完了した。
彼らは、それぞれに相応しい罰を受けた。
私の復讐は、完璧な形で成し遂げられたのだ。
一方、その頃、私は魔王城のバルコニーで、ノワールと穏やかな時間を過ごしていた。
「終わったな」
彼が、私の肩を優しく抱き寄せながら言った。
「ええ、終わったわ」
私の心は、驚くほど凪いでいた。復讐を遂げた高揚感ももはやない。ただ、重い荷物を下ろしたような、静かな解放感があるだけだった。
憎しみは、私の力の源泉だった。でも、その憎しみが晴れた今、私の力は消えてしまうのだろうか。そんな一抹の不安が、胸をよぎった。
その不安を読み取ったかのように、ノワールは私の手を取った。
「エラーラ。お前の力の源泉は、もはや憎しみだけではない」
「え……?」
「我への愛。我と共に生きるという喜び。その感情もまた、お前の強大な力の源となっている。お前はもう、過去に縛られる必要はないのだ」
彼の言葉に、私はハッとした。
確かに、そうだ。私の心は、今や彼への想いで満たされている。それは、憎しみとは比べ物にならないほど、温かく、そして力強い感情だった。
私の手から、闇の力がふわりと立ち上る。しかし、それは以前のような冷たく禍々しいものではなく、どこか優しさと輝きを帯びた、美しい夜空のような闇だった。
「ノワール……」
「我の問いに、答えてもらう時が来たな」
彼は私の前に跪くと、私の手を取って、その赤い瞳でまっすぐに私を見つめた。
「エラーラ。我が永遠の伴侶となり、これからの時を、共に生きてはくれぬか」
それは、かつてアレスが誓った偽りの愛の言葉とは、全く違う。真実の重みと、揺るぎない愛情に満ちた、魂からの誓いだった。
涙が、頬を伝った。それは、悲しみや悔しさの涙ではない。生まれて初めて流す、幸福の涙だった。
私は、最高の笑顔でうなずいた。
「はい。喜んで、あなたの妻になります。ノワール」
彼が私の指に嵌めてくれたのは、闇色の宝石が輝く指輪。それは、私の闇の力と共鳴し、温かい光を放っていた。
元聖女エラーラの物語は、ここで終わりを告げた。
そして、魔王の伴侶、黒の聖女エラーラの、新しい物語がここから始まる。
裏切りと絶望の果てに、私は本当の愛と、本当の幸せを見つけたのだから。
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