第2話
「凶器が、見つからない……? やっぱりこの事件には、何らかの偽装工作……トリックがあるんだ!」
推理小説やドラマが好きで、それに憧れて警官になったほどのアヤカ。その新情報によって、彼女の頭の中はフル回転を始めていた。
(店内の商品はもちろん、店員が使うためのカッターやハサミさえも調べたのに、どこからもルミノール反応――被害者の血液がついたあとは、なかったらしい。ちょうどよく今日の午前中に行われていた全商品の棚卸し結果と比較しても、原因不明で増えたり減ったりしたものはなかった。
じゃあ、被害者を刺した凶器は、どこに消えてしまったのか……?)
頭の固い県警の警部には、気づかれないように。捜査に参加していた同期の捜査官からも、こっそり情報収集していたアヤカ。そのやりとりを回想する。
※
「監視カメラに写っていた容疑者の男については、強面の刑事たちが今、全力で取り調べしてる。状況的にも、本人の態度からも、十中八九こいつが犯人なんだけど……凶器が見つかっていないから、なかなか口を割らないらしい」
「でも、その男が被害者の死体が見つかった通路から出てくるところがカメラにうつってたんだよね? そのとき凶器は持ってなかったとしても……返り血とか、犯行につながるものはなかったの?」
「カメラもそれほど性能のいいものじゃないからね。ただ、これがもしも高性能4Kカメラだったとしても、血はうつってなかったかもしれないな」
「どういうこと?」
「被害者の死体のそばに、この店の商品のレインコートが、血まみれになって落ちていた。使用済みの、血がついたアルコールのウェットティッシュも」
「その血は、被害者のものだけ? じゃあ、犯人は返り血をあびないように、そのレインコートを使ったんだ?」
「まあ、そうだろうね」
「でもレインコートはともかく、ウェットティッシュは何の意味が? アルコールで拭き取っても、ルミノール反応は出るはずでしょう?」
「うん。アルコールで拭いても完全に証拠隠滅はできない。あくまでも、見た目で血がなくなるくらい。使用されたティッシュの量から考えて、おそらく凶器の血を拭き取ったと考えられてるけど……それは、科学捜査で凶器が見つからなかった理由にはならない」
※
カメラに映っていたその男が犯人というのは、間違いない。彼は、被害者を「何らかの凶器」で刺殺したあと、血まみれのレインコートを脱いだり、その「凶器」の血を拭き取ったティッシュを捨ててから、その場を立ち去ろうとしたのだ。それだけなら、きっと一分もかからずに出来るだろう。店内に客が少ないタイミングを狙えば、出来なくはない。
ただ、捕まったときに彼は凶器を持っていなかった。店内の商品に隠したわけでもない。じゃあ、それは一体どこに? ……分からない。
「……ねえ」
きっと、警部たちもまだ何も分かってないはず。もしかしたら、このままずっと、分からないなんてことも……。もしもそうなったら、この事件は迷宮入りに……。
「ねえ、ってば!」
その推理は、また途中でソランによって邪魔された。
「電話」
「え?」
見ると、彼女がこちらに向けて、鮮やかな発色の青くて小さな物をこちらに向けていた。それは、いわゆるキッズケータイというやつのようだ。
「で、電話……って、私に?」
「ん」
無表情で頷くソラン。
彼女の携帯電話にかかってきたらしい相手が、ソランと初対面の自分に、電話……?
意味が全く分からなかったが、逆に分からなすぎて、ほとんど無意識にそれを受け取っていた。
「も、もしもし……?」
怪訝な顔で、その電話に出る。
「あ、あの……一体……」
「あ、もしもしー? 今、ソランをお世話していただいてる、警察の方ですかー?」
聞こえてきたのは、ハキハキとした明るい男性の声だ。
「ボク、ソランの保護者……というか、一応父親をさせてもらってる者です! すいません! 捜査とかで大変でしょうに、お手間をかけさせるようなことしちゃって!」
「え、父親……? ソランちゃんの?」
ということは、さっき自分が殺意を抱いた相手になるわけだが……あまりにあっけらかんとした爽やかな声に、その気持ちはすでにどこかに消えていた。
「実は、もう少しだけそちらに行くのが時間かかってしまいそうでー……。本当に申し訳ないのですが、それまで、引き続きお世話していただけるとー……」
「は、はあ……まあ、一応、これも仕事ですんで……。それは、構いませんけど……」
「ありがとうございます! ソランはちょっと人見知りで、思い込みが激しい子ですけど……人並みに常識はあると思いますので! どうか、よろしくおねがいします! それだけは、言っておかないといけないと思いまして!」
「はあ……」
「じゃあ、失礼します!」
……切られた。
あっけにとられているアヤカ。彼女の手から、奪うようにキッズケータイを取り返したソランは、それから、
「お菓子、まだ?」
と言った。
こ、こいつら……。
親子揃ってマイペースなやつらだと知って、顔をヒクつかせるアヤカだった。
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