第17話

「そちらの方、どなた?」


雪菜(ユキ)の放った、完璧な笑顔と絶対零度の声。 そのアンバランスな響きに、ユイの肩がビクッと跳ねた。


「な、なによ……! 関係ないでしょ!」 ユイは、涙目で雪菜を睨みつける。 「私とヒロくんが、今、大事な話をしてたんだから!」


「大事な、お話?」


雪菜は、そんなユイの虚勢を完全に無視した。 彼女は、俺とユイの間を遮るように、すっ、と俺の隣に立つ。 そして、これ見よがしに、俺の腕にキュッと自分の腕を絡めてきた。


温かく、柔らかい感触。 それは「ヒロくんは私のもの」という、明確な意思表示だった。


「あら?」 雪菜は、俺の腕を抱いたまま、ユイを上から下まで品定めするように見下ろした。


「でも、私の目には」 「あなたが『私の(・・)』ヒロくんに、みっともなく(・・・・・・)泣きついていたように見えましたが」


「なっ……!」


図星を突かれたユイが、今度は怒りで顔を赤くする。 「アンタがヒロくんを誑かした(・・・・)んでしょ!」 「私の方が! 私の方が先にヒロくんと付き合ってたんだからね!」


ついに、ユイが本性を現した。 「先に付き合っていた」という、過去の栄光。 だが、それは雪菜にとって、何の価値もなかった。


雪菜は、心底つまらなそうに、ふぅ、と小さく息を吐いた。


「誑かした? 人聞きの悪いことを言わないでください」


「ヒロくんが、私を選んでくれたんです」


「え……」


「『地味で飽きた』と彼を一方的に捨てたあなた(・・)ではなく、ずっと彼を想い続けていた私(・・)を」


雪菜の静かな、しかし芯の通った言葉が、下駄箱に響き渡る。 俺は、自分の腕を組む雪菜の手に、ぐっと力が入るのを感じた。


「あなたは、ダイヤモンドの原石を『ただの石ころ』だと思って、簡単に捨てた」 「私は、それが世界で一番輝くダイヤモンドだと知っていたから、大切に、大切に磨いただけ」


雪菜の視線が、さらに冷たくなる。


「……まさかとは思いますけど」 「今になって、彼が輝きだした(・・・・)から……」 「慌てて、その『石ころ』を取り戻しに来たとでも、おっしゃるんですか?」


「~~~っ!!!」


ユイの顔が、今度は屈辱で真っ赤に染まった。 何も言い返せない。 雪菜の言葉が、ユイの浅ましい本性(・・・・・)を、一言一句違わず暴き立てていたからだ。


「……見苦しいですね」


雪菜が、とどめの一言を突き刺す。


「ヒロくんの優しさにつけ込んで、復縁を迫るなんて。本当に、彼を『地味でつまらない男』だと思っていたんですか?」 「だとしたら、人を見る目が、なさすぎますわ」


「あ……う……」 ユイは、絞り出すような声を漏らすだけだった。 完全に、論破(・・・)されていた。


「さ、行きましょう、ヒロくん」 雪菜は、もはやユイには一瞥もくれず、俺に向き直ってにっこりと微笑んだ。 「こんなところで油を売っていたら、帰りが遅くなってしまいますわ」


「お、おう……」


俺は、雪菜に腕を引かれるまま、その場を去る。 俺が最後にちらりと振り返ると、ユイは、その場でわなわなと震えながら立ち尽くしていた。


周囲の下駄箱からは、一部始終を見ていた他の生徒たちの、 「うわぁ、元カノ、惨めすぎ……」 「西園寺さん、マジ最強……」 というヒソヒソ声が聞こえていた。


「……覚えてなさいよ!」


誰もいなくなった下駄箱で、ユイは一人、悔し涙に濡れていた。 (あんな女に、ヒロくんを取られて……!) (こうなったら……!)


ユイは、憎しみに歪んだ顔でスマホを取り出すと、ある画面を開いた。 ――『学園裏掲示板』。


(ヒロがダメなら、あの女(・・)を引きずり下ろしてやる……!)

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