第12話「崩壊のシンフォニー」

 魔王軍の進撃は、圧倒的だった。

 ヴォルフ率いる獣人部隊が嵐のように駆け、ゴライアスが率いるゴーレム部隊が城門を赤子の手をひねるように破壊する。王都の上空は、リリス配下の翼ある魔物たちで埋め尽くされ、黒い雪のように闇の魔力が降り注いだ。

 王国騎士団は、必死に抵抗を試みた。しかし、団長を失い、士気も装備もボロボロの彼らが、精強な魔王軍の相手になるはずもなかった。抵抗は無意味な殺戮を増やすだけに終わり、騎士たちは次々と蹂躙されていく。

 街は阿鼻叫喚の地獄と化した。逃げ惑う民衆、燃え上がる家々。

 私がかつて守ろうとした国の首都が、私の手によって崩壊していく。

 その光景を、私はノワールと共に、王城のバルコニーから静かに見下ろしていた。すでに城内の抵抗勢力は、私たちの手で完全に沈黙させられている。

 私の心は、不思議なほど穏やかだった。悲しみも、喜びも、もはやない。ただ、全てが終わっていくのを、静かに見届けているだけ。


「魔女め……! 国を、私の国を……!」


 玉座の間では、捕らえられた国王が、床に這いつくばって私を睨みつけていた。その隣には、息も絶え絶えのリナと、全ての希望を失った顔で立ち尽くすアレスがいる。


「あなたの国? いいえ、もう違うわ」


 私は玉座に腰かけたノワールの隣に立ち、冷たく言い放った。


「あなたたちが、自ら手放した国よ。私という礎を、自ら抜いたのだから、崩れるのは当然でしょう?」


「ぐ……ぬぅ……」


 国王は悔しさに歯ぎしりする。

 私は視線をアレスに向けた。彼は、私と視線を合わせようとしない。ただ、うつむいて震えているだけだ。


「アレス」


 私が名前を呼ぶと、彼の肩がビクリと跳ねた。


「顔を上げなさい。あなたの望んだ結果でしょう? 私という『偽物』を追い出し、『本物』の聖女と共に築きたかった国の、これが結末よ」


 皮肉を込めて言うと、アレスはゆっくりと顔を上げた。その瞳は、もはや何の光も宿していない。ただ、底なしの虚無が広がっているだけだった。


「……すまない」


 かろうじて、彼が絞り出した言葉はそれだけだった。


「謝罪は聞き飽きたわ」


 私はため息をつき、リナの方へ歩み寄った。彼女は床に倒れたまま、か細い息をしている。


「リナさん。あなたは、聖女になりたかったの?」


 私の問いに、リナは虚ろな目で私を見上げた。


「……私は……ただ、アレスに……アレスに、振り向いてほしかっただけ……。彼が、聖女様、聖女様って、あなたのことばかり話すから……私が、本物の聖女になれば、彼が私を見てくれると思った……」


 なんとも、陳腐で愚かな動機。

 だが、その一言が、アレスにとどめを刺した。


「……なんだと……?」


 アレスは愕然とした顔でリナを見た。彼は、リナが本当に聖女の力に目覚め、国を憂いて名乗り出たのだと、最後の最後まで信じようとしていたのだ。だが、その動機はただの嫉妬と恋心。そんな個人的な感情のために、彼は私を、そして国を、破滅へと追いやったのだ。


「あ……あ……あああああ……」


 アレスは、ついに心が壊れたように、その場に崩れ落ちて泣き叫んだ。自分の愚かさ、浅はかさ、その全てを、今、骨の髄まで理解したのだ。


「さて、茶番は終わりだ」


 ノワールが立ち上がり、私の隣に来た。


「エラーラ。こいつらの処分、どうする?」


「ええ、決めているわ」


 私は国王と、リナと、そして泣き崩れるアレスを見下ろした。

 殺すのは簡単だ。でも、それでは生ぬるい。死は、ある意味で救済になってしまうから。


「あなたたちには、生きてもらうわ」


 私の言葉に、三人が驚いたように顔を上げる。


「この崩壊した国で、私のいない世界で。自分たちが何をしたのか、何を失ったのかを、来る日も来る日も噛み締めながら、生き続けるの。それが、あなたたちに与える、私からの最大の罰よ」


 死ぬよりも辛い、永遠に続く後悔という地獄。


「私たちは、もう行くわ。ここは、あなたたち愚かな人間のための、瓦礫の墓標よ」


 私はノワールにうなずき、彼に手を取られた。


「さようなら、アレス。あなたは、私の人生にとって、最高の反面教師だったわ」


 最後にそう言い残し、私たちは転移の魔法でその場から姿を消した。

 後に残されたのは、崩壊した王国の玉座の間で、それぞれの絶望を抱えて立ち尽くす、三人の罪人だけだった。

 私の長く、そして愉快だった復讐劇は、こうして静かに幕を下ろした。

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