第30話

あの燃え盛るキャンプファイヤーの前でのキスから、数年の月日が流れた。


俺、相葉ヒロは、大学生になっていた。 雪菜(ユキ)の猛烈な(愛の)スパルタ教育のおかげで、俺は無事に、雪菜と同じ超難関大学の経営学部に合格することができた。


「あ、相葉くんだ」 「隣、空いてますよ!」


春。 桜が舞い散るキャンパスのカフェテラス。 俺が講義を終えて席を探していると、見知らぬ女子学生たちから声がかかる。


もう、俺を「地味」と呼ぶ者はいない。 雪菜に釣り合う男になる――その一心で、俺は勉強も、自分磨き(主に筋トレとファッション研究)も本気でやり抜いた。 いつしか、背は伸び、体つきも変わり、学内では「ミスター〇〇コン」に勝手に推薦されるまでになっていた。


「ごめん。連れがいるから」


俺は、その誘いを軽く断る。 俺の視線は、テラスの奥、一本の大きな桜の木の下に座る、一人の女性に注がれていた。


彼女もまた、注目の的だった。


「西園寺さん、今日も綺麗だよな……」 「まさに高嶺の花。彼氏とか、いるのかな」


西園寺 雪菜。 大学生になっても、いや、ますます美しさに磨きがかかった彼女は、やはり学園(キャンパス)の頂点に君臨していた。


だが、その「高嶺の花」は、俺の姿を見つけた瞬間。 完璧な微笑みを崩し、ぱあっと顔を輝かせた。


「ヒロくん!」


彼女は、周囲の男子学生たちの視線など一切気にせず、俺に向かって駆け寄ってくる。 そして、高校時代と何一つ変わらない仕草で、俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。


「遅いよー。待ちくたびれちゃった」 「ごめんごめん。講義が長引いて」


俺が、慣れた手つきで雪菜の頭を撫でると、周囲から「あぁ……(尊死)」「やっぱり西園寺さん、相葉くんと……」という声が漏れる。


「そうだ、ヒロくん! 今日もお弁当、作ってきたよ!」 「お、マジか。サンキュ」


雪菜は、相変わらず俺のために毎日、三段重ではないが(・・・・・)、完璧な愛妻弁当(・・・)を作ってきてくれていた。 俺は、もう「あーん」がなくても、彼女の卵焼きが世界一うまいことを知っている。


二人で桜の木の下に座り、弁当を広げる。 穏やかで、幸せな時間。


「……なあ、ユキ」 俺は、卵焼きを頬張りながら、ふと呟いた。


「ん? なあに?」


「俺たちさ。あの高校の日から、本当に色々あったよな」


「うん」 雪菜は、楽しそうに笑う。 「私が、やっとヒロくんを捕まえられた日、だね」


「はは、そうかもな」 俺も笑う。 あの時、ユイに振られて絶望していた俺に、今のこの未来が想像できただろうか。


俺は、弁当の箸を置くと、真剣な顔で、隣に座る雪菜に向き直った。


「ユキ」 俺は、彼女の左手を取った。 その薬指には、まだ何もはまっていない。 だが、いつか必ず、俺がそこに相応しいものを贈ると決めている。


「これからもずっと、俺の隣にいてくれ」


俺の、まっすぐな言葉。 雪菜は、一瞬きょとんとした顔をし、


次の瞬間、あの頃と何も変わらない、最高の笑顔で。 少し涙ぐみながら、頷いた。


「当たり前でしょ」


彼女は、自分のカバンにつけられた、あの古い「月」のキーホルダーを、愛おしそうに指でなぞる。 俺のカバンには、対になる「太陽」が揺れていた。


「ヒロくんは」 「昔も、今も、これからも……ずっと、ずっと」


「私だけの、ヒーローなんだから」


桜の花びらが、俺たち二人を祝福するように、ひらひらと舞い落ちていた。


(完)

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「お前みたいな地味な奴、もう飽きた」と振られた俺。直後に学園最強の美少女(実は幼馴染)が「ずっと好きだった」と告白してきた。~今さら元カノが泣きついてきても、もう遅い~ kuni @trainweek005050

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