第4話 超強化とその代償

 ロボットを手に抱えたまま、荒野をひたすら駆け抜けた。日差しが強く、体力も残りわずかだ。振り返ることなく、隠れる場所を探した──弱い悪魔が屯す、あの岩場くらいしか見当たらない。


 疾駆の音が近づいてくる。俺の足はすでに傷つき破損していて、奴らから逃げ続けるのは不可能だ。このままでは、突然気絶する恐れすらある。


「どうすればいいんだ……」


「魔力炉を使え」


 手元に収まっているアリストが呟いた。


「魔力炉を君の機械部分に取り付けるんだ。私同様、君も使える可能性がある」


 ぜえぜえと息を吐きながら、反論する。


「そんな時間ないぞ!」


「大丈夫だ。いざというとき、すぐに私から取り外せるようにしてある」


「どうやって俺の身体に接続するんだ?」


「ひとまず私を捨てて、走り続けろ。その最中にやるんだ」


 動揺し、彼の目を見つめた──そのせいで、あやうく転ぶところだった。


「ダメだ! 今ならまだお前を直せるかもしれない。そんなリスク、背負えるかよ」


「では二人とも破滅するしかないな」

 

 息を切らしながら考えこみ、やがて決断した。速度を緩め、アリストから球体上の炉を引き抜き、残った身体をそっと落とす。それでも衝撃はすさまじく、頭は転がって胴体はちぎれてしまった。


 足がもつれて念力も弱まる中、自分の胸部を見た。機械部分は鎖骨から肋骨の辺りまで広がっており、心臓の真上あたりの装甲は特に分厚かった。中央に蓋がついていて、それをこじ開けると、ちょうどいい感じのスペースがあった。


 そこへ魔力炉を押し込み、周りの配線を一つずつ繋いでいく。走りながらの作業なので、正確性のかけらもない。

 

 やっとのことで接続に成功したが、気を抜いて思い切りこけてしまった。だんだんとめまいがしてきて、その場でうずくまった。体調とは関係なく、炉は音を立てて燃焼し、俺の肉体に魔力を送り込む。

 

 悪魔が豪速で迫る。なんとか立ち上がり、一体の攻撃をかわした。しばらくの間、三体を相手に逃げ回る──炉によって体力はみるみるうちに回復していたが、未だ奴らの攻撃は侮れない。


 戦闘していない一体は、アリストに関心を示しているらしく悠長に観察し──踏みつけようと足を持ち上げた。


「よせ!」


 俺は叫び、手を突き出して悪魔に念力を放った。そいつの身体は宙に舞い、目視できなくなるくらい、遠くへ吹っ飛んでいった。なんだ、この威力は──?


 あっけに取られている間に、三体に囲まれていた。一体が背面から殴りかかってくる。回避できそうにない──防御魔法を発動する。奴の強力な拳はそれにぶつかって、なんとつぶれてしまった。


 煩わしい悲鳴を上げ、悪魔は後退した。勢いづいた俺はそいつに切りかかって、思い切り肉を裂いた──血は出てこない。もとより、そういう性質なのだろう。とにかく、そいつを間違いなく殺した。


 残りの二体に掌を合わせ、電撃を浴びせる。前とは比較にならないほどの力強い閃光が、奴らの肉をボロボロと崩していく。驚きながらも、容赦せず魔法を放ち続けた。やがて爆発が起こり、二体の悪魔は完全に消滅した。




 機械の友人に駆けより、その残骸を見た。ガラスの目に光はない。よりいっそう不気味で、物のように見えてくる。


「嘘だろ」


 ダメだ──俺では直せない。修復不可能になった今、もはや彼はパーツの集合体でしかない。俺の腕に収まった胴体は遺体ではなく、あくまで友の形見に見える。


「あぁッ……」


 俺は歯を食いしばり、嗚咽を漏らした。アリストを失った哀しみではなく、魔界に一人取り残される絶望感による泣きだ。友を慕う気持ちすら、静まり返った地獄の中ではかき消されてしまいそうだった。

 

 日が落ちる直前まで、俺はその場にいた。彼を直す方法を必死に考えていたのだ──もちろん、可能なはずはない。記憶装置が壊れているのだ。


 戦闘用機械として、組み立てなおすことはできるかも──だけどそれは、俺の友達ではない。教師ぶったアンドロイドは、おそらく、とこしえに戻ってこないのだ。

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