第3話 病める土地、グレイウォール
「勇者……いや、サガラ・サトシ殿」
謁見の間から追い出された俺は、人気のない別室で、事務的な口調の大臣から一方的に通告を受けていた。
「貴殿には、ここ王都に滞在していただくわけにはいかぬ。他の勇者様方の士気に関わるゆえ」
なんとも直接的な物言いだ。
「つきましては、貴殿にはささやかながら『領地』を与えることと相成った。王国辺境の地、『グレイウォール』の領主として赴任していただきたい」
領主、と聞いて少し驚いたが、その響きに含まれた棘(とげ)にすぐに気づく。これは栄転などではない。追放だ。
「グレイウォール……ですか」
「うむ。詳細は現地で聞くとよい。準備ができ次第、出発していただく。……ああ、準備といっても、貴殿の荷物などないか。では、今すぐにでも」
有無を言わさぬ決定だった。俺は、着ていた白衣とスラックスという場違いな格好のまま、城の裏門から粗末な二人乗りの馬車へと押し込まれた。他の勇者たちが豪華な馬車で王都見物に出かけるとかなんとか、そんな噂を耳にしながら。
馬車に揺られること、実に三日。
王都のきらびやかな街並みは瞬く間に遠ざかり、豊かな田園風景も次第に姿を消した。道は舗装を失い、景色は荒涼とした、茶色い荒れ野へと変わっていった。
御者台に座る案内役の兵士は、俺とは一言も口を利かない。時折よこす視線には、役立ずの勇者を辺境まで運ぶという「貧乏くじ」を引かされたことへの不満が滲んでいた。
そして三日目の夕刻。馬車がガタリと大きく揺れ、ついに止まった。
「……着いたぞ。ここがアンタの領地、グレイウォールだ」
兵士が、心底うんざりしたという声で告げる。
俺は重い体を起こし、馬車から降りた。そして、目の前に広がる光景に絶句した。
「ここが……」
村、と呼ぶのもおこがましいような、粗末な小屋が点在する集落。
畑らしき区画は広がっているが、そこに植えられている作物はどれも貧弱に痩せ細り、半分以上が枯れかぶっていた。
そして、そこに住む人々。
馬車の音を聞きつけて小屋から出てきた領民たちは、誰もがボロ布のような服をまとい、土気色の顔で痩せこけていた。明らかに栄養が足りていない。
彼らは、新しい領主だという俺を見ても、何の感情も示さなかった。歓声もなければ、好奇心もない。ただ、冷たく、虚ろな、すべてを諦めきった瞳で、遠巻きに俺という「異物」を眺めているだけだった。
「……聞いていたより、ひどいな」
「噂通り、『呪われた土地』なのさ」
兵士は忌々しげに吐き捨てると、小さな羊皮紙の巻物を俺に押し付けた。
「これが領主任命の辞令だ。俺の仕事はここまで。じゃあな、領主様。せいぜい呪われないようにな」
兵士は、一刻も早くこの土地から立ち去りたいという様子で、慌ただしく馬車に飛び乗り、Uターンさせると、鞭を鳴らして王都の方角へと走り去っていった。
あっという間に小さくなる馬車を見送りながら、俺は一人、不毛の大地にポツンと取り残された。
領民たちは、まだ遠巻きに俺を見ている。誰も近づいてこない。
「……はぁ。いきなりハードモードかよ」
まさに絶望的な状況。だが、教師として培った忍耐強さは、まだ折れていなかった。まずは現状把握だ。俺はこの土地の「領主」であり、目の前の彼らは「領民(生徒)」なのだから。
「こんにちは。俺は、今日からここで領主をさせてもらうことになった、相良 聡だ」
できるだけ穏やかな声で話しかけながら、ゆっくりと彼らに近づこうとした。
すると、領民たちはビクッと肩を震わせ、怯えたように一斉に後ずさった。
「ひっ……!」
「ち、近づかないでくだせえ……」
「また、俺たちから何か取り立てる気か……?」
敵意、あるいは恐怖。どうやら前任者(あるいは王国の役人)は、相当な圧政を敷いていたらしい。
「いや、危害を加えるつもりはない。俺はみんなの生活を……」
「お慈悲を……どうか、お慈悲を……」
年老いた女性が、その場に膝をつき、乾いた土に額をこすりつけ始めた。
「……領主様。この土地には、もう何も残っておりません」
集落の長老らしき老人が、か細い声で言った。
「かつては……ここも、豊かな土地だったのでございます。麦も豆も、よう育ちました。それが……数年前から、まるで何かに呪われたように、作物が育たなくなり……」
老人は、深く刻まれた皺の奥から、諦めきった瞳で俺を見上げた。
「土地が、病気になってしまったのです。そして、あそこの井戸の水も……」
老人が震える指で指し示したのは、集落の中心にある、古びた石造りの井戸だった。
「……あれは、『呪われた水』だ。飲むと腹を下し、熱を出す。もう、誰も近づきません」
呪い、という非科学的な単語が、やけに重く響く。
俺がその井戸に視線を向けた、その時。
集落の端、一番みすぼらしい小屋の陰から、じっと俺の様子を窺う視線に気づいた。
他の領民たちのような「諦め」や「恐怖」とは違う。それは、警戒心の中に、わずかな、しかし消すことのできない「好奇心」を宿した瞳だった。
視線の主は、10代半ばくらいの、痩せた少女だった。彼女は俺と目が合うと、慌てたようにサッと小屋の陰に隠れた。
……かつては豊かだった土地。それが、病気になった。
俺の教師としての、そして科学者としての探求心が、俄然、燃え上がってきた。
「……なるほど。病気、ですか。それなら、まずはその『呪い』とやらの正体を、診断してやらないといけませんね」
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